胃と腸 6巻9号 (1971年8月)

今月の主題 幽門部(pyloric portion)の病変

主題

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 胃のレ線解剖学的区分ならびに名称については,学者の見解が一致せず,まちまちである.したがってantral spasmについては,多くの学者がそれぞれの立場から解釈を加えており,また幽門痙攣,幽門管痙攣,幽門前部痙攣などの名称もあり,わずらわしい.

 ここでは,胃運動を蠕動と排出運動に分け,排出運動を営む幽門管または幽門前部の筋構造の特殊性の見解を導入し,antral spasmについて考察を加え,最も重要な原因である慢性胃炎,ことにantral gastritisとの関係について検討し,その概念を明らかにしたい.

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 内視鏡的に観察される胃運動には,①幽門前庭部を中心とする蠕動運動とそれに伴う幽門運動の他に,②搏動による運動,③呼吸に伴う運動,④胃壁の緊張度の変化に伴う運動がある.

 搏動は胃体部後壁にしばしば認められるが,これは脾動脈の搏動が伝わるものと考えられている.呼吸に伴う横隔膜の上下運動により,胃は著しくよく動き視野が移動するが,この運動を意識的に活用して,病変部を視野の中央にもたらし,正面から至適条件下で観察することは,FGSによる直視下胃内観察における基本的なテクニックの一つであることはいうまでもない.胃壁緊張の変化に伴う運動には二種あり,一つは胃の被刺激性の亢進状態において惹き起される局所的な攣縮(Spasmus)で,もう一つは胃内空気量の増減による胃壁の伸展度の変化に基づくものである.前者は不適切な器機挿入による刺激と患者の過度な緊張によって生じることが多い.しばしば胃体上部にみられ,大彎および後壁を中心に,胃内腔を絞扼する環状の収縮を起し,深部への挿入が妨げられることがある.特に爆状胃の傾向がある場合や,胃体高位後壁潰瘍で機能的攣縮を伴う場合に生じやすい.このような場合,無理な挿入を避け,患者に腹式呼吸をさせながら充分リラックスさせ徐々に送気を行なうとSpasmusは自然に緩解するのが常である.同様のSpasmusは噴門直上や胃角部の所謂musculus sphincter antriに相当する部位でも起ることがあるが,一旦幽門洞まで挿入し,送気により胃壁が拡張すると,患者は次第に安静となり,もはやSpasmusにより観察が妨げられることは稀である.

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 中心に陥凹を有し,その周りに周堤のある,いわゆるタコイボ型びらん性胃炎をとってみると,内視鏡的に経過観察を行なううちに,粘膜隆起が短期間で消失するものと,長い期間消えずに存続するものの,2種類があることに気付く.“消えるもの”と“消えないもの”の本体は,何であろうか.“消えるもの”の消えた跡の粘膜は,どんな運命をたどるのであろうか.“消えないもの”の粘膜隆起の中心の陥凹は,常に陥凹のまま不変なのであろうか.陥凹部の修復再生によるポリープへの進展は,あるのであろうか.筆者らは,内視鏡的経過観察及び胃生検の2つの立場から検討を行ない,その本体をきわめようとして来た.

 昭和43年10月診療所開設から,昭和46年2月末までの3年5カ月間に,胃内視鏡検査を施行した患者数3287,のべ施行回数5059の中,内視鏡でいわゆるタコイボ型びらん性胃炎と診断されたものは,288例,8.7%を占める.

胃下部の悪性病変 高木 国夫
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 胃下部は幽門部,前庭部,幽門洞等の名で呼ばれるが,この部は胃の上部,中部に比して正常でも狭く,ここに発生する病変は他の部よりも各種検査の適応が不充分である.とくに幽門輪に近接した部は,特別に幽門前部(prepyloric region)と呼ばれているが,明らかな定義はないようである.

 すなわち,胃下部は,内腔が狭く診断が困難な場合もあって,この部に発生する病変,とくに悪性病変について,胃上部,中部の病変に比較してみたい.

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 幽門前庭部の良性病変は極めて多く,胃内の良性病変でこの部に存在しない病変は皆無に近いと言って良い.したがって,これらすべての病変について限られた誌面で言及することは困難でもあり,各々の疾患については本誌でも詳細な解説がたびたびなされているので,いまさらくり返す必要もあるまい.

 そこで本論文においては一診断施設における連続一万例の有愁訴患者の疾患別頻度を部位別に検討した成績について簡単にふれ,さらに最近Ⅱc型早期胃癌と鑑別を要する疾患として,たびたび取り上げられている幽門前庭部の“急性対称性潰瘍”に重点を置き,その臨床症状,形態,経過,胃液分泌面などについて述べ若干の考察を加えてみたい.

印象記

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 本年1月16日より3カ月間,タイ国立がんセンターに胃内視鏡指導のため出張し,バンコックを中心とした主要病院の内視鏡の現状を視察することができた.

 タイ国立がんセンター(National Cancer Institute,NCIと略)は1967年に設立され,内視鏡をはじめ,X線診断,臨床検査などの諸施設の一切は日本政府から供与され,私どもの病院から医師および技師が交替で派遣され,技術指導に当っている.今秋には病院が完成し,今後放射線治療,外科,化学療法部門が充実されることになっている.

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 本年1月,ペルー大学,ペルー消化器病学会及び癌学会の共催による「内視鏡講習会」に,その講師として招請され,三たびラテンアメリカ各地を訪問したので,その内視鏡事情を報告する.

一頁講座

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 1922年のことであるから,胃内視鏡はもっぱら硬性鏡が使われていた時代で,R.Schindlerがミュンヘンの病院にいたときである.ある若いInternが胃鏡検査をやってみたくて,患者に3マルク払うという条件でやらせてもらうという話がついた.チーフはSchindlerが立会うということで若いInternの胃鏡挿入に同意した.ところが挿入開始直後に患者は咳こみ,Schindlerがすぐ中止を命じたが,術者は強引に挿入を続け,呼吸困難・チアノーゼが出現した.

 Schindlerが器械を引抜いたところ右側の気胸を起しており,すぐ手術が行なわれた.この例は結局胃鏡が気管から右気管支へついで肺実質から胸膜腔に貫通したことが確認されている.

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 十二指腸乳頭は,古くからその形態と機能が問題とされてきたが,近年,わが国で開発された十二指腸ファイバースコープは十二指腸乳頭の直視下観察を可能にし,現在では多くの人々によって十二指腸乳頭の内視鏡による検討が行なわれている.十二指腸主乳頭は鈴木により大きく3型に分類されたが,十二指腸乳頭の観察経験も豊富になった今日では更に微細な分類が必要となってきた.

 十二指腸乳頭の検討は,本質的に膵・胆疾患との関連において診断的意義を中心に行なわれるべきであろうが,まだ十二指腸乳頭の基本的形態も不明確であり,私たちは,今までの経験から図に示すように十二指腸主乳頭の各部分を命名して,検討している.

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症例

 患者:K.N 63歳 男子

 主訴:体重減少

 家族歴:長男が胃癌にて胃切除を受く

 既往歴:小児時肺炎に罹患

     44年前内痔核の手術を受く

     24年前肝炎に罹患

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 食道の原発性悪性黒色腫は,非常に稀な疾患である.1906年,Baur1)の報告以来,1962年には,Waken2)らが,それまでに報告された22例に,彼らの2例を追加して分析報告している.本邦での報告は,数例4)5)28)のみで,学会発表後抄録として記録されているにすぎない.1969年には,細田29)らによる原発性悪性食道黒色腫の1剖検例の報告をみた.

 われわれは,1968年食道ファイバースコープによる生検によって,術前,悪性黒色腫と診断し,食道亜全剔術施行後,2年を経過するも健在である症例を経験した.この症例に,1967年4月食道噴門切除術を行なったが,1968年6月死亡した症例を追加して,食道原発性悪性黒色腫2例を報告する.

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 胃内視鏡検査は,X線検査と表裏一体をなすものとして,胃疾患診断上不可欠のものとなって来た.しかし胃粘膜下の腫瘍の質的診断は,直視下胃生検の結果を持ってしてもなお困難を要する所である.

 筆者らは最近,胃幽門部前庭に臍状陥凹を有する典型的と思われる胃壁内迷入膵の症例を経験したので報告したい.

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 種々の胃検査法の普及により,当地方病院においても,多くの病変が発見されるようになった.最近胃穹窿部神経鞘腫の1例を経験したので報告する.

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 最近走査電子顕微鏡の発達により物体の立体的な高倍率での観察が可能となり,医学・生物学の領域に応用され始め,小腸・大腸等では,すでに報告1)2)3)が散見されるようになり,今後消化管領域に広く応用されると考えられるが,本論文では,ラットの正常胃粘膜の走査電子顕微鏡的観察の結果につき報告する.

技術解説

Hampton法 青山 大三
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 胃腸のレ線撮影の技術について,欧米の文献をみると撮影技術をはじめて発表した人の姓に方法をつけて「何々法」としたものがある.これは読者にとって一見きわめて迷惑であるが,ある程度撮影技術にマスターした人にとっては便利なことが多い.たとえば,何々位で,どのようにして撮影した像というのを一言にして「何々法」とかけばすぐわかるわけである.

 一方,撮影技術に姓名を用いることに抵抗を示す人もあることは事実である.これはある病名を発見または最初に発表した人の名をとって「何々氏病」または「何々症候群」として一般に用いられていることはしばしばである.これを人名を略して記載すると,人名よりは長い病名となって複雑になってくる.これと同様な意味で撮影方法について用いられてきている.しかし,現在の日本で第一線の極めてすぐれた胃レ線診断医の撮影したレ線像では,その撮影技術が極めて微妙になってきており,なかには数十枚とって良い写真は1~2枚しかないとされていることが多い.それでも,撮影者は不満がある.それくらいすぐれた撮影者の良心はきびしいといいうる.「何々氏病」といっても,典型的なものから,亜型まであり,どこで一線をひくかということも簡単にはきめがたいこともある.このことと同様に考えて,「何何法」といっても現在の日本の高度のレベルではその方法に大きな幅があって,どのような像がその病巣の描写にもっとも適当であるかはそのレ線診断医の良心によるものであり,とくに複数の病巣や単数の病巣の質的判断を要求されるときは数枚の像を必要とすることは当然である.

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欧文目次

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 胃X線診断学は凹凸の相対的な高さの差をバリウム陰影の濃度の差で診断する学問である.胃内視鏡診断学は形態力もさりながら,それよりもその表面における色彩の変化によって診断をする学問である.対象は同じく胃疾患であるが診断の手技,性格は全く異質のものである.したがって元来両者は比較すべきものではなく,お互いに相おぎないあうべき診断法である.どちらか1つに習熟したならばあとは,全く知らなくてよいというものではない.胃の診断学に習熟せんとするものは,たとえ,その技術を一方しか身につけることができないにしても,他方のフィルムについて深い読影能を身につけるべきで,両診断技術を自由に駆使できればこれに越したことはない.胃カメラの開発以来,すでに10数年を経,まさに燎原の火のごとき勢で普及が初まってからでももう10年近い.その間にファイバースコープの導入,さらに相次ぐ改良によって胃内視鏡診断学は目覚ましい進歩をとげた.一方,期をほとんど同じくして,X線機械の進歩,とくに回転陽極の普及と焦点の微小化は,白壁教授らによる二重造影法の開発と相侯って,現在では十数年前には全く想像もできなかった程の微細所見や微小病変のX線診断が可能となってきた.しかし,かかる診断学の進歩は器具の発明改良とともに極めて安易に進歩したのでは決してない.日々これにたずさわる研究家のたゆまざる努力と協力によって日進月歩してきたものである.

編集後記 増田 久之
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 胃の幽門に近接する部位は,胃の他の部位に比べて狭く,細くなっており,運動もきわめて活発で,解剖学的ならびに生理学的に特殊な部位であることは,従来から指摘されている.またこの部位は慢性胃炎,胃潰瘍,胃癌など,多くの胃疾患の好発部位であるが,この部位に発生するものは,他の部位に発生したものに比べて,同じ疾患でも,かなり様相を異にしており,臨床上きわめて重要な問題である.一方,胃レ線検査および内視鏡検査の立場からみても,この部位は観察ならびに撮影に大きな困難を感ずることが多く,十分な検査といえない場合が少なくない.したがって,従来からこの部位の良悪性潰瘍の鑑別診断はとくに問題にされている.

 このような幽門前部の特殊性について検討を加えるのが本号の企画である.しかしこの部位の区分および名称については,各学者によりまちまちで,なお統一的な見解はない.本号では,幽門前部の解剖学的ならびに生理学的特殊性(福地,為近ら,増田),痙攣の問題(増田),良悪性各疾患の特殊性の問題(佐田ら,高木,為近ら,増田)について,それぞれの立場から検討を加えて頂いた.

基本情報

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胃と腸
6巻9号 (1971年8月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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