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以前から各方面で注目されている“未病”という概念は,最近では医療政策や公的研究プロジェクトでも扱われています.本来は東洋医学に基づく考え方であり,3つに分類される体の状態の1つ,“恒常性が崩れかけている状態”に相当します.健康は“恒常性が健全に保たれている状態”,病気は“恒常性が崩れ,そのままでは元に戻らなくなっている状態”ということになります.起源や歴史が大きく異なる西洋医学も,恒常性を生命活動の基本と考える点は東洋医学と同じです.未病は,症候論的には無症状または疾患の存在を疑うに至らない軽度の体調変化でとどまっている状態です.中国には昔から“上工治未病”という言葉があり,上工,すなわち良医は未病の段階で異常を察知して介入するべきであると考えられています.超高齢化社会に突入したわが国にとって示唆に富む考えであり,恒常性という共通概念をもって西洋医学にも適用できる側面があります.西洋医学的な尺度で未病と病気の境に実際に線を引くことは容易ではありませんが,不可逆的進行や致命的重症化の回避は西洋医学でも重要な課題です.例えば健診の問診で,“おかげさまで全く悪いところはなく病気もせず,高血圧の薬を飲んで元気に過ごしています”と発言する人たちと遭遇します.自身の高血圧は“未病”ということなのでしょう.もし一切の投薬をせずに生活改善のみでコントロールできていれば,完璧な“上工治未病”の実現となります.
恒常性という言葉は“生命活動における秩序性”とも換言できます.細胞小器官をもたない原核生物では細胞内の代謝物が制約なく自由に拡散しますが,真核生物では核,ミトコンドリア,その他の小器官の膜透過性や輸送体機構により代謝物の移動が巧みに制御されています.そのような区画化により秩序のある代謝活動が営まれています.熱力学的には,秩序のある状態はエントロピーの低い状態であり,無秩序な状態はエントロピーの高い状態です.したがって,原核生物は高エントロピーの生命体,真核生物は低エントロピーの生命体ということになります.真核生物は単細胞生物から多細胞生物までさまざまですが,原核生物は単細胞生物のみに限られます.無秩序では高度な社会は維持できないことを考えれば納得です.生命の進化は,エントロピーを下げて制御された多様性の獲得に成功したたまものともいえます.
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