細胞工学 31巻8号 (2012年7月)

特集 3D-エピゲノムが生む新たな生命情報:細胞のメモリーとリプログラミング機構に迫る

基礎の基礎 中尾 光善
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エピジェネティクスの研究は,発生,再生,遺伝,疾患,老化など現代の生命科学が対象とする生命現象の共通の分子基盤として位置づけられてきた.“DNAの塩基配列の変化を伴わずに,遺伝子およびゲノムの機能を調節する仕組み”として理解することができる.発生生物学者のConrad Waddington氏が“the interactions of genes with their environment whichbring the phenotype into being”という表現で,epi(ギリシャ語;επί -over, above)-geneticの概念を1942年に提唱したとされているが,遺伝因子と環境因子の相互作用は今なお重要な意味を持っている.近年のエピジェネティクス研究は,X染色体不活性化やゲノムインプリンティング,癌における異常など,DNAメチル化と遺伝子発現の抑制に主体を置いて進展してきた1) .また,高速シークエンス技術の画期的な向上によって,エピゲノムの網羅的な解析が促進されている.DNAメチル化,ヒストン修飾,DNAとタンパク質の複合体であるクロマチンで形成されるゲノムをエピゲノム(epigenome)と呼ぶ .ゲノムをハードウェアとすれば,エピゲノムはソフトウェアに相当するようである.さらに,密接に関連する分野として,ヒストンやヌクレオソームに重点を置いたクロマチン研究,転写因子や遺伝子発現に重点を置いた転写研究,様々な機能RNAや翻訳調節に重点を置いたRNA研究,核構造やイメージングに重点を置いた細胞核研究があり,エピジェネティクス研究は,これらと有機的に融合しながら展開している.

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細胞記憶など高度な遺伝子発現の調節には,クロマチンの三次元的構造や核膜タンパク質などによる複雑な相互作用が関わると考えられている.しかし,従来の方法では,微細なクロマチン構造や個々のタンパク質複合体の本来の姿を直接可視化することが困難であった.近年,光学顕微鏡の回折限界を超える20〜 100nmの分解能を持つ超分解能の蛍光顕微鏡が開発された.核内の微小空間を立体視することでエピゲノム研究の新地平が開かれるかもしれない.研究の可能性を広げる超分解能蛍光イメージング技術の原理と実際をわかりやすく紹介する.

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間期細胞核内のクロマチンは,タンパク質やRNAからなる種々の超分子複合体,核内ドメインに取り囲まれ,それらと相互作用して制御されている.核スペックルや核小体などの核内ドメインは高次エピゲノムを支える基盤構造と言える.核内ドメインがどのように形成されるかについては不明な点が多いが,発生,分化,疾患で特徴的に変化することから,細胞状態を理解するための指標となっている.近年,ハイスループット顕微鏡などから得られる膨大な画像データをもとに,形態を定量化し,客観的に評価する手法が確立しつつあり,細胞核形態から細胞状態を高精度に予測する試みがなされている.

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神経系細胞の分化・成熟の過程でエピジェネティック修飾が劇的に変化することが明らかになりつつある.エピジェネティック修飾や遺伝子発現プログラムの変動に伴い,神経系細胞でも高次クロマチン構造が変化していると想像される.神経系におけるクロマチン高次構造に関する報告は少ないものの,興味深い知見が報告されている.神経細胞におけるクロマチン制御の知見は,神経科学のみでなく,幅広くクロマチン制御の理解にも貢献するものとなるであろう.

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ポリコーム群(PcG)遺伝子から発現するPcGタンパク質は,ポリコーム複合体(PRC)と呼ばれるタンパク質複合体を形成する.このPRCはゲノム上の特定部位に結合し,ヌクレオソームや染色体の構造を変換して近傍の標的遺伝子の発現を抑制状態に維持する.PRCは細胞分裂を隔てた遺伝子発現パターンの維持に寄与し,様々な細胞の運命決定に重要な役割を果たしている.本稿では,PRCについてこれまでに明らかになっている事象について概説し,PRCが細胞核内構造の変換を介して標的遺伝子の転写を調節するメカニズムについて解説する.また,PRCが関わる生命現象の具体的な例としてPRCとX染色体不活性化,Xist RNAなどの長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)との関わりについて紹介する.

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エピゲノム機構には,ヌクレオソーム構造を基盤とするクロマチン一次構造制御に加えて,細胞核内のクロマチンや核内構造体の空間配置や相対的位置関係などの三次元制御が関与している.核骨格は,クロマチン三次元制御の基盤として機能していると考えられているが,その詳細については不明な点が多い.中間径フィラメント,アクチン,ミオシンは細胞質における細胞骨格形成に中心的な役割を果たしているが,最近になって,それぞれのファミリー分子が核構造形成や機能に重要な役割を果たしていることが明らかにされている.これらの核骨格タンパク質の機能・ダイナミクスやクロストークを紐解いていくことによって,これまでぼんやりとしていた核骨格の分子構築や機能,さらには分化や疾病などにおける役割が明確な像を結んでいくと期待される.

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染色体の複製,すなわちDNA複製は,塩基配列情報を次世代に継承するうえで最も重要な細胞核内イベントの1つであるが,DNAメチル化やヒストン修飾のようなエピジェネティックな情報を継承するうえでも重要な場として働く.また,DNA複製の諸過程がエピジェネティックな機構により制御されており,核の内部構造の関わりを含め,染色体複製とエピゲノムの関係は以前にも増してその重要性が明らかにされてきている.本稿では,筆者らの研究により得られた知見を織り交ぜながら,最近の話題を中心に紹介する.

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核内の三次構造体とも呼ばれる核内ドメインの中には特別な長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)を含有しているものがある.これらの核内ドメイン局在型lncRNAの中には,エピジェネティック制御に関与するものや,癌などの疾患と関連するlncRNAが存在することがわかってきた.本稿では,核内構造とエピジェネティックな制御をつなぐ細胞核内lncRNAを紹介するとともに,疾患との関連が注目されるlncRNAについて説明する.

せるてく・あらかると

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細胞老化の研究を始めて今年で13年目になります.系は一貫して,ヒト線維芽細胞における癌遺伝子Ras誘導性細胞老化です.その間に場所はアメリカからイギリスへ,ポジションはポスドクからグループリーダーへと変わりましたが,実験系は基本的に変わっていません.若干の改良はあったものの,よくもこんなに長い間,これだけを生業としてこられたな,と感心してしまいます.しかし,細胞老化研究の歴史を振り返ってみると,単一の実験系に集中することにも一理あるような気がします.それは細胞老化の内容が複雑すぎるということです.実験系くらい単純にしておかないと,僕の頭では太刀打ちできません.

基本情報

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細胞工学
31巻8号 (2012年7月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:0287-3796 学研メディカル秀潤社

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