公衆衛生 46巻10号 (1982年10月)

特集 学校保健の今日的課題

学校保健の今日的課題 船川 幡夫
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■学校保健の歴史

 学校における健康に関する教育は,わが国では,明治5年7月学制の公布とともに,下等小学校で教科として「養生法」をおき,小学教則の中に5級(7歳半)に対して1週2時間の養生口授としてとりあげられたことから始まっているといえる.しかし,当時考えられた教育内容,その程度の高さ,これを教える側の準備の不足などにより,その後次第に弱体化し,むしろ,健康の問題は,管理のための学校保健としてすすめられるようになった.このことは,言葉をかえれば,学校で教育を行っていくための条件設定としての学校保健として姿をかえ,このことは,戦前までそれなりの発展をとげてきたといえる.当時の学童全般について,体格の面からみても低劣であるだけでなく,環境衛生上の問題も多く,伝染病をはじめ,栄養不良など健康上の問題を多く抱え,それらをまず解決することが教育を行うためには不可欠のことであったという当時の実情にもよったであろう.

 そのために,学校保健に関連した制度の上でも,明治21年の活力検査から始まった身体検査も,明治30年ころより学校医がおかれるようになるとともに,その内容が,学童の体格や,疾病,異常の有無を診ることに重点がおかれ,その結果の有所見者に対しての対策を中心として学童の健康の管理がすすめられ,一方,学校の衛生環境をととのえ,机,腰掛けの基準をつくることや,伝染病の予防など環境の整備に重きをおいてすすめられてきた.

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■保健室とは?

 保健室とは,一体何でありましょう? 学校が学校運営の中で考える保健室と,保健室の養護教諭が考える保健室と,そして,その利用者である生徒自身が考える保健室とではすこしずつズレがあるように思っている.

 どこにどういうズレがあり,"それがどういう問題をひきおこしているかということではなくて,学校側がどうきめようとも「そこに在る保健室」を生徒の側はさまざまな形で,意識的に,無意識的に利用している,ということをいいたい.

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 子供の教育が高学歴化された現今では,登校拒否という現象は当然社会問題化し,医療,心理,教育の分野だけでなく,一般の関心をひき,テレビドラマやマンガに登場するまでになっている.

 そのため登校拒否の実数の増減とは無縁に,医療機関への受診数や教育関係その他の相談機関への来談数は増加の傾向がみられる.

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 戦中,戦後3〜4年間の栄養事情の極端に悪い時期における児童・生徒の体力・運動能力の低下の時代からぬけ出して,発育加速化現象が生じ,昭和45年以降は栄養事情の問題は,不足から摂取熱量と消費熱量のバランスの問題に代わり,運動不足による体力低下が問題として語られるようになってきた.確かに形態とくに身長に代表される発育は逐年毎に増加の一途をたどり,かつ,以前の日本人的体格の特徴の一つである短い脚長と長い胴長というプロポーションも次第に変化しつつある.このような児童・生徒の体格の変化は彼等の生活空間の変化とともに生起し,それにつれて,体力・運動能力も変化してきている.

 日本では,昭和39年以降毎年文部省は小学校5年生以上の児童・生徒の標本に対して,体力・運動能力の調査を実施し,毎年10月10日に体力・運動能力調査報告書として発表している.日本人児童・生徒の体力・運動能力の事情を知るには,この調査は標本数が大であり,かつ比較的,抽出された県が日本全国にまたがっており,都市,農漁村にも標本はまたがっていて,都合がよいと考えられる.この意味から昭和56年度の報告書(昭和55年度調査結果)を手がかりに,現代の児童・生徒の運動能力について考察をすすめることにする.

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 最近,小児の骨が弱くなり,容易に折れやすくなったと,盛んにマスコミや教育界などで論議されており,その背景として,小児の体格は向上したものの,骨を支える筋肉の未発達,住宅環境および遊戯の変化などによる体力低下,敏捷性の低下,さらに環境汚染や食品添加物の問題などがあげられている.

 われわれ整形外科医の間でも,この間題をとりあげ,第54回日本整形外科学会(昭和56年3月30日)において,「小児骨折最近の動向」というパネルディスカッションが行われた,ここでは,小児骨折の増減については結論は得られなかったが,今後さらに多方面からの検索を行って,もし増加の傾向がみられたならば,早急にその原因,対策を講じるという方針をうちたてた.

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■脊柱側彎症の歴史的背景

 学校保健における疾病構造の変化にともなって,近年とくに慢性疾患の早期発見とその悪化防止に力が注がれるようになってきた.この中で整形外科的疾患としては,その発生頻度,疾患の特性などからみて,脊柱側彎症が従来からの骨折等の外傷性疾患とならんで重点的にとりあげられるようになった.

 脊柱側彎症は有史以前より存在していた疾患と考えられている.しかしその治療が極めて困難であったことから,長い間適切な対処がなされるに至らなかった.側彎症に関する近代的アプローチは17世紀にはじまり,以来今日までその病因に関して数多くの説があるが,いずれも本症の大多数を占める特発性側彎症の原因を解明するには至っていない.

児童・生徒の循環器疾患 北田 実男
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 児童・生徒の心臓検診が学校保健法で義務づけられて約10年になる.この間に,熱心な地域では検診から管理指導にいたるまで,ずい分改善,充実されてきたが,一部の地域では学校保健法施行規則で規定された最低限のスクリーニングすら満足に行われていない.その結果,地域間や学校間の格差はむしろ拡大してきている.

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 学童期の長期欠席のうち疾病に基づく3大原因は,かつては結核,寄生虫症,トラコーマであったのが,近年は喘息,循環器疾患とともに,腎疾患が王座を占めるようになっている.

 一方,人工透析開始例は毎年4,000〜6,000人を数え,全国では現在4万人を超す人たちが人工透析を受けている.学校検尿の費用は,年間約30〜40億円といわれており,この金額は,透析の開始時期を数カ月遅らせることにより賄いうる額である.腎疾患の治療において,完治を期待できる医療手段は皆無といってよく,それ故生活管理が重要な位置を占めているといえる.さらに,慢性腎疾患はほとんどが不可逆性であり,かつ一旦,腎不全状態となると人工透析もしくは腎移植法しかなく,それすらも技術の進歩にもかかわらず,腎機能の低下,廃絶に対して生命の維持は可能としたが,多くの問題点をかかえている.

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 筆者は戦中,戦後,今日まで,労働者保健を専攻領域として学習研究を続けてきた.ここではその中で疫学に関連する学習体験を述べることにする.それに先だち,労働者階級の健康状態,あるいは労働による健康被害の史実を顧みることは,記述疫学に準ずるだろうが,むしろ自らの学習研究の位置づけと反省のために,欠くべからざるものであろう.

発言あり

がん死亡率第1位 x , w , y , u , v
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待ち望まれた(?)第1位

 日本人の死因順位の記録は明治33年までさかのぼれるが,これまで死亡率順位で第1位になったのは肺炎および気管支炎,胃腸炎,結核,脳血管疾患,そして今度の悪性新生物の6疾患である.このうち前3者は明治33年からでも半世紀以上,多分それ以前の時代も日本人のトップ死因の座を占めていたわけであろうが,生活環境の変化,栄養の改善,医学医術の進歩などの影響の中でそれぞれ大正年間に死亡率値ピークのモニュメントを残して減少し,昭和26年以降は日本人の死因の主役でなくなった有為転変はご承知の通り.

 公衆衛生がこうしたresponsiveな対象を相手にしていた時代はまさに仕事の仕甲斐があったというべきで,その後,保健所黄昏論などが出たのは何といっても脳血管疾患がトップ死因の座についてから.脳血管疾患の死亡率は明治のころからピークをつくることなしに120〜30から160〜70台を上下して劇的な変動をせず,自殺や不慮の事故でも死亡率の変動は最高値が最低値の2倍はあるというのに,脳血管疾患では1.5倍にしかならないわけで,単純な比較は出来ないにしろ安定ぶりはわかろうというもの.

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 いわゆるベトナム難民は1970年頃から,アジアおよび欧米の各国に漂着ないし収容されはじめた.日本でも,その数こそ少ないが,日赤をはじめ各慈善団体が難民救済を行っている.

 難民にかかわる政治的,道義的諸問題は複雑のようであるが,それが健康にかかわるとなると,重大問題で放置しておくことはできない.

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 岐阜県東白川村を研究の場として,昭和44年以来地域保健研究を行ってきた.研究の方向として,住民を如何に健康にするかが目標であるが,そこに至る過程で血圧管理,糖尿病管理等を通じて,住民への健康教育が,種々な形で行われてきた.今回はその中で地域で最も重要な課題であり,住民の関心も高かった,高血圧予防を目的とした血圧管理の状況について報告する.

 東白川村は,岐阜県のほぼ中央に位置し,村内を流れる溪流に沿った東西16km,南北11kmで,溪流に沿って村落が点在しているが,村の大部分は山林が占めている.昭和55年の国勢調査によれば,人口3,764人(男1,807人,女1,957人)の過疎の村であるが,現在では人口流出も停滞し,ほぼ横ばいの状況である.総面積8,700ha,うち山林は4,800 haと村の70%を占め,農林業を主体とした兼務が多く,最近では,製茶等も盛んになってきた.気温は平均25℃と涼しく,冬期には0℃以下の時も多く,県下の典型的な山村である.

日本列島

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 昭和57年度がん征圧全国大会が9月10日富山市で開催された.本大会は毎年,がん征圧月間である9月に開かれており,今年は日本海側で初めての大会であった.がん予防活動の中で全国的な啓蒙活動としては最大ともいえるものであり,3,000人近い関係者が集まった.

 例年のように表彰,特別講演,シンポジウム,大会宣言などが主なプログラムであるが,今大会では胃集検のパイオニアである有賀槐三氏やわが国初の子宮集検車を開発した九嶋勝司氏の個人表彰をはじめ,香川県財田町等4団体の表彰が行われた.

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 さる昭和57年9月14日,胃がん・胃ポリープなどの胃腸疾患や子宮がんなどの婦人科疾患を,検診等で発見され,手術後満5年以上を経過した者で組織されている「みやぎよろこびの会」第15回大会が,仙台市民会館ホールで行われた.会場一杯に集まった500名程の男女は,いろいろな大会で集まる人々と一見変わるところはない.会員以外の人も来場しているのかと思わせる程である.

 結成以来15年を迎えた同会は,宮城県内の各地にすでに36の支部が出来,現在2,369名の会員を有しているが,自らが体験者として,がん対策の成果を示す役割を果たしてきた.検診等で年々会員が増加し,今年度もまた大勢の入会者が加わった.入会を希望しない者も含めれば,手術で助かった者の数は更に増す.ことに胃・子宮・乳がんなどは,早期に見つかれば,助かる病気になったのは事実だ.

基本情報

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公衆衛生
46巻10号 (1982年10月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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