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若い頃,器などどうでもいいとうそぶいていたのが信じられないほど,焼き物に興味を持つようになった.つい先日,焼き物店の主人と雑談をしていておもしろい話を聞いた.主人曰く「最近は値利きばかりで目利きがいない」というのである.「値利き」とは聞き慣れない言葉なので聞き返すと,その作品の値が出るかどうかにはすごく関心があって詳しいのに,作品の本当の芸術的価値を見抜く力のない人を指すのだという.若い陶芸家の作品の卓抜さを見抜き,その才能を育てていこうとする本当の「目利き」はほとんどいなくなったというのである.このような風潮は何も陶芸の世界だけにとどまらない.あらゆる分野が商業主義,市場主義により支配され,売れるものが良いものであり,売れないものは価値のないものだとする風潮が主流となって久しい.本当に良いものなら安く買えるはずはないのに,良いものを安く作るのが当然だとする主張が堂々とまかり通るようになり,生産者は良いものを作ろうとするよりいかに安く作るかに腐心せざるを得なくなってしまった.
同じような商業主義は医学界をも度捲しつつある.Impact factor(IF)なるものが存在しなかった時代にも,医学雑誌の序列は何となく存在していた.しかしIFが普及した後の雑誌の序列化は甚だしく,IFの高い雑誌に載った論文こそ正しく,素晴らしいものだという信仰を多くの人々に信じ込ませることになった.結果として,研究者は,IFの高い雑誌に載るような仕事には血道を上げるが,そうでない仕事には見向きもしなくなってしまった.雑誌のほうでも,IFが上がるような論文を多く載せていくことが至上命題となり,IFを押し上げないような地味な論文は次第に隅に追いやられることになった.現在,多くの医学雑誌はこぞってインパクトの大きい基礎研究や大規模な臨床治験を多く取り上げる一方で,症例報告を載せる雑誌はほとんどなくなってしまった.まさに世界中が「値利き」万能主義になった観がある.
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