公衆衛生 60巻7号 (1996年7月)

特集 交通事故の予防医学

交通事故の現状と対策 中村 紀夫
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 本稿においては誌面の制約上路上の事故についてのみ触れる.

 路上における交通事故は自動車文明に密着したマイナス面の落とし子といってよいであろうが,それがあまりにも日常的であるために,時として認識が薄れてしまいがちである.自動車の歴史は1886年4サイクルオートエンジンがダイムラーによって世に送り出されて以来といわれているが,小野氏1)が通覧した米国の資料によれば,米国において1994年までに発生した自動車事故による死亡者は3,040,000名にのぼり,この数は1775年以後すなわち過去220年間に米国で経験した戦没者1,175,000名のほぼ3倍であり,傷害者にいたってはそれぞれ300,000,000対1,450,000と200倍にもなるという.この事実は,交通事故に対してわれわれがどのように対応しどのような成果を上げることができたかを,問うているのではなかろうか?

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 過去30年の間にわが国の救急医療体制は大きな進歩を遂げてきた.しかしながら一方では交通事故死者数は毎年1万人を超えており,総務庁,警察庁,運輸省,自治省,厚生省,国土庁,その他関係諸機関の懸命の努力にもかかわらず目立った減少傾向は見られていないのが現状である1).従来,道路・車・人の3要素を中心として様々な調査研究がなされ,その結果を基にいろいろな施策が打ち出されてきたわけであるが,これらが十分な効果を上げているとはいえない現在,救急医療の面から交通事故死者数を減少させるための方策が検討されてきている2).それゆえ,本稿においては交通外傷に対する救急医療体制の現状を概説し,その問題点や将来展望につき述べる.

運転適性を検討する 大塚 博保
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自動車運転における適性

 道路交通法では,第70条(安全運転の義務)で車両などの運転者は,他人に危害を及ぼさないよう運転しなければならないとしている.現実には1年間の交通事故死傷者数(被害者数)は約96万人,物損件数は約900万件,損害額は約3兆6千億円にものぼっているという調査結果1)がある.交通事故は絶対に発生させてはならないものである.にもかかわらず,交通事故により人的,物的に莫大な損害が発生している.

 自動車交通は人,車,道から成り立っているが,その主役は運転者である.自動車交通の安全が,運転者の行動にすべてがかかっているのは,いまさらいうまでもないことである.道路交通法では,第88条(免許の欠格事由)などで生理的身体的耐性および適性・危険帯有性から不適格者の排除を規定し,安全確保への手掛かりを求めている.

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 自動車の発明と普及は文明社会の構築に著しく貢献してきたが,モータリゼーションの進展に伴う交通災害の増加は人知が創造した交通システムの不完全さを示すもので,今や大きな社会的ストレスとなっている.

 ストレスという言葉はもともと物理学の用語で歪みを意味しているが,1936年セリエ(Selye H)はこれを始めて医学に適用し,生体に歪みを起こすものあるいは生体の恒常性を乱すものをストレッサーとし,これに対する生体反応をあわせた一連の変化をストレスと定義した1,2).しかし,ストレッサという言葉は日常あまり用いられず,ストレスという言葉で代用されていることが多い.

日本の交通安全政策 井野 忠彦
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戦後の交通事故

 死者50万人,負傷者2,500万人.戦後50年間での道路交通事故による犠牲者の多さは決して見過ごすことのできるものではありません.わが国における交通事故による死傷者数は,モータリゼーションの進展に伴い,昭和45年に至るまで年とともに増加し,同年には死者数1万6,765人,負傷者数98万1,096人を記録し,史上最悪の状況に至りました.その後昭和54年まで減少したものの,再び増加に転じています.さらに,平成になってからだけでも既に8万人近くの方が交通事故により亡くなっており,交通事故の状況は極めて厳しいものとなっております(図1).

 また,近年の交通事故の特徴をみると,16歳から24歳までの若者と65歳以上の高齢者で死者数の過半数を占めていること,高齢者の死者が急増していること,自動車乗車中の死者が高水準で推移していること,自動車乗車中の死者のうちシートベルト非着用者が7割以上を占めていること,夜間における死亡事故件数が高水準で推移していることなどが挙げられます(図2,3).

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 OECD(Organization for Economic Cooperation and Development,経済協力開発機構)は国連の専門機関や世界銀行・IMFなどの国際機関と違って,資金を貸しつけたり援助を目的とする機関ではない.政治・安全保障以外の幅広い経済・社会分野において,政府レベルで政策の研究と調整を進めていく機関である.OECD諸国が抱える課題はいろいろあるが,その中で交通安全の問題については道路交通研究(RTR:Road Traffic Research)プログラムが存在するので,その活動内容の概要を紹介したい.

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 交通事故の予防医学研究には,交通事故のリスクファクター,救急・救命制度のあり方,学校・一般国民・運転者への交通教育法,交通規制の予防効果,事故予防対策の費用効果分析など多くの課題が存在する.さらに,心理学者,工学者,行政担当者などとの研究協力が不可欠である.本稿では,筆者らが行っている交通事故予防に関する日本と中国での疫学研究1〜3)と「交通安全と健康に関する第2回日中シンポジウム」4,5)の経験を背景に,日本と中国の交通事故の疫学的特性と交通事故の予防対策を整理する.

60巻記念シリーズ・21世紀へのメッセージ

医学における幸福の提言 辻 達彦
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 筆者は昭和29年から56年まで,群馬大学(公衆衛生)に勤め,退官と同時に日本歯科大学(衛生)に転じ,7年間お世話になった.医系から歯系へのややまれなコースを歩いたのは貴重な体験であったと思う.すでに現役を退いているので,認識不足,偏見などもあるだろうが,既往を顧み反省してみる.

 1)戦後の公衆衛生活動の基本は,死亡対策から罹病対策,さらに現今のQOL重視に変遷してきている.これは自然のなりゆきであろうが,不満の点があるので,あとで私見を申し上げたい.

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 89年間続いてきたらい予防法は今年3月27日国会で廃止が議決され,4月1日から施行された.

 これに伴い強制隔離と終生収容を内容としてきたわが国独自の絶対隔離のハンセン病患者管理体系はあっという間に崩れ去り,らいの病名もハンセン病と改められた.ハンセン病の年間新発生はすでに10名前後であり,後遺症の人々が6,000人程度であることから,恐怖と差別の代名詞であった「らい」は法律も実態も名実ともにわが国から消滅した.

連載 地域口腔保健—歯科医師会の実践

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 岩手県歯科医師会では,県行政(岩手県環境保健部)と密接な連携をとりながら,県民のための生涯を通じた歯科保健を推進すべく,「イー歯トーブ・8020」を運動のスローガンに掲げて,種々の事業を展開している.この名称は,宮澤賢治の示した理想郷=イーハトーブの歯科保健の分野での実現を目指し,岩手県の歯科保健事業の総合的な正式名称としているものである.

 個々の事業に関しては,概略を表1に示すが,ここでは特にその中から特色のある事業として,岩手県歯科保健連絡協議会について述べてみたい.

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 五色町(図1)での健康福祉の取り組みは包括ケアの基盤づくりに向けての,いわゆる「戦略」と「戦術」は意識されてきたが,ヘルスプロモーションを日本的に適用するという認識と指向はなかった.1986年のヘルスプロモーションの提起以来,わが国にも多くの研究者により,その概念が紹介され,そのような視点での地域保健活動の必要性が指摘されている.そこで,具体的地域実践としてのヘルスプロモーションとわれわれの取り組みの基本理念および実践の概要を対比し,ヘルスプロモーションの日本的展開について考えてみたい.

連載 在宅高齢者ケアの支援システム—アセスメントとケアプランの試み・5

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 近年の医療技術や薬の進歩に伴い,在宅療養者の数は増加しており,地域での効果的で実際的な在宅ケアシステムの確立が望まれている.

 しかし,在宅ケアの対象は寝たきりや,障害を持つ高齢者が中心であり,医療依存の高い疾病を持つ患者は医療機関での対応が多い現状である.

活動レポート 長崎県琴海町の保健福祉計画の策定とケアマネジメントの展開・2

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 平成2年,各自治体は,厚生省から「市町村老人保健福祉計画」なるものの策定と提出を,期限付で,しかも何の「ひながた」も示されず,義務づけられた.今までに前例のなかったことなので,ほかの自治体同様,われわれの琴海町でも,大きな戸惑いをもって受け止められた.実際,役場の担当課においては,どのような計画をどのようにして作ればよいのか全く理解できなかったというのが正直な話であったと思われる.

 私事で大変恐縮であるが,筆者は大学卒業後,公衆衛生学教室に入局し,母子保健,環境問題,などの仕事をさせていただきながら,地域のヘルスプランニングに興味をもち,市町村の保健婦さんたちとともにそれぞれの地域の保健計画を立てて勉強会をしていた.その延長で,昭和58年長崎県の離島である対馬のいずはら病院に保健活動部を作っていただき,臨床をやりながら,海洋型大離島(対馬)での老人問題に焦点を当てヘルスプランを実行するための医療,保健,福祉の連携のあり方を模索し始めた.その後,昭和う2年に琴海町立病院に赴任してからは,自分なりの琴海町保健医療10年計画を立て,対馬での経験を生かし,老人問題に対して町立病院(医療)を中心とした保健,福祉の連携のあり方を考えていた時期であった.そのような時に,各市町村に「老人保健福祉計画の策定」が義務づけられたのであるから,やっと筆者の考えていたとおりの時代になったとひそかに喜んだものである.

活動レポート 愛育会の活動

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 「お元気ですか?」の声かけに始まる愛育班活動が牧丘町に定着して早40年の月日が流れている.この歴史的に継続されてきた愛育班活動は,意欲的な主婦の力と,先輩保健婦が育成者としての情熱を傾けてこられた賜と,ただただ頭の下がる思いである.振り返ると,筆者が牧丘町の保健婦として就職したのは,15年前の昭和55年,新たに保健婦一名増員ということだった.それは愛育班員の方々による町への陳情の結果と聞き,その組織力の強さに牧丘町の魅力を感じずにはいられなかった.ここに牧丘町の愛育会活動を紹介し,組織による活動が町の保健衛生にどのように反映しているのか,まとめてみたいと思う.

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 北九州市は,全国平均を上回る速さで高齢化が進み,平成17年(2005年)には5人に1人が高齢者という本格的な高齢社会を迎えようとしている.

 高齢化社会の到来に向けて,北九州市では市民一人ひとりが人間として尊重され,高齢者や障害者はもちろんのこと,だれもが住み慣れた家や地域で過ごせるよう魅力ある街としての「高齢化社会のモデル都市」づくりを目指している.

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 1994年6月から11月にわたり,米国防疫センター(The US Centers for Disease Control and Prevention:CDC)にて,インターンとして勤務する機会を得たので,報告する.

 CDCでは毎年100名のインターンを受け,そのうち80名は米国公衆衛生大学院協会(Association of Schools of Public Health:ASPH)をとおして公募される.また,アトランタにあるエモリー大学が数多くのCDCとの共同プロジェクトを行っており,そのひとつにインターンシッププログラムをがある.ASPH以外は無給である.

保健行政スコープ

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 平成8年4月1日「らい予防法の廃止に関する法律」の施行に伴い,「らい予防法」は廃止され,これまで90年近くにわたる隔離を主体とした「らい予防行政」に終止符が打たれた.ハンセン病は従来「らい(癩)」と呼ばれ,外見に明らかな変化をきたす皮膚症状や神経症状に加え,治療法が確立されてなかった時代には,感染の強さに対する医学的に誤った考えや,慢性の経過をとって重症化する疾患の特徴に加え,遺伝であるとの迷信や因果応報思想に基づく「天刑病」と考えられていたことなど種々の要因が重なり,患者やその家族に対して根強い差別や偏見が存在してきた.「らい予防法」の廃止はこうした人々の人権回復を実現した点で大変意義深いことである.また同時に,これからの衛生行政および衛生行政法のあり方についても再考する機会を提供していると考えられる.

基本情報

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公衆衛生
60巻7号 (1996年7月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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