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あとがき
神田 隆
pp.202
発行日 2014年2月1日
Published Date 2014/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1416101729
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本が売れない時代だそうです。無料の情報はネットに溢れかえっており,『ブリタニカ百科事典』が冊子体での出版を中止したというのもむべなるかなです。上京の際に山手線や地下鉄の車内を観察しますと,確かにこの10年で文庫本や新聞を読んでいる乗客は激減しています。代わって増えているのはご多聞に漏れずスマホやタブレット,さてこの中でどれくらいのパーセンテージの人が電子書籍で読書しているのか,覗き見は憚られますので確かなことは申せませんが,シャカシャカと指を動かしている人がほとんどなのを見ると,心静かに読書にいそしんでいる方はそんなにはおられないようです。紙媒体だけでなく,CDなどのパッケージメディアも,ダウンロードや無料サイトからの入手に押されてどんどん値崩れしています。マリア・カラスのCD全集のことについては以前他誌の編集後記で書きましたが,その後もホロヴィッツやカラヤンなどの過去の巨匠のCD全集が,LPや初期CDの時代の10分の1近い,申し訳ないような値段で出回っており,これをリタイアしたコンピューターに取り込んでD/Aコンバーター経由で鳴らしますと,20年以上前に買ったわが居室のステレオから目の覚めるような音が飛び出してきます。私のような世代の人間にとっては真に有難い時代になったと思うことしきりですが,この莫大な量の情報が,お金がなくて欲しいレコードが十分に買えないときに,1枚の盤を何回も繰り返して聞いて得られたものと本当に等価であり得るのか,甚だ疑問に思っているのは私だけでしょうか。この飽食の時代であるからこそ,必要な情報を的確に選択するスキルが要求される時代になってきたことを実感します。
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