--------------------
あとがき
酒井 邦嘉
pp.682
発行日 2023年5月1日
Published Date 2023/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1416202399
- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
先日,チェスの名コーチであるアレクサンダー・チャーニン氏(Alexander Chernin, 1960-)のレクチャーを聴いた。今回の来日は,チェスの日本での普及に長年尽力されてきたジャック・ピノー氏の招きによる。両氏は将棋棋士の羽生善治九段と森内俊之九段にとって,チェスのコーチでもある。レクチャーのテーマは,prophylactic thinking(予防的思考)というチェスの高等戦術に関するものだった。
prophylaxis(予防措置)というチェスの考え方は,百年前に活躍したアロン・ニムゾヴィッチ(Aron Nimzowitsch, 1886-1935)に端を発する。My System(1925)という彼の名著には,“prophylaxis(anticipation of problems)”(問題の予期)とあり,相手の指し得る手や陣形を予期し,それを封じるような作戦を意味する。チャーニン氏のレクチャーでは,予期した手を直接抑止するような「直接予防」と,もし相手がその手を指すと不利な状況に陥るように準備する「間接予防」について,実際のゲームの局面をもとに解説がなされた。単なる攻撃や防御の手とは異なり,予防的思考には「相手の思考について考える」という奥深さがあり,人間ならではのメタ思考(思考の再帰性)の例として実に興味深い。
Copyright © 2023, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.