胃と腸 55巻6号 (2020年5月)

今月の主題 スキルス胃癌—病態と診断・治療の最前線

序説

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はじめに

 “スキルス胃癌”は現在,臨床的には「胃癌取扱い規約」1)に準じて“著明な潰瘍形成も周堤もなく,胃壁の肥厚・硬化を特徴とし,病巣と周囲粘膜との境界が不明瞭なもの”と定義され,びまん浸潤型の4型に分類されるが,他にびまん浸潤型胃癌,LP(linitis plastica)型胃癌などさまざまな呼称で用いられることがある.歴史的にそれらの定義と解釈に多少の相違はあったものの,本邦では肉眼的形態学的に特徴を備えた特定の癌の形を示すのではなく,病理学組織学的に基質が極めて多く,癌細胞が少なく高度の線維性結合組織の増生を示す胃癌の総称であるとされる.

 今回の主題ではスキルス胃癌としてすべてを包括して扱うものとするが,冒頭にて,さまざまな呼称の語源や歴史について文献的考察を中心に概説する.

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要旨●スキルス胃癌の病理診断について,①その歴史的な定義,②肉眼的・病理組織学的特徴,③同様のあるいは類似の病変を示す4型胃癌・linitis plastica型胃癌などの術語との異同,④実臨床上の捉えられ方,について述べた.病理組織学的には,発生部位,肉眼型,組織型,拡がりなどによらず,線維性結合組織の高度な増生を伴うものがスキルス胃癌に相当する.病理学的にスキルス胃癌と診断される病変には,linitis plastica型,幽門狭窄型,3型スキルス胃癌,0-IIc型スキルス胃癌などがある.一方,臨床的にスキルス胃癌という場合,多くは,胃底腺粘膜領域に原発巣があり,急速に進行し,広範な進展を示して胃壁の硬化と収縮を伴うlinitis plastica型胃癌か,幽門前庭部に原発巣がある幽門狭窄型のいずれかを指すことが多い.また,4型胃癌という場合は,linitis plastica型胃癌の他に,胃壁の硬化を伴わず,低分化腺癌細胞が個細胞性・小胞巣性に遊走するがごとく拡がるものが含まれる.

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要旨●スキルスとは,病理組織学的に癌組織の間質に線維性組織増生が顕著な状態の総称であり,スキルス胃癌は臨床的に「胃癌取扱い規約」の肉眼型の4型を指すことが多い.そこで,本邦における4型胃癌の経時的な発生頻度,形態学的・病理組織学的特徴を検討した.全国集計による進行胃癌の肉眼型別・年次推移をみると,4型胃癌は,1984年度13.8%から2014年度6.5%に減少していた.また,当センターにおいて過去29年間に経験した4型胃癌93例を対象として,原発巣(粘膜内進展部)の部位と背景粘膜から,①胃底腺型,②腺境界型,③幽門腺型の3型に分類し,2007年度を境に前期45例,後期48例に分けて検討した.後期では胃底腺型が特に減少し,腺境界型,幽門腺型の割合が増加していた.胃底腺型は,前後期ともに原発巣の大きさが25cm2以下で陥凹は深く組織型は未分化型腺癌が多かった.一方,腺境界型は,前後期ともに原発巣の大きさが50cm2以上で陥凹は浅かったが,後期では組織混在型の割合が増加していた.幽門腺型は原発巣の大きさに比較して粘膜下層以深の面積は大きくなく,前後期ともに組織混在型が約30%に認められた.H. pylori感染状態の検討では,前期はすべて現感染であったが,後期では現感染42例,未感染2例(胃底腺型2例),除菌後4例(胃底腺型1例,腺境界型2例,幽門腺型1例)であった.以上から,スキルス胃癌,4型進行胃癌の正確な診断のためには,原発巣の部位・背景粘膜の相違による形態学的・病理組織学的特徴を十分に理解して,スクリーニング,精密検査を行うことが重要である.

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要旨●スキルス胃癌の典型的な内視鏡所見の特徴は伸展不良,ひだの変化,primary lesion(初期病変)の存在である.主に胃底腺領域に発生するLP(linitis plastica)型胃癌と,幽門腺領域に発生し幽門狭窄を呈するものに大別される.当院の4型胃癌143例の検討では,胃底腺領域型が83.2%と大半を占めた.最も多くみられた所見は伸展不良で,全体の96.5%で認めた.びらんや潰瘍などの上皮性変化がみられなかった例は,胃底腺領域型で14.3%,幽門腺領域型で8.3%と胃底腺領域型で多かった.胃底腺領域型と幽門腺領域型で特徴的な内視鏡像が若干異なることを念頭に置き,観察を行うことが重要である.

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要旨●スキルス胃癌の診断においてCT,MRIおよびPETは術前進行度診断,治療効果判定および予後予測に有効な画像診断である.造影CT多相撮影やMRI拡散強調像による胃壁の層構造の描出は,スキルス胃癌の診断に有用である.CTは最も汎用されている検査法であり,CTアンギオグラフィーは術前の血管解剖把握に役立つ.EOBを用いた造影MRIは肝転移の診断に特に有用である.また,MRI拡散強調像はCTで診断困難な骨破壊のない骨転移の診断にも有効である.PETはリンパ節転移や腹膜播種の感度が低く有効例は少ないが,遠隔転移の診断に役立つことがある.また,筆者らの研究では転移リンパ節のSUVmax 4以上の群は4未満の群より術後の平均無再発期間が短かった(p<0.05).

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要旨●スキルス胃癌を含めた進行胃癌に対し,過去には拡大手術が行われた時代もあったが,その後多くの重要な臨床試験が決着し,現在は膵脾合併切除を伴わないD2リンパ節郭清が推奨される術式となっている.その特性上,スキルス胃癌に対する術式は胃全摘および脾摘を伴うD2リンパ節郭清となることが多い.近年では化学療法の発展に伴い補助療法のエビデンスが次々と生まれ,外科医は集学的治療における手術の役割を認識しつつ過不足ない胃切除術を安全に行うことが求められる.

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要旨●近年の胃癌診療における薬物療法の進歩は著しく,分子標的薬をはじめとするさまざまな薬剤が薬事承認され,治療体系が大きく変化した.スキルス胃癌は予後不良な病型であり,病理学的に非充実型の低分化腺癌である症例が多いこと,腹膜播種を高頻度に伴うことが特徴である.腹膜播種による高度腹水や腸管狭窄を合併し,経口摂取困難となり,選択可能なレジメンが制限されることも珍しくない.スキルス胃癌に特化した治療開発は難しいが,サブグループ解析などを参考に既存の臨床試験を慎重に吟味することで有効性の予測は可能であり,各薬剤の性質も考慮し,他の肉眼型・組織型の胃癌と同様にすべての薬剤を使い切る治療戦略が重要である.

主題研究

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要旨●近年のがんゲノムシーケンスによって,スキルス胃癌の胃癌全体における相対的な位置付けが,がんゲノムの面からも明らかになってきた.2014年にびまん型(diffuse-type)胃癌に特徴的なRHOAパスウェイのドライバー遺伝子変異が同定され,またSNVやCNVといった体細胞ゲノム変異に乏しいGS(genomically stable)サブタイプがびまん型胃癌と大きくオーバーラップすることが明らかになった.スキルス胃癌は歴史的に若年性のBorrmann 4型胃癌を指すこともあるが,ゲノム解析の観点からは,より広義のびまん型胃癌と比較してドライバー遺伝子変異の頻度に一定の違いはあるが両者に質的な違いはなく,連続的な疾患カテゴリと考えられる.また,多数のびまん型胃癌のがんゲノムシーケンスによって,日本人集団に予想以上の頻度で発症素因となるCDH1の胚細胞変異が存在することが明らかとなった.

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要旨●幽門腺領域から発生し幽門狭窄を来したスキルス胃癌症例を内視鏡的に振り返り,所見の検討を行った.一般にスキルス胃癌の診断は,①粘膜ひだの腫大・蛇行・横走ひだなどの走行異常,②胃壁の肥厚と硬化,③原発巣のびらん・潰瘍形成,の3点が重要である.本症例はひだの所見,伸展不良が出現するまでの経過と原発巣の初期像が捉えられた貴重な症例であった.胃体部のひだの変化は腫大する前の段階で走行異常として指摘することができ,初期病変は通常観察では褪色調の平坦な領域として,色素撒布像でわずかな溝状の微小陥凹として認識できた.

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要旨●患者は50歳代,男性.5年前にH. pyloriの除菌療法を受け,その後毎年上部消化管内視鏡検査(EGD)によるフォローを受けていた.除菌5年後に施行したEGDにて4型進行胃癌を指摘され当院に紹介となった.内視鏡所見では,びらんを伴う粘膜ひだの腫大が胃体部大彎を中心に認められた.審査腹腔鏡にてCY0P0であったことから,開腹胃全摘術が施行された.病理診断結果を含めた術後最終診断はT4aN3bM0 ; fStageIIIcであった.病変指摘の1年前に施行したEGDを見なおしたが腫瘍性病変を疑う所見は指摘できなかった.未分化型腺癌におけるH. pylori除菌後の臨床的特徴は明らかではなく,H. pylori除菌後4型進行胃癌の報告は非常に少ない.本症例は1年ごとのサーベイランスを受けていたにもかかわらず4型進行胃癌として発見された留意すべき症例であり文献的考察を加えて報告する.

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要旨●患者は80歳代,男性.食思不振と体重減少を主訴に受診した.体外式超音波では胃体部から前庭部まで胃全体に層構造が温存された連続性びまん性の壁肥厚と硬化が描出され,特に幽門部に強い内腔の狭小化を伴っていた.上部内視鏡検査においても壁の伸展不良とひだの肥厚がみられたが,計3回の生検はいずれも陰性であった.姑息的胃全摘術が施行され,最終的にスキルス胃癌(por>sig)と診断されたが,超音波像はその病理組織学的所見をよく反映していた.スキルス胃癌のスクリーニングおよび診断において,体外式超音波は有用な補助的診断法となることが示唆された.

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目次

欧文目次

「今月の症例」症例募集

早期胃癌研究会 症例募集

次号予告

編集後記 長浜 隆司
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 本号「スキルス胃癌—病態と診断・治療の最前線」を,東京都がん検診センター 入口陽介と千葉徳洲会病院 長浜隆司で企画した.大阪医科大学 江頭由太郎先生が本企画小委員会前に急逝され,ご一緒できなかったことがつくづくも残念であり,衷心より哀悼の意をささげたいと思います.

 スキルス胃癌は臨床的にびまん浸潤型,4型,LP(linitis plastica)型胃癌などさまざまな呼称で用いられており,本誌では過去7回,各呼称で主題として取り上げられている.最後の主題から10年が経過し,若年者のH. pylori感染率の低下,除菌治療による背景粘膜の変化などにより,発生頻度や疫学は変わったのか,モダリティーの進歩によるスキルス胃癌の診断,特にスクリーニング検査における初期病変の確実な拾い上げ,進展度,進行度診断の最前線,いまだ予後の悪いスキルス胃癌に対する外科治療・化学療法の最前線を明らかにすることを目的として本号は企画された.

基本情報

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胃と腸
55巻6号 (2020年5月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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