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はじめに
「今日もおいしそうやわ!」「ひさしぶり!最近,来てなかったから心配してたのよ!」。大阪府大阪市にある24区の中で,南部にあたる住吉区。この町のとある団地の1室に週3回,ランチを350円で提供する食堂「杉本町みんな食堂」がある。近年,各地に増えている子どものみを対象にした「こども食堂」ではなく,高齢者も子どもも食べにくることができる「みんな食堂」。高齢化が進み,空き部屋が増えてきたマンションの一室が,地域住民の交流の場と大変身し,人気を集めている。
この場所に注目が集まる理由の1つに,ランチの調理と接客を知的障がいや精神障がいのあるスタッフが担当しているというのがある。そして,幸せなことに,食堂に足を運ぶお客さんの多くが,障がいのある人たちに「人生の恩返し」として,積極的にかかわっているというのも特徴的だ。住民の一部は,働く障がいスタッフが名前を覚えやすいように自主的にネームプレートを作ったり,得意な料理を教えたりする人も出てきている。双方の助け合いのバランスがちょうどいい。
この「杉本町みんな食堂」(以下,みんな食堂)は,大阪府内の団地を運営する大阪府住宅供給公社とNPO法人チュラキューブが共同で運営している。1960年代以降,日本の高度成長期に一気に広まっていった団地。時代は変わり,団地に住む高齢者の数は年を追うごとに高くなっている現状にある。みんな食堂が入っている団地「OPH杉本町」は,築10年とまだ新しい。しかし,その前には50年の間,木造の団地が6棟あり,数百人の住民が住んでいた。老朽化のための立て替えがあり,住戸は70戸へと大幅に減少。今までつながっていたコミュニティは力を失い,こども会,老人会,花見,自治会主催のバスツアー,餅つき大会など,すべての催しが行われなくなってしまっていた。「また,みんなで餅つきがしたいね」「川沿いに桜が咲いているのに,花見ができないなんて寂しいね」。季節が近づくと,住民が寂しそうな顔で呟く。
2017年度の空き部屋は20部屋。入居している50戸のうち,65歳以上は34部屋,単身者は19人,高齢化率は66%になる。この空室率と高齢化率の高さに危機感を感じた大阪府住宅供給公社は,NPO法人チュラキューブに「102号室を無償で貸し出すので,住民や周辺住民のためのコミュニティ食堂を作れないか?」という相談を持ち掛けた。NPO法人チュラキューブは,関西での障がい者の就労支援を活動の基盤として,人口減少による社会課題に取り組む団体だ。今までも,京都市の伝統工芸の後継ぎ不足を障がい者雇用と繋げたり,大阪市の都市部の農業を障がい者活用で支援をするなど,活動は多岐にわたる。
2019年の発表では,全国のこども食堂の数は,3,718ヶ所(NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの調査による)。多くの食堂が月に1〜2回の開催であるが,急激に増えたことで,さまざまな問題も目に見えて現れてきた。顕著なのは,運営時に多くの収入が見込めないことで,スタッフ人件費・食堂の家賃の支払いが難しくなり,せっかく小さな横のつながりが生まれた地域食堂が閉鎖に追い込まれている事例が増えているということだ。
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