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一般的に言って,ある存在の社会からの評価は一斉に大きく動くことが多い.それまでは社会が高い評価を与え,尊敬の対象でさえあったものが,急激に低い評価になり,ともかく全部よろしくないという雰囲気に満ち溢れるという具合だ.例えば,高度成長期には日本の政治は二流・三流にしか過ぎないが,わが国には優秀な官僚がいて,国を立派に運営してくれるというような考え方が広く流布していた.しかし,最近の官僚に対する批判は,仮にそれぞれの根拠があってのことであったとしても,その変わりように驚くばかりだ.医療に対する評価も,大きく動いた1つだろう.私が1972年に大学を卒業して研修医になった頃は,どう考えても現在よりかなり治療成績が悪く,期待外れに終わる率もずっと高かったと思うが,それでも医療は信頼され,医師は尊敬されていたように思う.ところが,世界的な消費者運動の進展や個人の権利意識の高まりもあって,だんだん昔の権威主義的な医師のあり方が嫌悪されるようになってきた.そして1999年に患者取り違え事件を含む重大な医療事故が続き,医療に対する信頼は地に落ちた.医師は信頼されないどころか,常に疑いの目で見られるようになった.日本の医療は非常に問題があるという雰囲気が満ち溢れていた.その流れは大づかみに言うと,福島県立大野病院事件 (出血多量で妊婦が出産後に死亡し,その約1年後に産科医が逮捕された事件)で,担当した医師に最終的に無罪判決が下される2008年頃まで続いた.そして,やっとこの頃になって,医療には不確実性があり,医師だけを攻撃することはかえって問題であることをマスメディアが認識しはじめた.また,医師に対する不当な報道の勢いはようやく収まってきた.
しかし,このように医療に対する非難ともいえる言説が広く流布していた1999年頃から,世界的には日本の医療がそれほど悪いものではないという証拠が何度も繰り返し流されていたのだ.2000年のWHO World Health Reportでは,健康の到達度と公平性,人権の尊重などの項目の総合点で,わが国は加盟191カ国中1位と評価された.2008年に米国の医療経済・政策専門誌「Health Affairs」は先進19カ国を対象に行った「回避可能な死に関する調査結果」を掲載した.それによると,1位はフランス,2位は日本で,米国は最下位と評価された.その後,2009年にカナダの非営利調査機関The Conference Board of Canadaは先進諸国の医療制度ランキングを発表し,日本は16カ国中で1位,米国は最下位となった.2010年に「Newsweek」は国別ランキングの記事を掲載し,その中で医療部門では日本を1位とした.2011年Lancet誌は日本の保険医療制度を高く評価し,皆保険制度50周年を期して特集を刊行した.筆者が知っている限りでも,これくらいは簡単に列挙できる.詳しく精査すれば,他にも例があるだろう.もっと多くの日本を高く評価する記事があったに違いない.日本国内と諸外国でのこのような見解の相違には驚くばかりだ.
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