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短く歯切れの良い文章を書くことは難しい.自分の考えていることを正確に伝えようとすると,どうしても文章は長くなりがちになる.その点で,いつ読んでも感心させられるのは,司馬遼太郎氏の文章である.彼の作家活動のピークであった1960~1970年代は,難解で反体制的な言論がもてはやされた時代であった.そんな中にあって,彼の書く文章の明快さ,人物の志の高さに高校時代の私はどれほど惹かれたことか.昨年末,テレビで放映された「坂の上の雲」はその時代の代表作である.今更ながら,よくぞあの時代にこの小説を書いてくれたと感謝するばかりである.この小説の主人公の一人である海軍参謀秋山真之は名文家として遍く知られているが,その最高傑作は日露戦争終結時に東郷平八郎長官により読まれた「連合艦隊解散ノ辞」である.なかでも,“古人曰く,勝って兜の緒を締めよ,と…”で終わる結びの見事さは筆舌に尽くし難い.この結びにより,“解散ノ辞”全体が引き締まり,いわく言い難い余韻を残すことになった.
それに引きかえ,(私を含め)現代人の書く文章は何と冗長なことか.それは昨今の流行歌の歌詞の長さを見ても明らかである.しかも題材の多くが恋愛であり,二人称である.自然の美しさや,郷土愛を題材とした歌と比べ,何と矮小化したことか.“日常の忙しさ”ゆえにそうなったとしたら,それは感性の面での退化ではあるまいか.文章日本語は明治初期,第二次大戦後と二度にわたり,外来思想の洗礼を受けた.その都度,先達は外国の思想を巧みに取り入れ,それを日本語化することにより文章日本語の表現力を豊かにしてきた.ベースボールは野球と訳されたことにより,異なった進化を遂げることになった.昨年のWBC(World Baseball Classic)は,その日本野球がアメリカのベースボールを破ったという点で,実に象徴的な出来事であった.
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