公衆衛生 42巻8号 (1978年8月)

特集 市町村保健センター

市町村保健センターの概要 松田 朗
  • 文献概要を表示

I.構想の背景

 わが国における公衆衛生活動の推進は,保健所が第一線の機関として中心的な役割を果たすことによって,支えられてきたといえよう.

 しかし,かつて保健所が結核撲滅のリーダーとして国民の信頼を担い,自信と誇りに満ちて活動していた時のように,今日の保健所にも活気がみなぎっているといえるだろうか.

  • 文献概要を表示

はじめに

 今回,厚生省が打ち出した市町村保健センターを英訳すると,local health centerとなるであろう.一方,昭和13年からわが国の公衆衛生行政を名実ともに背負ってきた保健所も,英字ではhealth centerとなる.これに象徴されるように,市町村保健センターと保健所とは,その性格が酷似しているようで,両者の関係はいかにあるべきかという命題は,市町村保健センター構想のへそであり,市町村保健センターが成功するか失敗するかは,まさにこれにかかっているといっても過言ではない.

 厚生省における市町村保健センター構想に関する内部の議論も,大半はこれに集中された.

  • 文献概要を表示

1.市町村保健センターを拠点とした対人保健サービスに保健婦が期待される意義

 厚生省は昭和53年度の新しい施策として「国民健康づくりの推進」を打ち出した.その3本の柱の1つ「健康の基盤整備」では,住民にとってよりきめ細かい対人保健サービスの拠点を組織的に前進させた姿として,「市町村保健センター」の整備と市町村保健婦の配置,および住民の自主的な地区活動の助成をあげている.

 そして,保健婦は,従来からの国保保健婦を市町村一般会計所属の保健婦として一元化し,衛生関係に統一して活動することになったのは,周知のとおりである.換言すれば,国があらためて地域保健の重要な担い手として保健婦を認め,対人保健サービスの"場"としての市町村保健センターの整備をはかりつつ,住民に密着したサービスの向上を期そうとしたものといえよう.

  • 文献概要を表示

はじめに

 わが国は,国民の高い知識水準を背景に技術革新をめざましくこなし,第二次産業革命を乗り越え,史上最高の繁栄を亨受しているといわれる.しかし,他方で有病率・受療率が逐年増加をしている状況では,老年人口の増加と相まり,健康の保持増進は最大の問題として位置付けられる.

 第2次大戦後,三十余年を経た現在,疾病構造は結核に代表される感染症中心から循環器疾患を中心とする成人病へと変貌し,保健・医療対策の質の転換をみたわけであるが,従来の疾病の早期発見・早期治療を主眼とした対策のみでは,医療機関に群なす患者の増加に対応しきれない現状となっている.

  • 文献概要を表示

「国民の健康づくり」構想■

 西川 市町村保健センターの問題点について,これを直接ご担当の辻林先生から,市町村保健センターのあるべき姿と,それが抱えるであろう問題点などについてお伺いすることになりました.お忙しいところを有難うございます.

 ご承知のとおり,先進諸国におきましては,国民の健康増進に対する認識が非常に高まってきまして,例えば老人マラソンとか,あるいは早朝マラソンとかが行われております."国民の健康づくり"というようなことが長い間宣伝され,相当浸透してきたわけですが,民間にもアスレチックセンターなどができて,健康に対する認識が一層深まっているわけです.わが国ばかりでなくヨーロッパでは,すでにドイツがゴールデンプランに沿ってトリム運動を進めており,一つの国民運動としての健康づくりを実施しております.また,アメリカの大企業でも,そのようなことをやっていると聞いております.

市町村における保健センターの試み

  • 文献概要を表示

 ■はじめに

 宇都宮市から国道4号線に沿って,南へ約30km下ったところに小山市がある一そこからさらに,古河市に至る中間地点にある間(まま)々田(だ)地区まで南下し,それを右折して北に約5km向かったところで,センターのある寒川(さんがわ)地区に到着する.

 小山市立寒川健康指導センター.回りは田園と散在する民家に囲まれ,小山市の所鰭にありながら,さながら農村の中の別邸のような感じを受ける.あたりには湿地帯が多く,稲作に適したところである.近くには遊水池がある.

  • 文献概要を表示

■はじめに

 神奈川県愛甲郡愛川町.県央の北部に位置し,相模原市,厚木市に隣接する.山あり,川あり,奇に富み,町を縦断する中津川の深まるところには,関東の耶馬渓といわれる中津渓谷がある.

 小田急線の本厚木駅からバスで約40分行くと,山と丘に囲まれた高台に別天地のように広がる愛川町に着く.人口は約2万7千人(昭和52年).町並らしいところはなく,突如として近代的な5階建てのビルディングのある前で下車する.愛川町役場である.旧来の町役場とは似ても似つかない豪華なビルである.その斜め裏手に,白色のコンクリートの建物がひかえている.これが愛川町保健センターである.

連載 図説 公衆衛生・20

  • 文献概要を表示

 昭和47年,厚生省は難治性の原因不明の疾患をいわゆる難病と指定し,医療費の扶助を含めたこれに対する総合的な対策を開始した.この場合難病とは,①原因不明で治療方法が未確立で,かつ後遺症を残すおそれの少なくない疾患,②経過が慢性にわたり,単に経済的な面のみならず介護等に著しく人手を要するため,家庭の負担が重く,また精神的にも負担の大きい疾患とし,スモン,ベーチェット,重症筋無力症,全身性エリテマトーデスの4種を,治療費を扶助する,いわゆる治療研究対象疾患とし,同時に上記4疾患のほか多発性硬化症等4種を加えた計8種の疾患を調査・研究対象疾患とした.

 また小児慢性特定疾患,進行性筋萎縮症,重症心身障害,腎不全を対象に,治療費の扶助制度を併せて強化,拡充した.その後,特定疾患の研究対象疾患の種類は年々増加し,現在治療費扶助をしている疾患が19種,調査・研究対象疾患が31種となり,53年度はパーキンソン病が新たに治療費扶助対象疾患として加えられる予定である.

発言あり

子供の自殺 f , g , j , i , h
  • 文献概要を表示

必然のボルビー症候群

 子供の自殺に直面したとき,その子供をめぐって関係者が一様にいうことは,どうして自殺したのか,心あたりが全然ないということである.

 子供に限らず,大人の自殺も,他の人から見れば,いつでも不可解な死ではあるが,そこには多かれ少なかれ,あとで考えれば何か原因らしいことを見出せないことはない.ところが,子供の自殺に限って,確かに不可解なことが多い.

  • 文献概要を表示

はじめに

 循環器検診などの検診受診者の保健医療行動に関する調査,研究は多い1)〜3).しかしながら,それらは,ある一時点での断面的なものであったり,また経過を追跡して検討されたものであっても,主に検診開始時の初期の諸要因とその後の受診者の保健医療行動との関連を検討したものである.

 筆者らは,昭和42年から,地域住民を対象に循環器を中心とした集団検診を実施してきているが,この検診が10年目をむかえるにあたり,これまでの検診および事後指導の評価の一環として,高血圧者の受療行動に影響する諸要因および高血圧者の保健医療行動の検討を,検診活動後期の最近3年間について行った.

  • 文献概要を表示

 西独ミュンヘン市における小学生とわが国における小学生を対象とし,栄養状態および耐寒性について調査し,両者の違いを比較,検討し,次の結果を得た.

 1)栄養摂取量については,ドイツの生徒において男女とも,熱量,蛋白質,脂質の摂取量は日本人生徒のそれよりも多かった.

 2)体格においてドイツ人生徒は,日本人生徒の平均はもちろん,1968年の米国に身長,体重の基準値を上まわる数値を示した.

 3)寒冷血管反応における耐寒性は,ドイツ人生徒,日本人生徒の間における差は認められなかった.

 4)血液比重,血清蛋白濃度は,ドイツ人生徒,日本人生徒の間に差はなく,いずれも正常範囲内にあった.

  • 文献概要を表示

はじめに

 1975年春から関東以北の各地で7〜8年ぶりに風疹の流行がみられ,その後,1976年から1977年にかけて全国的規模で未曽有の大流行となった,東北地方では1975年春,秋田県や宮城県の白石市等で小流行があり,夏から秋にかけては一時下火になったが,同年10月下旬から仙台市内でも流行が始まり,1976年2〜3月をピークに宮城県下で大流行をきたした.宮城県下の患者数は,山本1)によれば,小・中学生だけでも10万人を越すといわれている.

 風疹は従来から"3日ハシカ"といわれ,妊婦対策のみが叫ばれ,小児のウイルス感染症としてはむしろ軽症に属するものとして軽視されてきた.ところが,今回の大流行時には脳炎,脳症,紫斑病といった重症合併症が全国で少なからずみられ,今後の風疹対策に修正を求めざるを得なくなった2)

資料

医療社会事業の実態 湯沢 布矢子
  • 文献概要を表示

はじめに

 近年,社会の近代化,複雑化にともない,また学問の進歩,技術革新等と相まって,患者対医師との1対1の関係にあった医療のパターンも,さまざまな変貌を遂げている.傷病構造の変化をみても,社会的要因に起因する傷病——成人病,精神障害,不慮の事故,公害による疾患等の急激な増加があるし,医療受給者側の権利意識や一般住民の健康への要請も一段と強調されつつある.

 一方,医療を供給する側からいえば,技術の高度化による関連職種の専門分化を生み,望まれる姿としてのチーム活動が不十分なために種々の混乱が生じ,問題が錯綜している.地域医療とか患者の総合ケアとかいっても,まだ理論のみが先行し,プライマリー・ケアの現状でさえ,混沌たる様相を帯びているのが実態であろう.

  • 文献概要を表示

【解説】

 1963年,「西欧の新しいタイプの政治的実験」としてスタートした中道左派政治(キリスト教民主党主導の中道政府に社会党が参加したもの)は,「完全雇用,福祉増進,南部開発」をスローガンに,社会保障,教育,医療等の分野でも改革をすすめるものと国民から期待され,支持されていた.しかし,実際は,ソットゴベルノによる利権政治という点では,それ以前の「中道政府」と大差はなかった.改革への期待が虚像に終わった時,国民の中道左派に対する不信と怒りは急速に高まった.「暑い秋」('69年)の労働運動をはじめとする国民的規模の高揚のなかで,中道左派政府は年金制度などの大幅な改革に着手したのであった.「社会的諸改革」(年金,医療,住宅,教育)といわれる課題の重要性,および,そのための「社会的,民主的な規制,介入,参加」の必要性が中道左派の時代にイタリアの改革勢力の側に自覚されていった.保健・医療制度の再編と民主的管理・運営の要求,自治体の権限の強化と地域医療政策の確立,予防医療システム,エコロジー政策の導入などが,革新勢力の側から提起され,1977年7月に結ばれた,護憲六政党(キリスト教民主党,社,共,社民,共和,自由の各党)の「政策協定」においては,経済政策(第二章)の重点としての「公共財政の健全化」(第三項)のなかで,医療保険部門の合理的改革が重要な要素として含まれることになった.

追悼

野辺地慶三先生を悼む 西川 滇八
  • 文献概要を表示

 野辺地慶三先生が,去る6月25日逝去遊ばされました.先生は,昭和21年に創刊された.本誌の前身である「日本公衆衛生学雑誌」の編集同人の一人でした.そして,昭和29年に日本公衆衛生学会の機関誌が「日本公衆衛生雑誌」として分離,独立するまで,編集に寄与されました.誌名は昭和25年から「公衆衛生」として学会機関誌を兼ねていましたので,本誌の育ての親の一人としてお世話して頂いたことにもなります.その後も,本誌の動向には常に深い関心を寄せて頂いておりました.

 先生は88年という長い御生涯を,終始,伝染病の流行とその防止に関する研究と,公衆衛生院における卒後教育,医科大学における卒前教育ばかりでなく,保健衛生技術者の養成に捧げられました.

野辺地先生の死 山下 章
  • 文献概要を表示

 6月26日朝刊を開いたら,先生のお名前に黒い棒がひかれて,写真入りで次の記事が載っていた.

 「野辺地慶三(元国立公衆衛生院疫学部長,杏林学園短大名誉学長)25日午前4時半,肺炎のため,東京都中央区明石町の聖路加国際病院で死去.88歳.

日本列島

  • 文献概要を表示

 昨年9月22日,愛媛県松山中央保健所長の小糸賢太郎先生は,病を克服しきれず62歳をもって永眠された.

 先生は,大阪大学医学部を卒業され,同大小児科教室を経て,ご郷里の愛媛県に奉職されたのが,昭和23年である.以来,29年にわたって,壬生川,卯之町,八幡浜,宇和島,御荘,久万,松山中央の各保健所長を歴任され,文字通り同県公衆衛生の重鎮として活躍された.さらに,中四国ブロックおよび全国保健所長会の役員にも従事されており,これらの機会を通じて,広く私共に対しても啓発を果たされた.

  • 文献概要を表示

 産業医の養成をめざすわが国でもはじめての産業医科大学は4月28日,北九州市八幡西区の2号館講義室で第1期生の入学式をおこない,開学した.

 産業医大は,多様化する労働災害,職業病,公害などの予防・治療・研究に従事する産業医を養成するため,労働省が中心になって設立をすすめてきた.このため私立とはいいながら,建設費や運営費の大部分は国などの補助によって担われ,学生に対しても入学金,授業料など,入学時185万円,2年以後135万円の学費がすべて修学資金として貸与されるようになっている.国立大学とおなじ負担で,卒業後に一定期間を産業医として勤務したときは,返還を免除される特典をもっている.

  • 文献概要を表示

 喫煙による害については,国会で取り上げられたり,厚生省でも全国の国立病院や療養所などに喫煙コーナーの設置や禁煙を指示するとか,また,「非喫煙者を守る会」が国鉄に対して禁煙車両を設置していないとして訴訟を起こすなど,全国的にも大きく取り上げられている.東海地方においても,5〜6月にかけ,愛知県をはじめ,三重県や岐阜県の衛生部において,部内会議での禁煙や,県立病院,保健所の待合室の禁煙や喫煙コーナーの設置などを指示し,また,6月4日には各種の運動グループによる「全国一斉禁煙行動デー」の名古屋集会が催されるなど,地域的にも大きく盛り上がってきているようである.

 タバコによる健康障害については,従来から諸種の疫学調査や動物実験等の結果から周知の事実でありながら,その予防活動は保健活動の中で十分な位置を占めていたとはいえない.これには,国策として専売公社事業が推進されていることや,成人の50%近くがタバコを愛好していること,なかんずく保健・医療従事者も先進諸国に比べ愛好者が多いことなど,いくつかの理由が挙げられよう.

  • 文献概要を表示

 本書は昭和52年10月に行われた「地域遺伝相談システムのシンポジウムの記録である.

 最近,子供を産むにあたり,先天性,遺伝性と呼ばれる異常や疾患に関心が持たれ,それと同時に,その予防という面での遺伝相談に人々の期待が集まってきている.欧米ではすでに遺伝相談部門が大学では独立した診療科として,保健・医療体系の中に取り入れられて,人々の相談に応じている.

--------------------

用語欄 橋本 正己
  • 文献概要を表示

▶ヒル・バートン法

 1946年,大恐慌と大戦による農村地域の病院不足と分布の不公平,医療の質の改善をねらいとして制定されたアメリカの連邦法Hospital Survey and Construction Act,提案議員の名前をとって普通Hill-Burton法といわれる.本法はその後再三改定されたが,この法律によって1947〜70年の間に,3,800のコミュニティを対象に6,200の施設,456,663床の病院及びナーシングホーム,2,979のヘルスセンター等が建設された.1974年,後述の新法に吸収された.

基本情報

03685187.42.8.jpg
公衆衛生
42巻8号 (1978年8月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

文献閲覧数ランキング(
6月22日~6月28日
)