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はじめに
保健師教育の臨地実習は、住民ニーズや住民参加の実際を学ぶ機会である。しかし、COVID-19の影響で2020(令和2)年から2023(令和5)年まで保健師教育の臨地実習が制限された。これを受け、文部科学省・厚生労働省は2020年2月28日付で、実習に代えて演習や学内実習の実施を認める通達を発出した1)。これにより、看護師養成機関では、対象理解を深める演習や、多様な支援活動を実習時間に含めることが可能とされた。その際、学習目的・内容・時間数を明確にし、事前学習や振り返りを十分に行うことが求められた。
鹿児島大学の公衆衛生看護学実習では、2020年は保健所・保健センターでの臨地実習は全て中止となった。そこで、地域で暮らす保健師活動の対象者の理解を深めるための学習方法を検討し、2021(令和3)年と2022(令和4)年に、学内実習として精神疾患患者ピアサポーター(以下、ピアサポーター)の体験談(以下、リカバリーストーリー)の聴講を実習内容に取り入れた。学生が当事者の視点を持ち、地域の健康課題を身近に感じて、精神疾患患者が地域で暮らすために必要な保健医療福祉サービスや政策を考案できることを目的とした。保健師課程の履修生全員が精神疾患を持つ当事者から生の声を聴く機会として、精神疾患からの回復過程にあるピアサポーターを講師としたリカバリーストーリーの聴講と当事者の観察や意見交換を通じた洞察により、当事者主体の支援が学べることに意義があると考えた。
2023年の全国退院患者平均在院日数2)は290.4日であり、鹿児島県は358.4日と全国で12番目に高い。2004(平成16)年、厚生労働省が精神保健医療福祉の改革ビジョンにおいて、「入院医療中心から地域生活中心へ」との理念を示して以降、我が国においては、地域生活への移行支援施策が行われてきた3)。その取り組みの一つとして、鹿児島県4)では、2017〜2019(平成29〜31)年度の3年間、さらに鹿児島市5)においても、2019年度から「長期入院精神障害者の地域移行推進事業」としてピアサポーターの養成を開始し、ピアサポーターを活用した地域移行に取り組んでいる。
ピアサポーターは、退院支援を希望する入院患者へ面接や電話、外出同行を行うことで、退院意欲を喚起するとともに、精神科医療機関や学校などの地域に出向き、リカバリーストーリーの発表を行い、障害の理解や支援について普及啓発活動を行っている。
日本の看護系大学において、精神疾患を持つ当事者参加型の実習や演習での講話に関する国内研究論文は海外より少ない6)。ピアサポーターによる看護学生に対する講話に関する発表や論文はさらに少ないが、看護師養成課程の演習にピアサポーターの講話を取り入れた報告では、精神疾患患者に対する理解の深まりがあったことや必要な支援内容が述べられている7-9)。栗原ら10)の精神科病院に勤務する看護師に対する講演では、リカバリーの認識が、聴講前の「発症前の社会生活の回復」「他者理解を得た社会生活への回復」から、「発症前の自分ではなく今の自分を受け入れること」「障害のある自分を自己開示し人と支えあった生活」「新しい自分の生き方の築き」へ変化している。
しかし、保健師課程の学生を対象とした講話に関する論文は見当たらない。保健師として当事者の生の声から、どこで、誰と、どのように生活したいか真のニーズを見出し、当事者を中心とした支援を行うことが、精神疾患患者の地域移行のみならず定着に必要であると考える。
そこで、本調査では、鹿児島大学公衆衛生看護学実習で、ピアサポーターによるリカバリーストーリーの講話を実施し、聴講による看護学生の学びの内容を可視化し、学習成果を明らかにする。このことは、臨地実習で当事者に接することのできない状況においても、保健師課程の学生が地域で暮らす精神疾患患者の生活の理解に努め、地域特性とニーズを把握して健康課題を明確化し、課題解決のための政策を検討する上で役立つと考える。

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