精神医学 59巻6号 (2017年6月)

特集 精神医学と睡眠学の接点

特集にあたって 清水 徹男
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 近年,睡眠・覚醒およびそのリズムと,精神機能および精神障害との間にある密接な関係について,急速にその理解が深まりつつある。この特集は,精神科医にとって特に興味深いトピックについてわが国の第一人者による解説を集めたものである。

 1998年に本邦の研究者により覚醒を司る神経ペプチドorexin(hypocretin)が発見され,さらに,その欠乏がナルコレプシーの原因となることが明らかにされた。さらに,orexinを産生するのは視床下部外則にあるわずか2〜4万個の神経細胞に過ぎないが,その投射は睡眠・覚醒にかかわる神経諸核に加えて,視床下部,情動回路,脳内報酬系など,精神機能にかかわる戦略的に重要な多くの部位に及んでいる。すなわち,orexin系は睡眠・覚醒とさまざまな精神機能の間の密接な関連を下支えする重要な役割を担っていることが示唆される。

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はじめに

 オレキシンは,摂食行動の制御にかかわると考えられてきた視床下部外側野に局在し,また動物の脳室内に投与すると摂食行動・摂餌量が亢進することや,絶食によりその発現が増加することから当初,摂食行動への関与に注目された。その後,オレキシンの欠損がナルコレプシーの病因であることが明らかとなり,覚醒維持に必須の物質であることが明らかとなった。

 オレキシンは,内因性の強力な覚醒誘導物質であり,その機能亢進は不眠症の病態生理にもかかわっている可能性が高く,本邦にて世界に先駆ける形で2014年末に発売されたオレキシン受容体拮抗薬は新しい機序の不眠症治療薬として話題を集めている。近年の研究より,大脳辺縁系,視床下部における摂食行動の制御系,脳幹の覚醒制御システムとの相互の関係が明らかにされており,また,主な出力先であるモノアミンニューロンの制御を介して,情動の制御にもかかわっていることが示されてきている。

 オレキシンは情動や体内時計,エネルギー恒常性などに関する情報をもとに,適切な睡眠・覚醒状態を維持している22)。あらゆる行動を適切に遂行するには覚醒の維持が必須であるが,オレキシンはさまざまな行動をサポートするために,覚醒を維持する機能を果たすともに行動や情動の制御にも関与している。オレキシンの受容体には2つのサブタイプが存在しオレキシンの機能を機能分担しながら担っている。オレキシン受容体作動薬や拮抗薬は睡眠障害や不眠症のほか,パニック障害,不安障害,薬物依存などにも有効な治療薬となる可能性もある。

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はじめに

 睡眠障害と気分障害は密接な関わりを持つ。とりわけうつ病と不眠の関連性についてはよく知られるようになったが,睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome;SAS)とうつ病との関連性については精神科一般の臨床医には馴染みの薄い話題かもしれない。SASは岡田ら14)が世界に先駆けて1975年にその存在を国内で報告し,その翌年にGuilleminaultらによって英文誌に発表され5),それ以来,幅広い分野で研究が展開されてきた。うつ病との関連も高頻度で検討されてきたテーマの一つである。本稿ではうつ病とSASの関連性に関する知見を概説し,併存例への対処法について言及する。

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はじめに

 近年,成人の発達障害が注目を浴び,精神科外来を受診するケースが増えている。筆者は,睡眠障害を対象とした睡眠専門外来を行っているが,発達障害の患者が睡眠の問題を訴え来院するケースも非常に増えている。筆者が所属する病院が成人の発達障害専門外来を有しているところも大きいかもしれないが,睡眠の問題を訴えてくる患者の中に,「発達障害もあるのではないか」と自ら相談してくるケースや,また,睡眠の問題を主に訴えてくる患者であっても,その背景には発達障害があり,その結果としての睡眠の問題であることも多く経験する。発達障害に睡眠の問題を多く認めることは以前より知られているが,その原因は単一ではない。発達障害における睡眠障害は,発達障害の病態と深く関連しているものがあり,本稿では,発達障害の中でも注意欠如・多動性障害(attention deficit hyperactivity disorder;ADHD),自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder;ASD)と睡眠の関係について,病態との関係から概説したい。

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はじめに

 近年,双極性障害の病態に概日リズム障害が密接な関連を持っていることが示唆されている。双極性障害における睡眠・覚醒リズムの乱れは症状の寛解期にも存在しており,躁症状やうつ症状に独立した重要な特性と考えられている。また概日リズム障害は気分障害の中でも特に双極性障害に特異性が高く,うつ病と双極性障害の早期の鑑別の糸口となることが示されつつある。双極性障害の非薬物療法として,高照度光療法や断眠療法などの時間生物学的治療介入による双極性障害の再発予防治効果が期待されている。本稿では双極性障害と概日リズム障害の関連についてのこれまでの研究知見を概説し,今後の双極性障害の臨床における概日リズム障害に着目した診断や治療への応用の可能性についても言及したい。

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はじめに

 睡眠障害は認知症で高頻度にみられる行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia;BPSD)のひとつであり,患者の生活の質(quality of life;QOL)の低下や介護者の負担につながることが多いため,実地臨床において早急な対処を迫られることが多い。また,睡眠障害が認知機能障害や認知症発症のリスクとなる可能性についての報告が相次ぎ,認知症の予防や進行の抑制という側面から睡眠障害の重要性についての認識が高まっている。

 本稿では,正常加齢での睡眠の変化,認知症全般における睡眠障害のとらえ方について述べ,代表的な認知症性疾患ごとに睡眠障害の特徴を概説する。さらに不眠症状や睡眠薬,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome;SAS)といった睡眠に関連した問題と認知症発症のリスクとの関連について最近の知見を展望する。

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はじめに

 気分障害に対する時間生物学的治療とは,治療者が抗うつ効果を期待して,患者の睡眠覚醒リズムや光への暴露を操作する治療である。前者には断眠療法や位相前進療法が,後者には高照度光療法がある。これらの時間生物学的治療が行われることとなった背景には,うつ病には症状の日内変動が認められることなどから,うつ病の病態には何らかの時間生物学的異常が関与しているのではないかと古くから考えられていたためだ。これまでに,うつ病患者は健常者と比較して,深部体温やホルモンリズムが乱れているなど多数の報告がなされている。

 時間生物学的治療は種々の研究で有効性が証明されており,抗うつ薬と比して効果発現が早く,侵襲がほとんどないという長所がある。その一方で,時間生物学的治療は効果が持続しないという欠点もあるが,気分障害治療の重要な選択肢の1つであることは間違いない。本稿では,気分障害のうつ状態に対する時間生物学的治療について,最新の研究報告を交えて紹介する。

大災害と不眠 中林 孝夫 , 栗山 健一
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はじめに

 地震,津波,洪水,竜巻などの自然災害,あるいはテロリズムや戦争などの人為災害が発生すると,被害に直接遭った被災当事者のみならず,危うく被害を避けられた周辺地域住民,さらに被災者の親族・友人などの関係者の精神健康を害することが知られている。特に不眠は精神健康被害の中でも発生率が高い症候であり,災害が発生すると,それまで睡眠障害を有しない被災者においても,不眠を訴える者が増加することが知られている13)

 本稿では,災害後の不眠の精神健康被害における位置付け,発症・遷延機序,急性期への介入法および遷延不眠への移行予防法に関し概説する。

巻頭言

直截と辛辣のあいだ 中嶋 義文
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 2017年9月,公認心理師法が施行される。第1回の国家試験は2018年12月までに行われ,5年間の経過措置の間に現在心理支援の業に就いている者は条件を満たせば受験資格が与えられる。最終的な受験者数,合格者数はもちろん不明であるが,1万人以上の公認心理師が生まれることは間違いない。

 公認心理師法の第一条に「この法律は,公認心理師の資格を定めて,その業務の適正を図り,もって国民の心の健康の保持増進に寄与することを目的とする」と謳われる。これを受けて,公認心理師とは,公認心理師登録簿への登録を受け,公認心理師の名称を用いて,保健医療,福祉,教育その他の分野において,心理学に関する専門的知識及び技術をもって,次に掲げる行為を行うことを業とする者をいうと定義が続く。曰く,

 (1)心理に関する支援を要する者の心理状態の観察,その結果の分析

 (2)心理に関する支援を要する者に対するその心理に関する相談及び助言,指導その他の援助

 (3)心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言,指導その他の援助

 (4)心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供

論文公募のお知らせ

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「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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抄録

 統合失調症の社会能力の評価尺度として新たに開発されたパフォーマンステストを用いて,その妥当性と統合失調症の社会的スキルの特性について検討した。対象は健常群20名,統合失調症群16名であった。パフォーマンステストや他の社会認知・メタ認知を評価する尺度を同時に実施し,統合失調症群と健常群とでパフォーマンステストの社会的な対人行動の状況把握,表出行動,その結果の評価のいずれも成績に有意差があった。メタ認知では統合失調症群で,一般的な事実認識の確信度の高さがパフォーマンステストの成績の低下と関連していた。因子分析では道具的スキルおよび親和的スキルの因子,状況把握,およびメタ認知の因子などが抽出された。

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抄録

 自己臭妄想を唯一の主訴とし単一症候的に経過する症例は,わが国では自己臭妄想症と呼ばれ,恐怖症・強迫症,対人恐怖症,統合失調症,パラノイア,心気症あるいはうつ病といった精神疾患と接点を持つものとされる。自己臭妄想に対する薬物療法は,抗うつ薬や抗精神病薬が用いられるが,効果については一定の見解が得られていない。今回我々は,老年期心性に端を発した自己臭妄想を伴った老年期うつ病患者に対して,mirtazapine 45mg/日を投与し,妄想の改善を認めた症例を経験した。自己臭妄想は種々の精神疾患から生じるが,主に思春期の疾患とされており,老年期における治療は確立されていないため,貴重な臨床経験となった。

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 本書はアメリカ精神医学会が発刊した精神疾患(mental disorders)の当事者とその家族のための診断や治療の解説書の翻訳である。精神医学に関連する書籍は巷にあふれているが,本書はその中でも特色ある一冊であり高い価値を持っている。

 本書は,原書の副題にYour Guide to DSM-5とあることからも分かるように,DSM-5に準拠して構成されている。簡単な序章の後に,DSM-5と同様に神経発達症群/神経発達障害群から始まり,以下,統合失調症スペクトラム,双極性障害,抑うつ障害群……という順番で19の項目が扱われている。統合失調症や双極性障害などの精神科臨床の中核をなす疾患だけでなく,排泄症群,性機能不全群,性別違和などの領域にも相応のページを割いているのも特徴の一つであるが,これはおそらく当事者やその家族が利用することを意識しているからであろう。

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 本欄「精神医学関連学会の最近の活動」は,1987年に当時日本学術会議の会員であった島薗安雄先生の発案により掲載がスタートいたしました。当時の学術会議には精神医学研究連絡委員会が設置され,そこで取り上げられた重要課題が学術会議から提言されることがありました。島薗先生は,そのような背景から学会間のコミュニケーションが重要であると認識され,この企画がスタートいたしました。以来,掲載は継続し,今回で第32回となりました。この間,本企画は島薗安雄先生,大熊輝雄先生,高橋清久先生,樋口輝彦先生と代々の学術会議会員の先生に監修をお願いして参りました。

 日本学術会議は第20期(2006年)から大きく変わり,会員は会員推薦となり関連学会の代表者による構成ではなくなりました。研究連絡委員会も廃止されました。本欄の当初の意義は薄れましたが,関連学会間の連携や学会のあるべき姿の議論は今も重要です。掲載スタート時の序文において島薗先生は「専門領域の細分化による視野の矮小化を防ぎ,ひいては精神医学の健全な発展に資したい」と述べておられます。本誌編集委員会は,以上の認識から本欄を継続することとし現在に至っています。

 本欄が精神医学関連学会の連携,相互理解の一助となれば幸いです。

学会告知板

第30回日本総合病院精神医学会総会

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今月の書籍

次号予告

編集後記
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 「新緑の爽やかな季節」と常套句で表現したいところだが,日本列島は朝から30度近くまで上がり,夜は一転して肌寒いような風が吹くという例年にない天候が続いている。温度差が大きいので風邪をひく患者さんがこの時期いつもより多い気がする。読者諸賢はいかがお過ごしだろうか。

 さて,本号でまず目を引くのは,中嶋義文先生による「巻頭言」ではないだろうか。そのタイトルが「直截と辛辣のあいだ」とあり,これだけ見ると何のことかと首をかしげる方もいらっしゃるのではないだろうか。中身はこの9月から施行される公認心理師制度についてである。

基本情報

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精神医学
59巻6号 (2017年6月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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