公衆衛生 30巻3号 (1966年3月)

特集 衛生監視制度

談話室

衛生監視活動について 西川 滇八
  • 文献概要を表示

綜合保健活動と環境衛生事業

 WHO憲章の前文にある健康の定義を引用するまでもなく,公衆衛生活動の主流は予防医学にある。個人として,種痘や腸チフス予防接種,あるいはインフルエンザワクチン接種を家庭医に実施してもらうとしても,これらの流行を阻止するためには,地域全般にわたる努力が必要である。カやハエの撲滅にせよ,衛生的な牛乳の供給にせよ,あるいは乳児死亡の低下を図るにしてからが,個人の力をもってして可能な事業ではない。いずれもコミュニティのために,コミュニティの組織を通して実施された,コミュニティとしての機能によって結実する公衆衛生活動である。

 公衆衛生事業は,コミュニティ全般を対象として実施されるもので,予防接種や隔離などによって伝染病を予防したり,母性小児の保健,学校保健,性病予防,精神衛生活動,結核予防事業,環境衛生事業,衛生統計などを包含している。

衛生監視制度のあり方 中山 信正
  • 文献概要を表示

I.基本的な姿勢

 「6日朝,大正区小林町6,塗装工,各務武さん(37)の妻道子さん(36)が目をさましてみると三女伊久代ちゃん(生後3ケ月)が死んでいた。5日夜,武さんは,泊りがけの仕事に出ていたが同家は四畳一間だけで,いつもはそこに10才を頭にこども7人の家族9人が寝起きしていた。伊久代ちゃんの顔にふとんがかぶさって窒息死したもの」

 これは昭和37年2月8日,毎日新聞の大阪市内版の記事である。私が,わざわざ,ここに再録したのは,このような事実が数多くあるということを指摘するためではない。このような悲惨な記事に接することは,残念ながら,今なお跡を絶たないし,また誰もが無念にも残念にも思っていることであるが,私が指摘したいのは,このような事件に対する各方面の反応の様子が,まことに奇妙であると考えるところにある。たいていの事件の報道には,関係行政機関の見解なり,言訳なりがともに載せられるのが普通であるが,この場合にはそれが全くない。

論叢 衛生監視制度のありかたをめぐって

  • 文献概要を表示

はじめに

 衛生監視業務に対する市民のニードは大きい。例えば大阪市の市政モニターが保健所にしてほしいと希望している業務の56%は環境・食品衛生監視員の担当すべき仕事である1)。事実,公害や食生活の安全ということをとりあげてみても,大きな道義的責任を感じる。しかし保健所の衛生監視員に与えられている仕事の範囲や権限は,住民や消費者のニードからみれば限られたものであり,しかも横の連繋を持たない単独法の縦の線と,府県と市の間にある二重行政の横の線で区切れた限界というかべに囲まれており,しかも,仕事の難しさや責任に見合う研修や処遇は不十分である。例えば大阪市の環境衛生監視員は,市民から公害の苦情を持込まれても,正式には,発生源の工場へ立入り,指導する権限は,府から委譲されていない2)。何も知らない被害者からの非難に耐えながら,府へ調書を送って,処置を依頼し,時には1年近くもたってからくる処置の結果を待っているのが実情である。

 そして工場群の風下に建てられた市営住宅の住人や建築審査会をパスした工場の近くの住人といった人達から,粉じんや騒音の苦情を持込まれるといった矛盾3)。設計の段階では衛生監視員はツンボサジキにおかされていた地下街やビルからのネズミやこん虫の発生4)5)……といった後始末だけが衛生監視員にシワヨセされている現実。

  • 文献概要を表示

 わが国の衛生監視制度については,その内容,あり方およびこれに従事する者の資格,教育などに関し,中央地方において種々論議,研究されてきたが,最近における産業の著しい発展,都市化による社会生活の複雑化などに伴い解決を要する問題は年々増加するばかりで,今日ではこの制度のあり方は衛生行政全般の進路を左右する最重要な課題であるといわねばならない。昨年,大阪で開催された第22回日本公衆衛生学会でこの監視制度が始めてシンポジウムの議題として取り上げられたが,これを契機にこの重要課題が衛生行政従事者全員の関心事として真剣に検討されんことを希望したい。衛生監視制度--ここでは医療,薬事を除いた食品を含めたいわゆる環境衛生監視--が衛生行政の一部門に加えられたのは今次大戦後であることは周知の通りである。ところが20年を経た今日,この分野の活動は他に比し非常に立遅れているのは何故であろうか? 戦後,解決を要する感染性疾患の問題が山積していたことは否定できないが,私には,より基本的なすなわち衛生行政全般のあり方,すすめ方といった公衆衛生に対する考え方(publichealth minded)の問題をここでもう一度取り上げ,衛生行政の今後の方向を定める作業の内で監視制度の有する意義,役割を再検討する必要があると思う。

  • 文献概要を表示

監視員の歴史的過程

 そもそも環境衛生監視員という名称は広義に使用される場合と,狭義に使用される場合とがある。清掃法に規定されている環境衛生指導員および伝染病予防法に規定されているそ族昆虫駆除吏員に加えて,狭義の環境衛生監視員(営業六法に名称規定がある)の三者を含めて広義の環境衛生監視員と普通には称されている。これを歴史的にたどってみると,遠く昭和21年4月,東京と仙台において全国都道府県から集まった公衆衛生係官に対して,全国で始めて6人から成る衛生班の実地訓練が行なわれたことに始まる。昭和21年5月付最高司令部Scapin第920号により衛生班は都道府県衛生部のそ族昆虫駆除担当官の監督のもとにおかれた。二れがそもそも環境衛生監視員の濫觴であったのである。次に昭和23年9月環境衛生監視員設置要領に基づき,ここにそ族昆虫駆除,清掃および汚物処理,上下水道および飲用水,営業六法などの指導監督を行なう広義の環境衛生監視員の誕生をみたわけである。この当時は人口5万について1名の割合であったものが,25年伝染病予防法の改正により,そ族昆虫駆除吏員は人口10万について1名の割合になったのであるが,この時点においてはそ族昆虫駆除吏員はすなわち環境衛生監視員であり,おのおの別々なものとしての意識がもたれたわけではなかったのである。

海外事情

アメリカの衛生監視制度 児玉 威
  • 文献概要を表示

はじめに

 古代ローマではすでに飲用水の監視に監視員がたずさわっていた。また1350年頃フランスには衛生警察官があって,豚が市内をうろついたり,魚や肉の廃棄で街が汚染されるのを取締っていた。このように古くから衛生監視が行なわれたのは,市民生活の安全や街の不潔の防止のためであった,その後も衛生監視が重視されたのは,疾病流行の原因の瘴気説のためであって,この説では悪臭や動植物の腐敗の結果が,社会保健上悪い影響を与え,ホコリや不潔は疾患を誘発すると考えた。このように,初期の衛生部の環境衛生監視活動は有害物除去と汚物処理に関連していた。

 19世紀に入って公衆衛生活動としての衛生監視が急速に発展した。イギリスは近代公衆衛生活動と監視制度の発祥の地であるが,とくに衛生監視員の養成制度はすばらしいものと称されている。すなわち衛生監視員に任命されるには,まず十分に系統樹てられた専門的訓練の課程を終了し,さらに資格を得る前に厳格な試験に合格しなければならない。この場合,衛生行政の第一線の現場における実務的な職員としての徒弟的な養成方式をとっていることが特色である。しかし,その後,名称もPublic Health Inspectorと改められ,1960年9月から新制度による養成が行なわれていることは,吉本氏の報告にみるとおりである。

イギリスの衛生監視制度 吉本 静夫
  • 文献概要を表示

 イギリスの国名は,正式には連合王国The United Kingdomといい,連合王国は,大ブリテンGreat Britainと北アイルランドNorthern Irelandよりなり,大ブリテンは,イングランドEngland,ウエールズWales,スコットランドScotlandよりなる。

 以下は,イングランドとウエールズにおける公衆衛生監視員Public Health Inspector制度を中心としたものであるが,スコットランドと北アイルランドにおいてもほぼ同様の制度である。なお,衛生監視制度を理解するうえにおいて必要なイギリスの衛生行政機構,学校教育制度などについても概略を述べることとする。

  • 文献概要を表示

 日本環境衛生センターは,財団法人日本環境衛生協会が運営する機関である。この協会は昭和28年に設立された。厚生省環境衛生課のいわゆる外郭団体として発足し,一般の協会と同様に民間団体という比較的自由のきく立場で環境衛生行政の推進のお手伝いをしてきたのである。今でもその基本的立場は変っていないが,一昨年,環境衛生センターの建設によって,研究室,教室,実習室などの諸施設や研究者,技術者を加うることによって,その事業の範囲は著しく拡大され,多面的な活動を行なっている。

 中でも,環境衛生関係職員の再教育や訓練,あるいは身分制度問題は,センターの主要活動項目の一つである。わが国の衛生監視制度が諸外国に比べて著しく立ち遅れていること,監視員の身分が確立されておらず現場には多くの矛盾と混乱があることは,多くの識者がすでに指摘しているところである。環境衛生センターでは,およばずながらその改善や発展のために種々の努力を行なっている。そこには民間団体という制約や限界はあるが,逆にその比較的フリーな立場を活用するところに存在意義を見出して活動を行なっている。

資料

  • 文献概要を表示

 WHO西大平洋地域の保健活動はDr.I.C.Fangの采配で1950年から始まった。本稿は1965年9月16日〜21日に韓国・ソウルで開かれた第16回WHO地域委員会でDr.Fangが行なった報告の要旨である。(WHO西大平洋地域加盟国は,日本,蒙州,ニュジーランド,台湾フィリッピン,ヴェトナム,カンボジア,ラオスマレーシア,西サモア,ボルネオ,サラワク,フィジーである)。

  • 文献概要を表示

I.身分資格が定められているもの

1.食品衛生監視員

〔業務範囲〕

1)食品に関係ある営業場所などを臨検し,食品添加物,器具容器,包装,施設などを検査と試験の用に供する物件の収去(食品衛生法第17条)

2)食品関係営業の施設などについての監視または指導(同法第19条,同施行令第3条)

  • 文献概要を表示

緒言

 学校給食に起因する事故は,学校給食が開始されてから今日まで,規模に大小の差はあれ,各地で発生しており10,公衆衛生上大きな問題を残している。しかも,それら事故の大部分は,病因物質が判明しておらず,予防上大きな障害となっていることも否定できない。東京都においても,昭和25年から30年にかけ,ハム,ソーセージを原因とする事故が続発したが,昭和27年11月,上北沢小学校で患者数621名におよぶ事故が発生した際に,疫学,臨床,微生物学などの諸研究がすすめられ,都衛生局から,その結果が,給食熱(上北沢熱)2)として公にされている。しかし,その後も,ほとんど毎年病因不明の事故が発生している。たまたま,昭和38年5月から6月にかけ,都内,6小・中学校に相ついで事故が発生し,患者2,166名に達した。しかし,これら6例も,病因物質の決定はできなかった。また各校間の因果関係も指摘できなかった。

 そこで,これらの事故例を解析し,今後の事故防止の参考としたい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 公衆浴場は,その構造施設などについて,清潔で衛生的に保持されるよう法律で定められているが,利用者の目的物である浴槽水は,腸内系伝染病,Microsparon,Trichophyton,Sar coptes,Gono co ccus,spiro chaeta,などの感染の媒介物となるにもかかわらず,近時ようやくその水質の基準が定められ指導方針が明らかになったにすぎない。この浴槽水における公衆衛生学的研究はすでに多数の先人の報告1)〜6)があるが,著者は愛知県の中小都市における公衆浴場浴槽水の汚染状況を知る目的でその浴槽水について,温度,濁度,KMnO4消費量ならびに大腸菌群の検査を行なったのでここにその結果を報告する。

  • 文献概要を表示

はじめに

 昭和34年以来続いた池田内閣の経済成長政策は,所得倍増計画とあいまって,わが国の歴史始まって以来の好景気を出現した。しかしその反面,都市においては,入口の過密や公害の発生など,幾つかの弊害もまた副産物として産みだされている。特に公害の問題が住民の日常生活に著しい被害を与えているところも少くない。熊本県の水俣病,三重県の四日市喘息などは,その代表的なものである。これらの公害の問題は,起っては忘れられ,忘れられた頃にまたどこかで発生を繰り返すなど,閑却視されがちなのが現状である。昭和39年9月14日,富山化学工業KK富山事業所において発生した塩素ガス漏洩事件も,公害問題などに関心のうすい,裏日本の中都市の真只中で起った事件であった。この種の事件は,わが国でも始めての経験であるので,ここに事件の概要をまとめて報告し,今後この種の事件の発生を防止するための資料にしたい。

人とことば

妄想
  • 文献概要を表示

東京では都会改造の議論が盛んになっていて,アメリカのAとかBとかの何号町かにある,独逸人の謂うWolkenkrntzerのような家を建てたいと,ハイカラア連が云っていた。その時自分は「都会というものは,狭い地面に多く人が住むだけ人死が多い,殊に子供が多く死ぬる。今まで横に並んでいた家を,竪に積み畳ねるよりは,上水や下水でも改良するが好かろう」と云った,又建築に制裁を加えようとする委員が出来ていて,東京の家の軒の高さを一定して,整然たる外観の美を成そうと云っていた,,その時自分は「そんな兵隊の並んだような町は美しくは無い,強いて西洋風にしたいなら,寧ろ反対の軒の高さどころか,あらゆる建築の様式を一軒つつ別にさせて,エネチアの町のように参差錯落たる美観を造るようにでも心掛けたら好かろう」と云った。(中略)

 Revue des Deax Mondesの主筆をしていた旧教徒Brunetiereが,科学の破産を説いてから,幾多の歳月を閲しても,科学はなかなか破産しない。凡ての人為のものの無常の中で,最も大きい未来を有しているものの一つは,矢張科学であろう。

時事内報 NEWSLETTER

  • 文献概要を表示

 保健所職員の人件費補助については,過去おおむね5年おき程度に種々問題化するといわれているが,昭和41年度予算編成においても,地方公共団体の超過負担解消という問題に端を発し,大きくゆれ動いた。保健所補助対象職員は第1表のとおりであり,現員数については,予算措置されていたが,その補助単価については,第2表に示されたごとく,実績との間に著しい差を生じ,保健所を設置する地方公共団体の超過負担は著しいものがあった。

 (参考)保健所補助対象職員について地方交付税交付金においても積算されるが,その算定にあたっては,補助単価の如何にかかわらず交付税積算基礎による単価の1/3国庫補助金が収入としてあるものとして控除される。このためその差額については交付税による財源確保も行なわれないこととなる。

モニターレポート

厚生省にちょっぴり苦言を M. K
  • 文献概要を表示

 難産の末に漸く産れた母子保健法もいよいよ今年から実施第一年を迎えたわけである。

 国会の場で審議されたということで,各省関係者の啓蒙にもなり,また関係各方面の関心も大いに集まったという点でも意義あるものと考えられる。保健指導を中心とした母子保健対策を第一に考えるということで,その法的根拠が設けられたと思われるが,しかし末端でささいな仕事をしているわれわれ母子関係の職員としては,実際問題としてやはり予算面でいろいろ支障があったり繁雑な仕事にのみ追われているという不備な点もある。

--------------------

NEWS REFERENCES in January '66
  • 文献概要を表示

東南アジア医療協力を効果的に推進

厚生省の41年度重点施案の一つとして(4日・夕)

貧困家庭に入浴券のお年玉さる39年正月からこれで3回め。立川市社会福祉協議会が配る。(5日・夕)

基本情報

03685187.30.3.jpg
公衆衛生
30巻3号 (1966年3月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

文献閲覧数ランキング(
10月11日~10月17日
)