麻酔 71巻10号 (2022年10月発行)

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投稿論文　総説

全身麻酔中の肺保護換気水野谷　和之 , 斉藤　仁志 , 森本　裕二 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1068-1075

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術中の肺保護換気の概念は,低容量換気,プラトー圧制限,呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure:PEEP)の付加,リクルートメント手技から構成される。これまでの無作為化比較試験やメタ解析は,低容量換気に適度なPEEPを加えることを支持しているが,術後呼吸器合併症の減少効果について十分な結論は得られていない。近年,新しい概念である駆動圧,食道内圧に基づく経肺圧の理論が術中呼吸管理にも用いられ始めた。呼気経肺圧の考え方は患者や手術特性に応じて個別化されたPEEP設定を可能にし,呼吸器系メカニクスを改善させることが示されている。肺保護換気に個別化PEEP設定を組み合わせた呼吸管理が術後アウトカムへ与える影響が今後の検討課題である。

投稿論文　講座

統計ノート　変数の関連性　ピアソンの積率相関係数浅井　隆 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1076-1083

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各対象で測定した2つの連続変数(例えば身長と体重)間にどの程度の関連性があるかは,散布図で視覚的に確認でき,共分散で数値化できる。しかし,共分散は測定単位の違いにより値が異なるため,比較が困難である。共分散を2変数の分布の標準偏差で割ることにより得られるピアソンの積率相関係数rは,-1から1までの測定単位に影響されない値となり,r値がプラスなら正の相関関係,マイナスなら負の相関関係があると判断する。

投稿論文　症例対照研究

乳房全摘術の術後疼痛に対する胸横筋膜面ブロックの効果の検討岩田　正人 , 葛本　直哉 , 下村　俊行 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1084-1088

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乳房全摘術の術後疼痛に超音波ガイド下前鋸筋-肋間筋面ブロックが有効であることが知られている。胸横筋膜面ブロック(transversus thoracic muscle plane block:TTPB)の併用が術後疼痛に及ぼす効果を検討した。TTPB併用群でnumerical rating scaleの有意な低下を認めた。乳房全摘術の術後疼痛に対するTTPB併用の有効性が示された。

投稿論文　症例集積研究

院内歯科のない一般病院における周術期歯科地域連携の拡がり　術前の歯科医院受診による術後肺炎リスクの低下横尾　倫子 , 多田　敏彦 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1089-1094

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当院は2015年より周術期歯科地域連携を進めている。全身麻酔患者874名のうち458名が術前歯科受診し,受診割合は25%,58%,69%,76%と年々増加し,連携歯科医院数も増加した。術後肺炎は21名(2.4%)に見られ,"術前歯科受診なし"が関連していた(オッズ比8.79[95%信頼区間:1.95-39.5])。術前歯科受診は術後肺炎リスクを低下させるため,地域病院での周術期歯科連携は重要である。

投稿論文　症例報告

COVID-19肺炎が重症化した加熱式タバコ常用若年者の1症例伊藤　雅人 , 青木　善孝 , 小林　賢輔 , 桂川　孝行 , 鈴木　祐二 , 加藤　弘美 , 御室　総一郎 , 小幡　由佳子 , 土井　松幸 , 中島　芳樹 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1095-1098

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の低リスクと判断された加熱式タバコを常用していた20歳代の男性が重症化した。当院で侵襲的人工呼吸を含む治療を実施し,無事退院した。低リスクと判断された背景に加熱式タバコに関する医療者の知識不足が考えられ,紙巻きタバコ･電子タバコと比較して情報を整理する。

心房細動と奇異性低流量低圧較差の大動脈弁狭窄症を有する高齢者の人工骨頭置換術の麻酔経験小寺　厚志 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1099-1103

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左大腿骨頸部骨折を受傷した心房細動を有する97歳の女性である。術前心エコー検査で大動脈弁口面積0.48cm2,平均圧較差9mmHg,最高血流速度2.1m･s-1であった。全身麻酔下に左人工骨頭置換術を行い,中心静脈圧のモニタリング下にカテコールアミンの投与で低血圧を回避して,良好な転帰を得た。

唇顎口蓋裂患児の術後帰室時に生じた鼻腔口腔内分泌物による窒息の1症例一杉　岳 , 亀山　泉 , 田浦　志央吏 , 塚本　真規 , 横山　武志 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1104-1107

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唇顎口蓋裂の外科的修正術後,病棟へ帰室移動中に分泌物が原因で気管閉塞し,心肺蘇生が必要となる症例を経験した。手術に伴う口腔領域の解剖学的変化に呼吸や嚥下がうまく対応できないと,誤嚥や窒息の危険性が高まる。これらの患者に対する全身麻酔時には解剖学的特徴をあらかじめ認識したうえで,有効な予防と処置を準備しておく必要がある。

大動脈瘤術後吻合部破綻による出血性ショックに対してベルモント^🄬ラピッド･インフューザーを使用し救命できた1症例大谷　温巳 , 小嶋　亜希子 , 今宿　康彦 , 北川　裕利 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1108-1111

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大動脈瘤術後吻合部破綻による出血性ショックに対し,急速輸液装置であるベルモントラピッド･インフューザー(メディコノヴァス,横浜市,以下,RI)を用いて救命できた症例を経験した。RIは操作が簡便であるうえ,空気混入や回路内圧上昇を回避できる,安全性の高い急速輸液装置である。危機的出血に対し,RIは救命のための第一選択となりうる。

硬膜外麻酔により持続的な下肢運動麻痺,感覚障害を生じた1症例大村　浩之 , 金澤　伴幸 , 小野　大輔 , 賀来　隆治 , 日高　秀邦 , 小野　和身 , 森松　博史 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1112-1115

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82歳の女性に対して,硬膜外麻酔併用全身麻酔下に尿管皮膚瘻造設術が行われた。術後2日目より下肢に筋力低下･感覚障害を生じ,硬膜外カテーテルを抜去したが,症状は消失しなかった。術後3日目の磁気共鳴画像(MRI)で硬膜外に液体貯留を認めており,硬膜外コンパートメント症候群により持続的な神経障害を生じたと考えられた。

スガマデクス投与により喉頭痙攣を呈した小児症例河野　瑠美 , 奥　朋子 , 飯田　靖彦 , 松本　美志也 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1116-1119

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小児の全身麻酔でスガマデクスによると考えられる喉頭痙攣を経験した。スガマデクス投与後に抜管したが,直後に喉頭痙攣を起こした。ロクロニウムを投与し,マスク換気が可能となったが,自発呼吸出現後にスガマデクスを投与し,再び換気困難に陥った。小児においても,スガマデクスによる喉頭痙攣には注意が必要である。

リトドリン長期投与後に反跳性高カリウム血症を来し集中治療管理が必要となった1症例黒川　右基 , 加藤　崇央 , 松田　祐典 , 松浦　千穂 , 中野　由惟 , 大橋　夕樹 , 小山　薫 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1120-1124

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リトドリンは副作用として低カリウム血症を来すことが知られているが,投与終了後の反跳性高カリウム血症の報告は少ない。本症例は,切迫早産でリトドリンを長期投与されており,帝王切開術後に反跳性高カリウム血症を来し,集中治療管理を要した。母体,胎児への影響を考え,リトドリンの長期使用を見直す必要がある。

静脈奇形および動静脈瘻による術中大量出血が予想されたために大動脈閉塞バルーンカテーテルを使用した大腿骨骨幹部骨折の1症例赤澤　杏奈 , 和田　浩太郎 , 石川　友規 , 三枝　秀幸 , 石井　瑞恵 , 岩崎　衣津 , 小林　浩之 , 實金　健 , 福島　臣啓 , 奥　格 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1125-1127

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右大腿骨骨幹部骨折に対する骨折観血的手術において,下肢静脈奇形および動静脈瘻による大量出血が予想されたために,術前に大動脈閉塞バルーンカテーテル(intra-aortic balloon occlusion catheter:IABO)を挿入し,出血量を制御して手術を完遂することができた51歳･男性の症例を報告する。急激な大量出血が予想される患者においては輸血や循環作動薬の準備に加えてIABOも検討すべきであるが,虚血による臓器障害や遮断時間の制限があることには留意が必要である。

人工心肺を使用した上大静脈内腫瘍塞栓摘出術において肘静脈の末梢静脈圧モニタリングを行った症例酒井　洋平 , 長嶺　祐介 , 本庄　俊介 , 櫻井　龍 , 宮下　徹也 , 後藤　隆久 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1128-1131

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42歳,男性,精巣がんによる上大静脈から左腕頭静脈内の腫瘍塞栓に対し,人工心肺下で腫瘍塞栓摘出術を行った。上半身での中心静脈カテーテル挿入は不可能であり,代替手段として右肘静脈に挿入した末梢静脈圧モニタリングを行い,上半身の脱血を監視した。上大静脈症候群の症状の出現はなく経過し,安全な周術期管理を行うことができた。

経尿道的ホルミウム･ヤグレーザー前立腺切除術で気道浮腫を契機に診断した灌流生理食塩液血管内吸収による高クロール性アシドーシスの1症例武末　美幸 , 浅野　優 , 伊加　真士 , 鷹取　誠 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1132-1135

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前立腺肥大症に対して,経尿道的ホルミウム･ヤグレーザー前立腺切除術(HoLEP)を声門上器具を用いた全身麻酔下に施行した。手術中の気道浮腫を契機に,灌流生理食塩液血管内吸収によると考えられる高クロール性アシドーシスと診断した。術後に人工呼吸管理･利尿薬投与の集中治療管理を行い,後遺症なく退院した。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)妊婦に対する緊急帝王切開術の麻酔経験川瀬　宏和 , 大岩　彩乃 , 中込　尚子 , 武田　吉正 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1136-1140

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呼吸状態が徐々に悪化しつつあった新型コロナウイルス感染症妊婦の緊急帝王切開術の麻酔を経験した。産科,新生児科,集中治療科,コメディカルスタッフと連携し,感染防護を行いつつ,脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔で安全に麻酔管理を行うことが可能であった。

投稿論文　紹介

冠動脈造影と左室造影の検査時間に関する正規性の検定と時間延長症例の検出　正規分布と箱ひげ図水野　樹 , 猪俣　武範 , 野尻　宗子 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1141-1145

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背景:心臓カテーテル室の運営のために,検査時間のモニタリングが実施されている。実施された心臓カテーテルの検査時間が,予定された検査時間に比較して延長することがある。今回,統計学的手法を用いて,冠動脈造影と左室造影(coronary angiography and left ventriculography:CAG-LVG)の検査時間に関する正規性の検定と時間延長症例の検出を行った。方法:順天堂大学順天堂医院心臓カテーテル室で実施された113症例のCAG-LVGの検査時間が,本研究の対象として用いられた。正規分布への適合度の検定には,アンダーソン･ダーリング(Anderson-Darling:AD)検定,クラメール･フォンミーゼス(Cramer-von Mises:CVM)検定,コルモゴロフ･スミルノフ(Kolmogorov-Smirnov:KS)検定が用いられた。時間延長症例である外れ値の検出に,箱ひげ図が用いられた。結果:実施された検査時間の平均値は0.49時間,標準偏差は0.35時間,中央値は0.37時間であった。AD検定はP<0.005,CVM検定はP<0.005,KS検定はP<0.01であり,正規分布であるという帰無仮説を棄却できた。箱ひげ図で,上限値1.13時間より大きい時間延長症例は8症例であった。結論:CAG-LVGの検査時間は正規分布ではない。時間延長症例の検出に箱ひげ図の外れ値が使用される。

"麻酔をかける"という表現の語史学的研究松木　明知 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1146-1159

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"麻酔をかける"は口語的表現で,多義語"かける"はここでは"薬品などにその機能を発揮させる"の意である。わが国の麻酔科学の歴史は1804年までさかのぼることができるから,この表現の語史を調べるため1804年から幕末期までの史料を渉猟した。その結果,この表現は1815年の春林軒門人曽根玄達の｢花岡留塾漫録｣に初出することを見出した。わが国に吸入麻酔法が伝えられるだいぶ以前の記録であるから,この表現は吸入麻酔の開放点滴法とは全く無関係である。

仁井田好古の"内外合一"と浅田宗伯の"内外一理"　華岡青洲の医説に関連して松木　明知 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1160-1166

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紀州藩の仁井田好古は1835年に華岡青洲の墓誌銘を撰して,その医説"内科,外科の兼修"を"内外合一"と表現して誤解を招いた。浅田宗伯は1851年の｢皇国名医伝｣の中でこの句を敷衍して"内外一理"と発展させたため,その意味するところは内科,外科の兼修という青洲の本意から著しく乖離した。のちに医史学の泰斗富士川游が浅田の見解を援用したため,後続の研究者もこれを踏襲し,青洲の謬説普及に拍車がかかった。現在に至る謬説の主因は仁井田の誤った表現にある。

蘇生の歴史　呼吸機能の解明　Robert Hooke 浅井　隆 71巻10号 , 2022年10月 , pp.1167-1173

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ロバート･フック(1635-1703年)は,ロバート･ボイルの助手として空気に関する実験をした。その後に顕微鏡を用いた観察をし,細胞(cell)という言葉を初めて用い,またフックの法則を示した。彼はイヌの生体実験により,呼吸は血液を循環させるポンプ機能の働きをするのではなく,生命維持に必要な空気成分を常に供給するためであることを示した。ただし,この空気成分が何であるかは解明することはできなかった。

基本情報

麻酔
71巻10号
(2022年10月発行)

電子版ISSN：印刷版ISSN：0021-4892 克誠堂出版

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