看護研究 39巻4号 (2006年8月)

焦点 認知症高齢者の尊厳を維持する看護研究

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緒 言

 近年,医療の急速な発展により,先端治療や延命だけではない,医療の質的な充実が求められるようになった。Quality of Life(QOL)は,生命の質あるいは生活の質と訳され,医療においては患者個人の主観的満足感あるいは幸福度と考えられるようになった。その結果,患者立脚型アウトカム研究としてQOL評価研究が位置づけられ,わが国でもQOLの1つであるSF-36(R)(MOS Short-Form 36-Item Health Survey)が患者のQOL指標として広く用いられている(福原, 1999)。米国では薬物療法の効果判定の必要性から認知症高齢者のQOLが注目されるようになり,認知症高齢者を対象としたQOL尺度が開発されてきた。認知症高齢者のQOLに関しては認知症の進行,自立度の低下によっては損なわれる部分もあるが,維持することも可能であるという立場から研究が進められてきた。しかしながら,認知症高齢者のQOL指標は社会活動の参加度,本人のおかれた環境および家族など周囲の人々との相互関係,ケアの質の反映などその捉え方も多様であった。

 患者中心の医療におけるQOLでは,常に患者の主観的評価を尊重すべきであるが,認知症高齢者は記憶障害,認知障害がその中核症状にあることから,患者の代理人である家族,看護師・介護士の他者評価によるQOL指標があった。しかし,あくまでもQOL評価は主観を尋ねることが基本であり,認知症高齢者であっても主観的QOLの判断は可能であると主張する立場の研究者らによって,認知症高齢者自らが評価する主観的QOL尺度も開発された。一方,経皮内視鏡的胃瘻造設術,抗がん剤治療などの専門治療を受ける医療依存度の高い認知症高齢者が増加しており,これらの認知症が進行した高齢者のQOLについても考慮する必要がある。本稿では,さまざまなレベルにある認知症高齢者のQOLの概念,これまで開発されてきたQOL評価尺度およびその特徴について明らかにし,今後の看護研究の課題と動向について考察する。

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緒 言

 厚生労働省の私的研究会として設置された高齢者介護研究会による報告書『2015年の高齢者介護』では,主要な課題の1つとして認知症高齢者の新しいケアモデルの確立が位置づけられた。認知症医療においても診断・治療だけではなく,ケアも含めた包括的なサービス提供のシステム化が求められている(本間,2004)。包括的であるということは,患者その人を中心に発想することであり,看護学において患者中心の看護はすでに議論された経緯があるが,本稿で取り上げるパーソン・センタード・ケア(person-centred care)は,英国ブラッドフォード大学老年心理学の故Tom Kitwood教授によって提唱された認知症ケアのための理論である。看護が従来提唱してきた患者中心の看護は,入院生活や地域生活における患者のケアの個別性を論じてきたが,パーソン・センタード・ケアは認知症に苦しむその人が認知症によるさまざまな障害を担いながらもいかに生きていくかに着目しているのが特徴であり,徹底した西洋の個人主義に基づいたQOLを追及している(Kitwood, 2005)。

 西洋哲学の個人主義を理念的基盤として,認知症高齢者の行動観察手法とケアの質の改善を目的としたフィードバックを含む評価システムが,認知症ケアマッピング(Dementia Care Mapping:以下,DCMとする)である。この評価システムは徹底的な現場主義の考え方から発展したため,DCM法は研究評価手法にとどまらず,ケアの質向上のための一連のフィードバックシステムが構築されている。DCMは英国では認知症ケアの質保証のナショナルスタンダードとなり,その後,米国,ドイツ,オーストラリアと広がった(認知症介護研究・研修大府センター,2004a,2004b)。

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緒 言

 音楽は人々の心を静穏化させ情動的反応を引き起こすことによる癒しの効果や身体活動を促進する効果があり,人々の健康の維持・増進に用いられてきた。欧米では19世紀から臨床的報告がみられ,20世紀後半から音楽が治療として用いられるようになった。今や臓器移植・遺伝子治療などの先端医療技術は,従来の疾病構造さえも変革しようとしている。しかし,人々の健康あるいは病気の課題は先端医療だけで解決されるものではなく,病気や治療に伴うさまざまな苦しみや痛みに対する全人的なケア,本来の自然治癒力・生命力を回復させるホリスティックなアプローチが必要とされている。近年,欧米を中心に,音楽を健康回復および健康増進だけではなく,病気や障害の治療に使用するようになっている。その適応範囲は,リラクセーション,ストレスマネジメント,リハビリテーションなど情動反応やリズム刺激などを活用した広範囲に及んでいる。

 老年看護の実践場面でも音楽は高齢者の生活の質を高めるアプローチとしてケアに取り入れられている。デイケア,デイサービス,高齢者施設において音楽は生活環境の一部として欠かせないものである。落ち着きのない認知症高齢者も集中して歌や合唱のレクリエーションに参加したり,コミュニケーション障害のある認知症高齢者が歌を通して他者と交流する場面も認められている。音楽療法のほかにも運動,動物,回想などのレクリエーション的アプローチを用いた看護介入は,アクティビティケアと呼ばれて実践に盛んに取り入れられている。そのなかでも音楽は,わが国の高齢者にとっては壮青年期における重要な娯楽であり,共通した情動反応を引き出しやすく,欧米ではアクティビティケアのなかでは最も歴史が長く,研究報告がなされている。今後,わが国でも認知症高齢者に対して介護予防や介護負担軽減を目的した音楽療法を看護介入として活用することは有効であろう。

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はじめに

 認知症高齢者の看護・介護を困難にさせているのは,脳の障害で生じる中核症状と中核症状を基盤に心身のストレスによって引き起こされる周辺症状などのさまざまな行動に対処しなければならないことにある。認知症の中核症状は,記憶など認知機能の障害が主であるが,それ以外の幻覚・妄想,抑うつ気分,攻撃,徘徊,不穏,焦燥などは周辺症状と呼ばれている。認知症高齢者の攻撃性,徘徊,奇声などは従来では行動障害ともいわれ,介護負担の大きな原因としてみなされてきた。Algaseら(1996)は,認知症高齢者の徘徊行動に関する研究を行なった結果および文献レビューにより,これらの認知症に関連した特有の行動を理解するための理論としてNeed-driven Dementia-compromised Behavior Modelを提唱している。Algaseら(1996)によると,Need-driven Dementia-compromised Behavior(潜在的ニードにより引き起こされる認知症高齢者の行動。以下,NDBとする)とは,徘徊,攻撃性,奇声などの認知症に関連した特有の行動であり,NDBモデルは,個人の社会的環境と身体的ニードの状況が関連していることを指摘したものである。NDBモデルは,従来,看護師がこれまで問題として捉えてきた認知症に関連した特有の行動を,潜在的に理解可能なニードとして概念化したものであり,本来は問題行動というネガティブな側面で捉えていたものを認知症高齢者のニードとして捉えて分析することで,より効果的な看護介入を促進しようとする理論である(Algase, 1999 ; Algase, Beck et al., 1996 ; Kolanowski, 1999 ; Whall & Kolanowski, 2004)。本モデルでは,潜在的ニードにより引き起こされる認知症高齢者の行動(NDB)は,相対的に安定した背景因子(background factor)とより変化しやすい基底因子(proximal factors)の相互の作用を反映した行動と捉えられており,ニードが充足されればこれらの行動も減少するという仮説が示されている(Colling, 1999, 2000 ; Colling & Buettner, 2002 ; Kolanowski, Richards et al., 2002 ; Whall, 2002)。本モデルをわが国に導入することは,認知症高齢者の徘徊,攻撃性,奇声など認知症特有の行動に対する看護介入の方向性が明確になり,介入方法の開発に有効であると考えられる。

 本稿はAlgaseらによって開発されたNDBモデルを紹介し,本モデルを活用した研究論文の動向と課題について考察する。

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はじめに

 わが国では1994年に全人口に占める65歳以上の高齢者人口(高齢化率)が14%を超え,2050年には国民の約3人に1人が65歳以上の高齢者という超高齢化社会の到来が見込まれる(内閣府編,2005)。高齢化に伴い認知症や寝たきりの高齢者の増加が予想され,知的・身体的機能の低下は閉じこもりや廃用症候群を引き起こす原因にもなる。老年期認知症の多くは有効な治療法がなく,知能障害から生じる中心症状は治癒困難であるが,周囲の状況に応じて生じる周辺症状は改善が期待できる場合もあり,対象者の状況に合わせた心理社会療法などが行なわれている。心理社会療法は,回想法,リアリティ・オリエンテーション,運動,音楽,アニマルセラピーなどがあり,このうち運動と音楽は刺激を介して機能強化をもたらし,患者の能力を引き出す可能性があるといわれている(中村,2003)。筆者らは以前,認知症高齢者を対象に童謡や演歌の音楽に合わせた運動を定期的に実施した結果,笑顔が増えて表情が豊かになり,拍子をとるなど行動が変化したと報告した(池田・東・吉水,2002)。認知症高齢者を対象に,音楽を用いた運動介入に関しては認知機能や関節可動域に焦点を当てた報告(寺崎,1994)や,音楽療法の分野でリズムに合わせた運動を用いた報告(北本,1992,2004;渡辺,2000)がある。しかし,これらの研究報告は集団を対象とした運動介入であり,重度認知症高齢者に対して介助者と1対1で実施する運動プログラムに関する報告はなかった。また,音楽を用いた運動を継続することによる日常生活行動の改善に着目した研究は見当たらない。そこで,自動運動が困難な寝たきり重度認知症高齢者に対して,看護師と1対1で好みの音楽を用いた運動(リズム運動)を実施し,対象者の表情や身体の反応,社会性,日常生活行動に生じる変化を測定した。

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後編の位置づけ

 本稿のテーマは,質的研究のデータ分析用ソフトウェア(CAQDAS: Computer-Aided Qualitative Data Analysis Software)の有用性の検討である。前編(本誌第39巻3号)を読んで,「ついに質的研究にもコンピュータを使った分析が必須な時代になるのか」と憂えた研究者は少なくないと思う。実は筆者も,質的データ分析にコンピュータソフトウェアが対応してきていることに危惧を感じている1人である。以前にも主張したことであるが(安保,2006),簡単に扱えるツールができてしまうと,背景にある重要な考え方を学ばないままデータ分析をする研究者が出てくる可能性があると感じている。例えば,SPSSやPubMEDのようなツールを使った研究発表で,正規分布を理解しないまま分散分析を行なっていたり,検索ワードが不適切なだけにもかかわらず先行研究がないと断言したりする発表に出くわすことがある。コンピュータツールを使うことが研究の信頼性を示すこととは同義ではないのであるから,質的研究についても調査および分析方法や評価基準の統一的な原則を見いだし,広めていく必要があるだろう。

 本稿で解説するATLAS.tiは質的研究データ分析ソフトウェアの1つであり,日本語で記述された質的データの管理・分析支援が可能であるという特徴がある。筆者(安保)は深堀氏から紹介されて実際に活用しはじめたところであるが,ATLAS.tiには検索や関連付けなどの手順を強力に補助する機能がみられ,便利な文房具であると感じた。本稿ではATLAS.tiを用いて既存のデータ分析過程を追試した感想を記すことで,質的データ分析のための「新しい文房具」の使いやすさを論じたいと思う。

連載 先端生命科学と看護のキアズマ・4

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WHOの世界緊急事態宣言

結核の耐性菌問題

佐藤:最近,英国では「The Constant Gardener」という映画が,2005年の英国版アカデミー賞を総なめにして話題になりました。原作本を読んだのですが,結核治療薬をめぐる製薬会社の陰謀が描かれています。

近藤:日本では2006年5月に公開され,邦題は「ナイロビの蜂」となっています。「スリー・ビー」という製薬会社の名前と舞台となった地名から,この邦題が付けられたようです。

基本情報

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看護研究
39巻4号 (2006年8月)
電子版ISSN:1882-1405 印刷版ISSN:0022-8370 医学書院

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