胃と腸 55巻7号 (2020年6月)

今月の主題 薬剤関連消化管病変のトピックス

序説

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 今回のテーマは「薬剤関連消化管病変」であり,「薬剤性消化管障害」より器質的なものに対象を絞った内容となっている.病変の成立機序はアレルギー性と非アレルギー性に大別されるが,さらに後者には直接的な細胞傷害作用,プロスタグランジン合成阻害,虚血(血栓・塞栓,血管攣縮,血管内皮傷害),血液凝固障害,粘膜の透過性亢進,物質の沈着,腸内細菌叢の変化,平滑筋や神経叢を介した消化管運動障害,免疫機能の低下・賦活化,pH・浸透圧の変化,内圧上昇,腫瘍の縮小などさまざまな機序が含まれる.

 病変が形成されるか否かは宿主要因(年齢,性別,遺伝的素因,免疫機能,基礎疾患など)と薬剤要因(種類,量,期間,併用薬剤など)により決定される.薬剤の曝露から発症までが時間的に近接しており,発生確率が高ければ因果関係の推定は容易であるが,そうでなければ関連性に気づくことは難しい.疫学的に炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)の発症リスクを高めると報告されている薬剤が多数あるが,直接的要因とは考えにくい.“風が吹けば桶屋”的な因果関係の連鎖によって発生する病態も存在すると考えられるが,どこまでを薬剤関連と捉えるかについての明確な基準はない.疫学においては因果関係を考える基準として,一致性(consistency),強固性(strength),特異性(specificity),時間性(temporal relationship),整合性(coherence)などの視点が重要視されてきた.一方,例えばNSAID(nonsteroidal anti-inflammatory drugs)起因性腸炎の臨床的な判断基準として,①発症前からの薬剤使用歴があること,②感染性腸炎が否定されること,③薬剤中止後に病変が改善すること,④抗菌薬の使用歴がないこと,⑤病理組織学的に特異的な所見を認めないこと,が提唱されてきた.意図的な再投与試験は倫理的に許容されないが,意図せず再投与が行われたことで因果関係が判明したケースも存在する.薬剤の使用が発症に先行することは病変と薬剤の関連性を疑ううえで不可欠な事項と考えられるが,時系列のみを優先するとpost hocの誤謬に陥る危険性を孕む.薬剤中止のみで病変が改善するという項目については,これまでにも重症CDI(Clostridioides difficile infection)など当てはまらない状況が存在したが,免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(immune-related adverse events ; irAE)では病変が自働性を獲得する(薬剤中止後も病変が持続する)こともありうる.したがって,病変が薬剤と関連して発症したものなのか,その判断基準を再考する必要がある.

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要旨●薬剤の直接的あるいは間接的作用により生じるさまざまな消化管疾患が存在するが,NSAIDs(胃腸潰瘍,collagenous colitis),PPI(胃ポリープ,collagenous colitis),抗癌薬(胃腸炎),抗菌薬(出血性腸炎,偽膜性腸炎),ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(消化管穿孔),免疫抑制薬(感染症),漢方薬(特発性腸間膜静脈硬化症),下剤(大腸メラノーシス),高リン血症治療薬(炭酸ランタン沈着症),直接トロンビン阻害薬(食道潰瘍)が代表的な薬剤関連消化管疾患である.最近,免疫関連有害事象としての消化管傷害とPPI関連ポリープが新たに注目されており,その病理組織学的特徴も知られるようになってきた.薬剤関連消化管疾患の特に重要な病理組織学的所見として,①陰窩増殖帯上皮細胞のアポトーシス小体の出現,②粘膜内の好酸球浸潤,③上皮内Tリンパ球浸潤の増加が報告されており,これらは特異的ではないが薬剤性を含む特殊な疾患の可能性を示唆する所見である.病理診断の際にはこれらの所見に加えそれぞれの疾患に特徴的な病理組織学的所見の有無に常に注意を払う必要があり,それにより生検組織のみでも薬剤性の可能性を疑うことが可能である.

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要旨●当院における免疫チェックポイント阻害薬の使用状況と下痢および大腸炎の頻度を遡及的に解析した.ニボルマブ(NIV)単剤治療が218例で施行され(単独群),他の32例ではNIVとイピリムマブ(IPI)の併用療法ないしスイッチ療法が施行されていた(併用・スイッチ群).全250例のうち下痢は27例(10.8%)に認められ,そのうち9例(3.6%)が大腸炎と診断された.下痢および大腸炎の頻度は,単独群で9.2%および1.4%であったのに対し,併用・スイッチ群ではそれぞれ21.9%と18.8%であり,大腸炎の頻度は単独群よりも併用・スイッチ群で有意に高かった(p=0.0002).併用・スイッチ群における大腸炎6例のうち4例が併用療法,2例がスイッチ療法を受けており,後者はいずれもNIVからIPIへのスイッチ症例であった.大腸炎の内視鏡所見は,9例中5例で潰瘍性大腸炎に類似していた.NIVとIPIの併用療法ないしスイッチ療法は,大腸炎のリスクを上昇させる可能性が示唆された.

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要旨●免疫チェックポイント阻害薬を除く抗悪性腫瘍薬による消化管傷害について解説した.フルオロウラシル誘導体であるS-1の投与に起因する腸炎では下痢が主症状であるが,腸管浮腫に伴う腸閉塞を合併することがある.内視鏡所見では主として終末回腸に,浅い潰瘍やびらんを認める.トポイソメラーゼ阻害薬であるイリノテカンは,その活性代謝物であるSN-38の消化管細胞毒性により,下痢を主症状とする消化管傷害を引き起こす.タキサン系薬剤は大腸の穿孔を合併し,投与開始後2週間以内に穿孔を発症することが多い.分子標的薬の中ではベバシズマブの投与も大腸穿孔発生の報告がある.クリゾチニブは食道潰瘍を生じ,胸部中部食道が潰瘍の好発部位である.抗悪性腫瘍薬を投与する際には,薬剤により消化管傷害の発生部位や発症様式が異なることを理解しておく必要がある.

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要旨●筆者らは,植物から抽出された生薬である青黛の潰瘍性大腸炎患者における粘膜治癒促進の有効性を報告してきた.一方で,自己購入した青黛の服用による肺動脈性肺高血圧症や腸重積といった有害事象の存在が明らかとなってきた.青黛による腸重積や非特異性腸炎などの腸病変は右側結腸に好発する.多彩な内視鏡像を示すが,孤発性の潰瘍形成や虚血性腸炎様の発赤・浮腫状粘膜などが特徴である.発症のメカニズムはまだ明らかでないが,病理組織学的に小血管における静脈炎の存在が示されており,吸収された青黛代謝産物が虚血性病変を来す一因となった可能性が示唆される.何よりもまず,青黛について知り,その有害事象の可能性を疑うことが重要である.

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要旨●患者は60歳代,女性.嚥下時に増強する心窩部痛,食欲低下を主訴に当科を受診した.EGDでは,食道切歯より25〜35cmにびらんや浅い潰瘍を伴うほぼ全周性の粘膜傷害を認めた.患者は,ビスホスホネート製剤を処方されており,少量の水で服薬していることが判明した.そこで,ビスホスホネート製剤による食道粘膜傷害を考え,同薬剤の休薬,制酸剤・粘膜保護剤併用を行い,症状は速やかに改善した.ビスホスホネート製剤による食道粘膜傷害が疑われる場合は,詳細な服薬方法の聴取,EGDを行い,適切な対応を速やかに行うことが重要である.また,発症予防のため適切な服薬方法の指導が大切である.

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要旨●患者は80歳代,女性.嚥下困難,嚥下痛,体重減少を認めたため当科に紹介され受診となった.内視鏡検査で切歯列から26〜30cmの胸部中部食道に全周性潰瘍と食道胃接合部に逆流性食道炎を認めた.ボノプラザン,スクラルファートを処方したところ,2週間後に症状の改善傾向を認めたが,さらにその1か月後に再度嚥下障害が増悪し胸骨後部痛も出現した.再検の内視鏡検査で胸部食道潰瘍は増悪しており,経鼻内視鏡が通過不可能な高度狭窄を生じていた.内服薬を再確認したところ,約1年前からアレンドロン酸ナトリウムを服用していることが判明し,同薬による薬剤性食道潰瘍と診断して内服中止とした.食道狭窄に対して2回にわたり内視鏡的バルーン拡張術を行い,経口摂取が可能となった.

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要旨●70歳代,女性.1年前,近医で全大腸型の潰瘍性大腸炎(UC)と診断され,メサラジン製剤とプレドニゾロンで加療を開始された.経過中に下痢の増悪と腹痛を認め,UC増悪と診断された.顆粒球吸着療法にて血中CRPの低下と腹痛の改善は認めたが,下痢症状が改善せず当院に転院となった.大腸内視鏡検査,血液検査ではUC増悪は否定的で,ダブルバルーン小腸内視鏡検査にて回腸に白苔付着の強い全周性の浅い潰瘍と粗糙な粘膜を認めた.薬剤性小腸炎の可能性を疑い,メサラジン製剤の内服を中止したところ,症状は速やかに改善した.内服中止の約2週間後には小腸粘膜の改善を認め,DLSTでもメサラジン製剤が陽性を示し,メサラジン起因性小腸炎と診断した.

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要旨●患者は50歳代,男性.心臓弁膜症治療後のワルファリン長期内服症例で,アルコール多飲によりワルファリンのコントロールがしばしば増悪していた.腹部膨満感と嘔吐で入院.プロトロンビン時間の高度延長を認め,腹部造影CTで上部空腸に全周性かつ均一な壁肥厚を認め小腸閉塞と考えられた.絶食・経鼻胃管で症状改善した.入院5日目に経口的ダブルバルーン内視鏡を施行し,選択的空腸X線造影では肥厚したKerckring's foldによると考えられる“stack of coins” appearanceが観察された.内視鏡による直接観察では上部空腸に15cmにわたる全周性の発赤・肥厚したKerckring's foldが観察され,その前後の部分に粘膜下の黒色血腫が透見された黒色粘膜が観察されたため,anticoagulant ileusと診断された.

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要旨●患者は50歳代前半,女性.40歳代後半に人工透析を要する慢性腎不全のため生体腎移植を受けた.移植後はミコフェノール酸モフェチル(MMF),タクロリムス,メチルプレドニゾロンで免疫抑制療法が継続された.移植後5年を経過したころより,20行/day以上の水様下痢が出現した.血便は認めなかった.症状は6か月継続し,その間12kgの体重減少を認めた.下部消化管内視鏡検査で終末回腸に多発する潰瘍性病変を認め,生検病理組織像では炎症性腸疾患様の形質細胞やリンパ球の浸潤を認め,アポトーシス小体も認めた.感染症,リンパ増殖性疾患,炎症性腸疾患の併発は否定的であり,MMF関連回腸潰瘍と診断した.MMFの減量により下痢症状は改善し,内視鏡検査で回腸潰瘍の瘢痕化を確認した.

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要旨●患者は40歳代後半,女性.ホルモン療法耐性の進行再発乳癌に対してmTOR阻害薬エベロリムスを投与した.投与後7日目から両側腋窩,鼠径部,口周囲に紅色丘疹を認め,14日目より高熱と水様下痢を認めた.大腸内視鏡では直腸下部からS状結腸にかけて発赤,浮腫状の粘膜を背景に,縦列する多発潰瘍を認め,下行結腸では一部に縦走潰瘍を認めた.エベロリムスによる薬剤性大腸炎,大腸潰瘍と診断し,ステロイド治療を開始したところ,速やかに臨床症状および内視鏡所見の改善を認めた.

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患者

 60歳代,女性.

現病歴

 黒色便,倦怠感,息切れを自覚し近医を受診したところ,Hb 6.3g/dlと高度の貧血を指摘された.上・下部消化管内視鏡検査で出血源なく,小腸出血の疑いで当科に紹介され受診となった.

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要旨●患者は60歳代,男性.腹痛を主訴に前医にて下部消化管内視鏡検査(CS)を施行され,直腸に病変を認め,当科に紹介となった.当科のCSでは,直腸S状部に20mm大の0-IIa型病変を認め,拡大内視鏡観察では全体に鋸歯状構造を呈する病変が認められ,II型pitの平坦隆起領域を主体とし中央部の鋸IV型pit部が観察された.何らかの腫瘍としての性質を有する鋸歯状病変と判断し,診断的治療として内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)を施行した.病理組織像は,II型pit部では腫瘍腺管表層部に鋸歯状構造を認め,腺管中部〜底部では低異型度腺腫相当の直線状の管状腺管が認められた.病変中央の鋸IV型pit部は,表層の乳頭状の増殖を認める以外はII型pit部と類似の病理組織像を呈し,SuSA(superficially serrated adenoma)と診断した.

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要旨●患者は60歳代,女性.検診のEGDで,食道胃接合部に粘膜下腫瘍(SMT)様病変を認めたため,当院を紹介され受診となった.EUSでは第3層を主座とする低エコー層に包まれた1cm大のSMTで,その内部には高エコー,低エコー,無エコーが不均一に混在していた.ESDを行い偶発症なく病変を一括切除した.病理組織学的診断では,線維性隔壁で被覆された噴門腺の増生を認め,噴門腺過形成と診断した.噴門腺過形成は非常にまれな病変であり,本例はESDで一括切除することで,詳細な病理学的評価のもと噴門腺過形成と診断し得た貴重な症例と考えられた.

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目次

欧文目次

「今月の症例」症例募集

早期胃癌研究会 症例募集

次号予告

編集後記 蔵原 晃一
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 創薬の急速な進歩による新規薬剤の開発・導入に伴って,多彩な薬剤性消化管障害が新たに報告されつつある.近年,免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による免疫関連有害事象(irAE)としての消化管病変が注目され,その他,分子標的治療薬に関連した消化管病変,青黛による虚血性腸病変などが次々と報告されている.これらの中には,従来の薬剤性消化管病変とは異なり,原因薬剤の中止によっても改善しない難治例が含まれるなど,その臨床像は多様化しつつある.

 本号は「胃と腸」誌において,2016年の「薬剤関連消化管病変」(51巻4号)以来,4年ぶりの薬剤性消化管障害の特集号として,ICIなどの新規薬剤に関連した消化管粘膜傷害(消化管病変)を取り上げ,画像所見に基づいた臨床診断と病態解析に関する最新情報を提供することを目標とした.企画は清水,八尾(隆)と蔵原の3名が担当した.

基本情報

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胃と腸
55巻7号 (2020年6月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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