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はじめに
看護学は看護実践を基盤として成り立つ学問であることから,対象に関する事象を看護学的にどのように捉え,判断したのか,その判断に基づき,どのような看護が提供されたのか,そして対象にとっての看護の効果は何であったか等について綿密なデータに基づいて分析し,実践知として積み重ねていくことが極めて重要となる.それは,看護学を基盤として創生されるケアが,対象の健康生活に向けた支援であり,その個別性を尊重し,個々の状況に応じたケアが考案されてこそ価値をもつからである.
しかしながら,1970年代までわが国の看護学において貴重な手法とされてきた事例研究法case study researchは,1980年代以降の量的研究,質的研究,および混合研究法mixed methodsなど多様な研究が可能になる大きな流れの中で,わが国においては,その存在意義を明確に示すことができないままに今日を迎えていることも事実である.私たちは,何か大きな忘れ物をしているのかもしれない(黒江,2013a,2013b).
一方,欧米では,質的研究の発展に伴い,事例研究法が質的研究法の1つとして見直され,1990年代になると,R. K. YinとR. E. Stakeが,経験的アプローチとしての立場あるいは社会科学としての立場から事例研究法case study researchについての多くの論文を発表している.さらに,1990年代後半においては,S. B. Merriamが教育学の分野における事例研究法について著わしている.これらは,新しい時代における事例研究法の意義と方法についての新たな提言であった(黒江,2013a,2018).
質の高い看護実践に関する“実践知”を共有し,さらに質の豊かな看護実践にするために,事例研究法がどのような意義をもたらすのか,そこから何を学ぶことができるのかについて,新しい視点で考え,皆様と可能性を探ってみたい.特に,確実な看護診断から導かれる看護実践に関する実践知を明らかにするためには,事例研究法は,極めて有効な研究手法の1つになるであろう.さらには,看護診断から導かれた現実の看護実践とその成果について,その厚さとともに示すことは事例研究法でしかできないとも考えられる.
本稿では,I.事例研究法case study researchの発展的経緯,II.事例研究法の考え方(Yin,Stake,Merriam,および山本らの考え方),III.看護診断における事例研究法の意義,IV.省察的事例研究法の実際,の構成で進める.また,本稿は,教育講演内容および黒江(2013a,2017,2018)の論考を基盤として記述する.
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