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はじめに
わが国の脊髄損傷リハビリテーションの発展に貢献されたGuttmann卿が英国国立脊損センターにおいて,早期収容早期リハビリテーションを行い,早期社会復帰を実現し,しかもその最終目標を有給就職においたことは衆知のことである.
Guttmann1)(1973)は1963年(昭38)の3000例の就職状況,生活状況の統計を示した(表1).
表1の就職可能者2012例の頸髄損傷291例の統計は表2の通りである.
これらの統計から著者が推計した社会復帰率82.2%,就業率68.6%であり,20年前に既にこのような実績があったのである.
表2からは表1の内容分析が困難なので正確な頸髄損傷のみの就業率は出し得なかった.
Guttmannの示したこれらの統計は,我々が脊髄損傷者の社会復帰の目標として来たものであった.しかしその後20年間に,世界的な不況,オイルショック,失業者の増加,なかんずく社会復帰困難な頸髄損傷者の急激な増加など,世界共通の社会復帰を阻害する要因が重なり,英国においてもその実態が変化しつつあると思われる.1978年(昭53)Richards2)は1970~1975年の5年間に英国国立脊損センターで取扱った280例の頸髄損傷四肢麻痺の追跡調査を行った.84例(30%)は社会復帰不能で,このうち26例は関連病院に移りそこで7例が死亡し,その後19例が療護施設に移った.
結局280例中65例が療護施設で長期保護をうけたがこの5年間に17例が死亡し,10例が社会復帰できたが,尚38例は施設に留まっていた.施設の受入れが完備している英国でさえこのような実態であった.また65例の施設入所の理由は,家族が同居を望まない38例,離婚11例,住宅がない10例,家族がない5例,本人の希望1例であり,この事実は将来のわが国の施策に多くの示唆を与えるものと考えられるものである.
欧米各国の脊損者の社会復帰の状況は正確には把握し難いのであるが,1980年ノルウェーのMcAdams3)らの報告があるので表3にてお示しする.これによると就業困難な四肢麻痺者を含まない場合や,含めてもその率が明らかでないこと,調査の時期に前後15年の差があること,またポリオや不全損傷を含む場合など調査対象も一定でなく,フルタイムワークの率のみが示されているのみであり,すべての就労状況を示すものとはいえないが,各国の傾向は知ることが出来ると考えるのである.
このように就業といってもパートタイムや在宅作業も著者は就業と考えたいと思うので就業率の判断も困難なことが多い.
我々が脊髄損傷者の社会復帰を調査する場合当惑するのは,リハビリテーション関連法規の中に社会復帰の明確な定義が見当たらないことである.世界的な障害の重度化重複化,老齢者の増加などで,社会復帰や自立に対する考え方が,この20年間で大きく転換し,かつての税金の消費者を納税者にという米国式の発想はうすれつつあり,とくに1962年に起ったIL運動は自立に対する社会の考え方を大きく変えつつあると考えるのである.
欧米の社会復帰がreturn to community又はsocietyであるから,社会通念では家庭は社会の中に含まれるので,家庭復帰し,たとえここで家族の濃厚な介助をうけつつ生活していても,著者は明らかな社会復帰と考えたい.しかし施設収容の場合,療護施設や特別養護老人ホームでは病院と同様に人的介助が必要であり,何ら生活活動はないので,家庭復帰者と同じく社会復帰と考えることは現時点ではまだむつかしいと考えられるのである.
わが国の脊髄損傷者の社会復帰を推察する最も新しい手がかりとなるものは,昭和55年厚生省の身体障害者実態調査報告24)である.昭和45年以来10年ぶりに行われた18歳以上の在宅者の抽出調査であるが,入院者施設入所者は除外されているので文字通り家庭復帰者の実態調査である.昭和45年に30000人であった在宅脊髄損傷者の数が66000人と10年間で2.2倍となっている.しかし著者には重度身体障害者収容授産施設入所者や労災リハビリテーション作業所入所者,さらに身体障害者福祉工場雇用者で在宅でない人々などは含まれていないと考えられるので,66000人が真の社会復帰者の数ではないと考えている.また残念なことには脊髄損傷者の介助の程度などには,かなりくわしい調査がなされているにもかかわらず,就業状況や収入については全身体障害者として一括されているため実態は明らかでない.全国一般の就業率は62.0%であり,全身体障害者では32.3%,このうち肢体不自由者のみでは35.7%であり,この率が脊髄損傷者を含む就業率と判断されるのである.
このように脊髄損傷者の全国調査は厚生省によっても真の実態を示すことは困難なものである.
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