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あとがき
塩原 哲夫
pp.1016
発行日 2013年11月1日
Published Date 2013/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1412103829
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今年は,ストラヴィンスキーの名曲「春の祭典」のスキャンダラスな初演から100年目にあたる.不協和音が連続するこの作品に対し自制心を失ったパリの聴衆の激しい拒絶反応に,たまりかねた作曲者は激しい怒りの表情でホールを立ち去ったと伝えられる.これは何もクラシック音楽に限ったことではない.Helicobacter pyloriの存在を報告した論文も最初はrejectの憂き目に会っているし,Th1/Th2 paradigmを最初に提唱したMosmannも如何に学会でバッシングを受けたことか.
造園の名人が語った忘れられない言葉がある.“庭園造りのアイディアのうち皆が賛成したものは絶対にやらない.逆に皆が反対したものこそやる価値のあるもので,そういうものでなければ何十年,何百年と残るような庭園にはならない”という言葉である.ソニーのウォークマンには,録音機能のあるテープレコーダーを再生専用にしてしまったという盛田氏の大きな発想の転換があるが,当初誰一人として賛成するものはいなかったという.あの東京電力の原発事故の数年前に,このような事故を想定した対応を進言した人の意見は周りに握りつぶされてしまったという事実を,どのように聞くだろうか? 人はすべての出来事が済んでしまった段階で,遡って過去の出来事を裁こうとする.恐らく当時の人々は“そんなことは起こらないだろうし,そんなものに莫大な費用はかけられない”と考えたであろう.それを誰が非難できるだろうか.過去に多くの人々が下した間違った(とされる)決断は,残念ながら多分自分がその場にいても同じような決断しか下せなかったに違いない.
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