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本号の特集のテーマとなっている臨床推論は,いわゆるBayesの定理に基づく確率論です.簡単にいえば,何らかの情報を介入させることで事前確率が事後確率に変動するという定理であり,患者さんから直接引き出せない病気の診断にたどり着くために検査情報を介入させて鑑別を進めていく検査診断は,まさにBayesの定理の実践だといえます.特異度の高い検査は陽性的中率を高めて診断のrule-inに,感度の高い検査は陰性的中率を高めて診断のrule-outにそれぞれ有用であることは教科書的にも知られているところです.構造生物学では,直接観測するのが困難な動的立体構造について,測定可能な周辺データをもとにBayesの定理を活用して測定が試みられる場合が多々あるようです.
上記のような専門的な話に限らず,私たちは日常生活のなかで無意識にBayesの定理に基づく推論で物事の選択や判断を行っています.例えば,恋愛をはじめ種々の人間関係において,相手が自分をどう評価しているのかを知りたくても直接,本人に尋ねることができないというのはよくあることです.好きなのか,嫌いなのか,無関心なのかの3通りのうちのどれであるかを判断するのに,あらゆる情報を動員します.“いつ食事に誘っても断られたことがない”,“誰よりも自分の話に付き合ってくれる”,“自分からプライベートの話を躊躇なくしてくれる”といった経験を情報としてフルに動員すると,相手が自分を好きである事前確率が33%であったのが,50%超えの事後確率となります(笑).恋の病という言葉がありますが,病気だけではなく恋愛の診断にもBayesの定理は活躍している次第です.ただし,時に誤診もありますが.
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