- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
- サイト内被引用
はじめに
多様な学問領域における事例研究法の進展が著しい。この進展には,社会学者のYin(1994/近藤訳,2011)や同じく社会学者のStake(1995),そして教育学者のMerriam(1998/堀,久保,成島訳,2014)らの貢献が大きく,看護学においても促進的な影響を与えている。Yin,Stake,およびMerriamは,1990年代から多くの書籍を著し,質的研究の1つとして豊かな記述を求める事例研究法の意義とその方法を提示している。
その頃から,看護学においても新たな時代の事例研究法の考え方に基づく論文が報告されるようになり,その後,質的事例研究法および記述的事例研究法の報告がされるようになっている(黒江,2013a)。これらの論文が対象とする事例(case)は,個人・家族だけではなく,小集団・組織・地域,あるいは開発したプログラムや特定のケアプロセスなど,その幅は広い。また,わが国においては,山本,鶴田(2001)によって臨床における事例研究の考え方と進め方が示され,私たち看護職は実に多くの示唆を得た。後には,看護学においても,沖中,西田(2014)による優れた報告がされている。
看護が実践されるところには,それぞれ個人や家族,組織や地域があり,そこには必ず看護職者がいる。そこでは人としての交流を基盤としながら専門的な看護が実践され,それに対して個人や家族,組織や地域が応え,その応えに沿って,さらに看護実践が続いていく。そのため,専門的な看護の実践が連続するとき,そこでは,看護という専門領域と人間の領域の事象が交錯してつながり,同時にそれにより,専門的な看護の知と技(わざ)に関わる事柄と哲学的な事柄が統合され,具現化されたものになる。
それゆえ,それぞれの個人や家族,組織や地域にも,現実に行なわれている個々の看護実践にも,さらには個々の看護実践者にも,その1つひとつに固有の特性がある。それぞれの個別の事例には内包された多様性と複雑性があるが,それでもなお存在する事例間の共通性に私たちは驚き,それらを見極めることの重要性に気づかされるのである(黒江,2013a)。
私たち看護職はいま,さまざまな研究手法を手に入れているにもかかわらず,現実の看護実践が成り立った過程を見定め,そこから看護のあり方を問い,深く思考する“術(すべ)”を見失っているのではないだろうか。現代に生きる人々にとって,看護とは何なのか,看護はどうあることが求められているのかを深く考えようとするとき,私たちは原点に戻ろうとし,そのときに希求するのは現実の事例である。それは,看護学が“いのち”につながる人間の存在意義や,かけがえのない個人としての生き方にアプローチする学問だからである(黒江,2017b)。
看護学において事例研究を実施する意義は,それによっていまの時代を深く洞察し,未来につなげる必要があるからである。実践を基盤にした学問としての看護学を問い続け,事例研究,量的研究,質的研究,そして混合研究などの歴史的変遷を見通すことができる私たちには,そうした変遷を踏まえ,未来の看護の創生のために省察することが課せられている。看護学における事例研究法はこの数年の間に飛躍的に進展し,その姿を明確にし始めている(山本,2017;黒江,2013a;2013b;2016;2017b)。
本稿では,筆者のこれまでの論考(黒江,2013a;2013b;2017bなど)に基づき,事例研究法がどのような経緯を経て現在に至っているかを踏まえ,質的記述的事例研究の考え方について,さらに思索しようと思う。
Copyright © 2018, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.