連載 公立富岡総合病院・青木孝子―その人と実践・5
改善の連鎖・さまざまな改革の素地
林 千冬
1
1群馬大学医学部保健学科
pp.150-155
発行日 2002年2月10日
Published Date 2002/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686901578
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──改善のサイクルを回す
青木が着任初期に取り組んだ看護補助者業務の整理,医師の指示拾いや転記業務の廃止,看護計画の立案などといった業務改善は,この後確実に"改善の連鎖"となって続いていく。主なものとしては,チームナーシングから受け持ち制への転換(1975年~病棟ごとに徐々に),PPC方式の試行(1983年),院内全体での看護手順(業務基準)の整備(1982年),看護サマリー作成の定着化(1984年)などがある。
婦長全員での各病棟の「見学会」は,婦長たちの団結を強化し,後年の「院内留学制度・院内研修制度」(1983年)や「助勤制度(他部署への応援体制)」(1986年)に発展していく。見学会当初から検討され続けた申し送りの効率化という課題は,申し送り内容の再三の検討と実験を経て,10年余り後,ついに「申し送りの廃止」という成果を生む。これが,富岡の看護を全国に知らしめる大きな契機となったことはよく知られている。
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