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以前に作業療法士国家試験の過去問題集をみたことがある.片足つま先立ちをしている際の下腿三頭筋の筋張力を問う問題があった.模範解答をみるとテコの原理で体重より小さな力でつま先立ちができると解説されていた.これは間違いである.私は仰天して出回っている参考書を片端から調べてみて二度驚いた.10冊のうち8冊は同じ間違いであった.なかには二つの考えを併記しているのもあった.しかし力学では,前提が同じなら同じ結果が出る.この例だと下腿三頭筋は体重の3~5倍程度の力が必要になる.もし間違った力学知識で臨床に必要な推論を下していたら大変なことになる.一般に臨床系の先生方には力学に苦手意識があり,敬遠されがちである.参考書さえ間違いがある現状である.リハビリテーションの分野は多職種による連携作業が必要であり,連携作業には共通言語が欠かせない.力学は,同じ前提から出発すれば同じ結論に達するという長所ゆえに,共通言語としてうってつけである.敬遠するのではなく,誰もがもつべき当たり前の基礎知識として学習できる体制づくりが必要であろう.
理学療法士を例にとると,2003年4月の時点で理学療法士総数約3万7,000名に対して養成校・大学の1学年の総定員数は7,000人を越えている.このような急激な学生数の増加に対して,しっかりと力学教育のできる教官の確保が急務である.幸いなことに,理学療法士養成施設には動作分析装置の設置が義務づけられている.最新の動作分析装置は性能・精度・使いやすさ・信頼性において10年前とは比較にならないくらい格段の進歩を遂げている.主要メーカの装置では臨床歩行分析研究会が提唱している世界共通フォーマット(DIFF)に対応しており,研究会が頒布している分析ソフトを活用したり,他の養成校とのデータ交換が可能である.また,DIFFに対応してデータを筋骨格CGで再生したり,筋の活動を筋張力や筋の消費エネルギーとして推定計算できる市販のソフトも現れるようになった.動作分析装置は,人間の動作を分析するという主目的だけでなく,分析する過程のなかで必要な力学的知識が体感的に学習できるという意味で実に大きな潜在的可能性を秘めている.動作分析装置が病院で活用されるのが将来的な目標であるが,まずは教育現場で活用して力学アレルギーをなくし,力学を常識的な知識として修得させて力学を共通言語として使える学生を育成することがはじめの一歩であろう.教官の先生方には動作分析装置を十分に活用されることをお願いしたいし,そのための支援・バックアップの体制も重要である.
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