精神医学 51巻1号 (2009年1月)

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 私が精神医学の道に進んだ大きな理由は,人はなぜ自殺するのかを知りたかったからです(拙著「人はなぜ自殺するのか」,勉誠出版,2006年)。1991年に大学を卒業し,帝京大学の風祭元教授が主宰する精神神経科学教室に入局した私は,自殺に関する論文を読み始めました。その中で,当時の私に大きな衝撃をもたらしたのは,アメリカインディアン(先住アメリカ人)とエスキモー(イヌイット)の非常に高い自殺率の報告でした。在日韓国人三世としてのアイデンティティの有り様で悩み苦しんでいた当時の私にとって,彼らの高い自殺率は消え行く少数民族の悲哀として映り,心を強く揺さぶられました。在日韓国人の自殺率も高いかもしれない,直感的にそう思った私は,在日韓国人の自殺に関する論文を検索しました。それを直接のテーマにしている論文は見当たりませんでしたが,在日韓国人の死因を調査した論文を1つ見つけ,日本人よりも高い自殺率が記されているのを目にしました。私はどこに向けていいのかわからない悲しみと憤りを感じました。少数民族の高い自殺率を社会問題と考えた私は,社会精神医学に関心を持つようになりました。

 風祭教室の研修医でしたが,筑波大学の小田晋教授(当時)の社会精神医学教室の勉強会に参加してみたいと思いました。このことを風祭教授に相談したところ,教授は快くその手配をしてくださり,月に1度,小田教室の勉強会に参加できることになりました。小田先生の博識ぶりはつとに有名ですが,勉強会のコメントにもそれが遺憾なく発揮され,遠路筑波まで出かけることも全く苦にならない内容でした。しかしそれも束の間,ほどなく私は英国ケンブリッジ大学留学に発つことになっていました。私にとって最後の勉強会の日,偶然にも小田先生も勉強会の後に東京に向かわれるとのことで,筑波から東京まで同じ電車でご一緒させていただくこととなりました。私の話にじっと耳を傾けてくださる小田先生に,私は少数民族の精神医学的問題や自殺問題のみならず,自分のアイデンティティの悩みまで打ち明けました。私が話し続けたためか,小田先生はほとんど何も言ってくださらず,電車が東京に着く直前に「Franz Fanonを読みなさい」とだけ言い残されました。Fanonのことを全く知らなかった私にとって,それは謎めいた宿題のようでした。「精神医学事典」(弘文堂)で早速Fanonを引いてみると,なんと小田先生ご自身がその項目を執筆されていました。Fanon(1925~1961)は仏領西インド諸島生まれの黒人精神科医で,植民地状況における黒人の精神状況を分析し,植民地状況が「精神障害の大いなる供給者」であることを指摘したとあります。また,Fanonはアルジェリア解放闘争に参加し,暴力革命の指導的な理論家になったと同時に,戦争中の植民者とアルジェリア人双方の反応性精神障害の諸事例を報告し,真の意味での同時代に対する「参加する観察者」だった,と小田先生は書かれています。

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 セロトニン(5-HT)受容体のうち,精神科臨床においては,5-HT2A,5-HT2Cと5-HT1A受容体が重要であると考えられる35)。今回は5-HT1A受容体部分的アゴニストのうち3種の薬剤を選んで,精神障害に対して治療効果を得た症例の検討を含めて記述する。薬剤は,タンドスピロン(Ki=27nM),ペロスピロン(Ki=2.9nM),アリピプラゾール(Ki=5.6nM)であり,すべてわが国で創薬されたものである。これらの薬剤は5-HT1A受容体に高い親和性を持つが,5-HT活性比は60~70%程度であることから部分的アゴニストと呼ばれる。

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抄録

 うつ病では抑うつ気分などの精神症状に加えてしばしば身体症状を認めるが,こうした身体症状や心気症状を伴ううつ病は難治化しやすいことが報告されている。我々は身体症状を伴い,抗うつ薬による薬物治療に抵抗を示したうつ病に対し,quetiapineによるaugmentationが奏効した2症例を経験した。2例とも不安・焦燥が強く,身体症状に対しては心気的であったが,quetiapineを75~150mgの少量を追加投与することにより,数日で不安・焦燥が軽快し,身体症状もほぼ消退した。近年quetiapineのうつ病に対する効果が実証されてきているが,今回の経験から,身体症状を伴う治療抵抗性のうつ病に対しても,quetiapineによるaugmentationが有効であるものと考えられた。

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抄録

 本研究では,矯正施設被収容少年における男性の性被害体験者の臨床的特徴を明らかにするために,女性の性被害体験者との間で,性被害体験の内容やその心理的影響に関する比較を行った。対象は,少年鑑別所および少年院の被収容少年301名(男性270名,女性31名)であり,自記式質問票による調査の結果,男性の9.3%(25名),女性の54.8%(17名)に性被害体験が認められた。男女別にそれぞれ性被害体験の有無による比較を行ったところ,性被害体験と自殺念慮・自殺関連行動との関連は男性被収容者でのみ有意であった。男性および女性の性被害体験者との比較では,加害者の属性や被害内容には差がなく,PTSD症状,抑うつ,解離の程度に関しても,男女間で差がなかった。以上により,男性の性被害体験も,女性の場合と同様,深刻な心理的影響を及ぼしている可能性が示唆された。

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抄録

 一卵性双生児の一方は生後すぐに養子に出され,19歳まで全く別々に育てられた統合失調症完全一致の姉妹例を報告した。前駆症状はともに17歳時気分高揚に続く抑うつ感であった。発症時期も同じく19歳頃で,姉は抑うつ気分,集中力困難,幻聴や独言であり,妹は抑うつ気分,倦怠感,意欲低下や離人感を呈した。その後の長い経過で双方の主症状は幻聴と独言になり,薬物療法に反応しにくかった。また姉は抜毛癖,妹には確認行為など強迫症状を共有していた。思考障害は妹にみられ,家族内のコミュニケーションのあり方が関与していると思われた。統合失調症の早期治療の可能性も含めて,病態に関与する遺伝と環境の相互作用について論じた。

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抄録

 養護老人ホームに住む高齢者を対象に園芸療法と音楽療法を試みた。対象者は,園芸療法14人,音楽療法13人,対照群が10人の計37人であった。介入期間は3か月間とし,各介入評価は,心理機能評価,認知機能評価とした。心理評価では,PGCモラールスケール(PGC),日本版General Health Questionnaire28(GHQ28),感情指標Mood Check List-Short Form 1(MCL-S.1)を使用した。認知評価では,改訂長谷川式簡易知能評価尺度(HDS-R)と前頭葉機能検査(FAB)を実施した。その結果,園芸療法では,PGC,GHQ-28,MCL-S.1,HDS-R,FABにおいて有意な得点の上昇がみられた。一方,音楽療法では,GHQ-28,MCL-S.1に有意な改善がみられた。以上より,高齢者を対象とした園芸療法と音楽療法では,効果に違いが生じることが明らかとなった。

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抄録

 せん妄とは意識の変動に加え,注意,記憶といった幅広い認知機能領域に障害を来す症候群であり,身体的な基礎疾患を有する高齢者に起こりやすい。我々は今回,当院身体科入院中にせん妄を発症した患者群に対し,クエチアピンによる治療を行った。37名の患者のうち,35名で奏効し,クエチアピンの平均投与量は31.1±15.9mg/日と低用量であった。セロトニン(5HT2)受容体は睡眠の調整にかかわっていると考えられているが,その遮断作用がドパミン(D2)受容体の遮断作用に対して優位であることや,鎮静,催眠作用が期待できるヒスタミン(H1)受容体とノルアドレナリン(α1)受容体への拮抗作用が強いといったクエチアピンの薬理特性は,睡眠覚醒リズム障害が主症状であるせん妄に対して有効であると思われた。

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抄録

 薬剤性過敏症症候群(Drug-Induced Hypersensitivity Syndrome;DIHS)はStevens-Johnson症候群や中毒性表皮壊死症と並ぶ重症薬疹である。向精神薬では,芳香族抗てんかん薬がDIHSの原因薬剤となることが多い。我々は,躁うつ病の治療中にバルプロ酸ナトリウムによるDIHSの1例を経験した。バルプロ酸ナトリウムがDIHSの原因薬剤となることはまれであり,また本症例ではヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)の再活性についても確認できた。DIHS発症後の多剤感作についても考察した。

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問題と目的

 統合失調症患者に対して神経心理学的検査バッテリーを適用することにより,認知機能障害が疾患の基本的な特徴の1つであることが示されてきた6)。特に統合失調症患者においては,実行機能,言語記憶,注意,精神運動速度,および言語流暢性の障害があることが示されてきている6)。認知機能障害は症状寛解後も残り4),患者の社会適応を妨げる要因であることが指摘されている3)。このため,認知機能障害に直接的に焦点を当てた介入である認知リハビリテーションが必要と考えられる。しかし本邦ではそのような取り組みの報告は少ない。今後統合失調症患者の地域ケアを進めるため,本邦でも認知リハビリテーションの開発および効果研究が不可欠と考える。

 本研究では,まず自動車運転訓練が日常生活と密着しており,患者への導入に際してのモチベーションとして有用である可能性に着目した。自動車運転は注意,知覚,判断および運動などさまざまな機能が関連することが考えられる。これまで,統合失調症患者の自動車運転に関する報告はあまりなかったが,最近,自動車運転シミュレーターを用い,統合失調症患者は健常者よりも運転スピードが遅いことやエラーが多いことを示した報告がある9)。高齢者や他の疾患における運転能力の評価と神経心理学的機能との関連を検討したいくつかの研究では,運転能力と実行機能との関連が報告されている1,2,8)。これらのことより,本研究では実行機能の改善を主に目指し自動車運転シミュレーターを用いた認知リハビリテーションプログラムを考案し,統合失調症患者へ試みたので,その成果を報告する。この際,運転能力の改善には適切な判断や見通しを立てる能力などの実行機能の改善が伴うだろうという予測を立てた。

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はじめに

 自閉症の発症に関して,複数の大規模な双生児研究が行われた結果,その発症一致率は二卵性に比べて一卵性で有意に高いことが明らかとなり,遺伝的要因が深く関与することが示唆された3)。ともに自閉症を発症した一卵性双生児においては,一般にその臨床症状や重症度が酷似する。しかし我々は,自閉症の発症において診断の一致を認めたものの,生下時の合併症やその後の知的レベル,対人関係や新たな環境への適応などの臨床症状に明らかな差を認めた一卵性双生児の男児例を経験したのでここに報告する。なお,本症例を報告するのに際し,保護者より書面にて同意を得た。

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はじめに

 急性脳炎は,一般的に微熱,頭痛,項部硬直などの身体症状で発症するが,ときに精神症状や異常行動が前景にみられ,うつ状態,せん妄状態,情動障害,記憶障害を主症状として発症する場合がある。そのため,急性脳炎患者が一般身体科ではなく,精神科や心療内科を初診で訪れることも少なくない。

 今回,急性の異常行動を伴う精神症状を主訴に当科を受診し,非ヘルペス性脳炎と診断した2症例を経験したので若干の考察を加えて報告する。なお,本人のプライバシー保護のため病歴の一部を修正した。

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はじめに

 現在のDSM-Ⅳ-TRやICD-10では大うつ病性障害と診断するために症状が2週間持続することを求めているが,より短い期間のうつ病相を反復する症例を経験することがある。これまでに,海外ではAngstら1)がrecurrent brief depressionとして,Montgomeryら4)がintermittent brief depressionとして,抑うつ症状の持続が2週間未満の患者群について報告している。ICD-10では反復性短期うつ病性障害(F38.10,以下RBDDと略す)というカテゴリーが設けられているが,わが国では十分に認知されているとは言い難い。治療についても確立されておらず,lithium2,3,6)やlamotrigine5)などが奏効したという症例報告にとどまっている。今回筆者はvalproateが有効であったRBDDと考えられる1例を経験したので報告する。

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はじめに

 超高齢化社会の到来が叫ばれる中,高い自立度を保ったまま生活している世界最高齢の男性がわが国に在住している。本世界最高齢男性の健康長寿の一要因としての精神医学的特性に焦点をあてて,学術的報告を前提に本人および家族の許諾を得て健康調査をさせてもらい,完成した本稿も確認いただいた。本論文は,一般的な特別な疾患症例に関する報告ではなく,むしろ逆の精神的健康と長寿にかかわるものであるが,その資料的価値の観点から,研究結果を報告する。

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はじめに

 認知症の周辺症状2)は,セロトニン,カテコルアミンやGABA神経などさまざまな神経系の異常によって引き起こされると示唆されている。抑肝散は,セロトニン神経系を中心に各神経系に働き正常化することで,ADL(activities of daily living)を低下させることなくBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)を改善する2,3,7)ことが注目されている。最近我々は抑肝散を投与中に下肢浮腫を伴う軽度血圧上昇と低カリウム血症(低K血症)を示した後期高齢認知症2例を経験した。安全な抑肝散投与を行ううえで重要な経験と考え報告する。

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 日常臨床において,たいていの精神科医は「少年」と聞くと腰が引けるだろう。「事件」だと逃げ出したくなる。できたら避けたいし,診ないですませたい。「少年」も「事件」も得体が知れないからだ。ましてやオジサン精神科医には理解できないことばかりである。今の少年たちがどんな息遣いをし,何を感じているのかが肌身にピンとこないのだ。なんとか共感しようにも,その足がかりとなる自分の少年時代のこころは彼方にある。だから近寄りがたい。いかに把握し,どう対応し,どのように治療していったらいいか見当がつかないのだ。精神科医は自分が生きている時代の空気から逃れることができないが,さりとて変質する空気に合わせて呼吸法を変えていくのも難しい。

 さて,そこで『少年事件』である。「少年」に加えて「事件」までくっついている。評者も本書を開くまでは気が重かった。だが,読み終えた後は一変してしまった。題名はセンセーショナルで氾濫するマスコミ本のようでもあるが,中身は濃い。ところが,読後はこころの持ちようが軽くなるのである。そして,「さぁ,今度の休みには渋谷の街にでも出かけてみようか」という気を起こさせてくれる。

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臨床神経学の権威3名が「失行」を語る

 本書は,わが国におけるこの方面のエキスパートの先生方3人が座談会形式で率直に意見を交換して,それをかなり忠実に文章化したものであり,これまでに失行に焦点を絞った著書がないこともあって,極めてユニークな本になっている。神経心理学のなかでも行為は言語に次いでヒトの最も本質的な機能であるにもかかわらず,その障害の発生機序と生理学的基盤は最も謎に包まれている領域である。本座談会では,河村満先生が種々のタイプの失行をビデオで提示して,それに対して山鳥重先生と今は亡き田邉敬貴先生が意見を述べ,河村先生が説明を加える形式をとっている。3人の先生の特徴がよく現われていて,河村先生の豊富な経験に裏打ちされた鋭い観察眼と,山鳥先生の理論に裏打ちされた卓越した洞察,それに田邉先生の独特な解釈とが統合されて,読んでいて各先生方の表情まで見えるようである。特にこの領域は,その現象を言葉で説明してもなかなか理解しにくいことが多いが,その点本書では河村先生が集められた典型的な失行の貴重なコレクションがビデオで見事に示されており,文字通り「百聞は一見にしかず」である。

 脳機能が高次になればなるほど,現われる症候にはかなりの個人差がみられ,また一人の患者でも一種類の失行ではなくて,たとえば観念性失行と観念運動性失行の要素が混在あるいは重複することもまれでないと考えられる。このような場合に,観察された現象を過去に記載された概念に当てはめようとすると困難を感じることが多く,ともすれば用語を弄ぶことになりかねないが,本書では失行の代表的タイプについて明確に定義し解説してあるので,上記のような混乱を防ぐのに役立っている。特に本書では,各章のサブタイトルとして,「ふれる」,「つかう」,「つかむ」,「まとう」,「はなす」,「してしまう」などの日常動作に対して平易な表現が用いられていることは,その理解と分類に非常に有効と考えられる。

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編集後記
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 2008年4月から本誌の編集委員の1人に加えていただいた。大役を拝命していまだ半年の新米の編集委員である。医師,あるいは医学者としての力量,経験,知識,どれをとってもすべて私よりも遥かに上をいく先輩編集委員の先生方の議論を心に留めながら編集委員会に参加している。研修医の時代に戻ったようで新鮮な経験である。

 学術論文といえば,駆け出しの頃は先輩に叱咤激励されて嫌々論文を書いていた。雑誌に投稿すると査読者の先生から多くの指摘を受けて一つひとつを修正し,何度も同じようなやり取りを繰り返しながら投稿を続けた。論文を書くことは自他にとって何の意味があるのか,こんなことをいつまで続けるのか,と自問自答しながらの日々であった。しかし査読者の先生の指摘は,なかには意地悪なものもあったが,多くは励みになり何より論文作成上の貴重な示唆を与えてくれるものであった。自分の書いた論文が雑誌に掲載された時にはとても嬉しかった。そして医局の先輩と,雑誌の向こうにいる目に見えぬ査読者の先生の指導を何度も受けているうちにいつの間にか論文を書くことがおもしろくなった。さらに,研究報告をすることによって医学の進歩に自分なりの貢献ができるという意義を知ることになった。本誌「精神医学」は,臨床の研究者として筆者を育ててくれた貴重な雑誌の一つである。本誌の編集委員となった今,今までの恩返しをする意味でも,投稿論文の学問的な質を少しでも上げることができるよう微力ではあるが貢献したいと考えている。そして伝統ある本誌の質を今後も維持しさらに発展できるように努めていきたい。以上が本誌の編集委員に就任するにあたっての筆者の抱負である。

基本情報

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精神医学
51巻1号 (2009年1月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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