精神医学 36巻7号 (1994年7月)

巻頭言

痴呆診療 黒田 重利
  • 文献概要を表示

 痴呆をどのように診断していくかと問われれば,誰しもまずその状態が痴呆であるか否かの鑑別を行い,痴呆と診断するとその病因,程度を決めていく。大学病院では診断の手引はよく利用されている,学問交流を行う上で共通の診断基準を持つことは必要不可欠のものであり,我々のところでもDSM-Ⅲ-RやICD-10などを利用している。しかし,精神科医はもともと自由性を愛し枠にはめられることを嫌う。読者がよく感じるようにこれらの基準は詳しく具体的に示されているので,それに従うとかえって診断に困難,窮屈を感じることがまれでない。

 教室員からそして病院外の先生から痴呆疑いの患者を紹介される。以前は大学病院のお墨つきを求めるという紹介がかなり多かったが,最近は診断困難例の増加に困惑している。老年期痴呆の2大疾患は脳血管性痴呆とアルツハイマー型老年痴呆であり,両者の臨床的鑑別は昔から言われており,学生時代にも習ったし,今後もその原則は変わらない。学生時代は脳血管性痴呆ではなくて,脳動脈硬化症とか動脈硬化性痴呆という表現であったことも懐かしい。眼の前の患者が脳血管障害の既往がある,言語・歩行障害など神経症状を認める患者では脳血管性痴呆を考えるし,逆にこれらの症状がなくて足元のしっかりした明らかな痴呆を認めるとアルツハイマー型老年痴呆を考えるのはいうまでもない。

展望

抗痴呆薬開発の現況 本間 昭
  • 文献概要を表示

■はじめに

 本稿のテーマは抗痴呆薬の開発の現状について展望を行うことであるが,この場合の痴呆はアルツハイマー型痴呆(AD)を指すことが多い。すでに知られているようにADは老年期にみられる代表的な痴呆性疾患であり,65歳以上の人口に占める痴呆性老人数についての大塚と清水の推計69)では1990年で6.7%であった割合が,今後30年後には実数にしておおよそ274万人となることが推定されている。疫学調査結果の比較51)では,従来我が国では最も多い痴呆性疾患であった脳血管性痴呆に対する本疾患の相対的な増加が示されており,今後我が国においても本疾患が脳血管性痴呆を凌ぎ老年期における主要な痴呆性疾患となる可能性が考えられる。本疾患の原因はまだ解明されていないが,近年,諸外国においてと同様に我が国においても本疾患の中核症状である認知機能障害を対象とした主としてコリン仮説に基づく治療の試みが積極的に進められている。1993年3月には米国食品医薬品局(FDA)においてAChE阻害薬であるtetrahydroaminoacridine(THA)のアルツハイマー型痴呆(AD)に対する臨床的有効性を検討するための第3回諮問委員会で承認勧告がなされ,それを踏まえて1993年9月に治療薬として承認されたことはまだ記憶に新しい。承認にはアルツハイマー病協会などを含めた社会的な影響も大きいといわれているが,世界で初めてのAD治療薬となった。1986年にSummersら88)がTHAのADの中核症状である認知機能障害に対する劇的な効果を示す論文を発表して以来8年が経過している。

 ここでは,抗痴呆薬開発の背景となるADの生化学的変化については触れず,現在の開発に至る歴史的な経緯,薬効評価上の方法論的問題および我が国と諸外国における開発の現状について臨床的な立場より述べる。

研究と報告

  • 文献概要を表示

 【抄録】 4組の夫婦躁うつ病者を挙げ,その関係の特徴と相互の病期の関連について述べた。4夫婦は,いずれも双極性と単極性という組み合わせで,相互依存の病理を基盤とした相補的役割関係が認められた。そしてこれら夫婦の関係を“共生”としてとらえ,その様態の特徴を①偽母子関係(相互依存の病理),②世話と反逆,③相互の境界のあいまいさ,の3つにまとめ,論じた。

 躁うつ病の発症,経過の相互関連では,①連鎖関係(一方の(躁)うつ病の発症,悪化あるいは消失が他方の発症を引き起こす,あるいは他者の抑うつ反応を連鎖的に引き起こす),②相補関係(一方の躁うつ病は他方の病期を抑制し,夫婦での決定的破局を避ける傾向)などが認められた。治療は一般に困難である。共生関係の時間をかけた調整が重要で,閉鎖的な関係を修正する意味でも,夫婦同席面接や集団精神療法は有用な手段と考えられた。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 英国で開発され,欧米諸国の研究で精神分裂病の再発予測因子として評価が確立しつつあるEE(Expressed Emotion)尺度を日本に導入するために,信頼性と妥当性の検討を行った。その結果,評定者間信頼性に関しては,若干改善の必要な下位尺度が存在したものの,おおむね適切な水準が確保されていた。また,EE下位尺度の相関関係が都市化の進んだ地域の先行研究と同様であることから交差妥当性が,また概念的に類似する家族機能測定尺度(拒否尺度)とEE下位尺度(批判・敵意)の相関が高いことから並存的妥当性が示唆された。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 372名の秋田市内女子高校生を対象にして50項目からなる食・対人行動質問紙調査を行った。その結果,身長が低くて体重が重いものほど体が思い通りにならないと感じることが多く,またやせ願望が強いものほど食後に口寂しく,食べ続ける傾向があった。全体を9つのサブグループに分けて比較した結果,肥満群での食事制限には周囲からの評価が影響するが,そこには,①集団と適度な距離を維持しようとする群と,②集団内で自己実現を図る群の2つがあることが知られ,加えて後者は現実にカロリー制限を行うが,前者は願望優位であることがわかった。食行動の異常の観点からは,「嘔吐」をする群と,「隠れ食い」をする群は異なり,前者はやせることを自己実現ととらえている群で,後者は対人関係不全の潜在する群で出現することがわかった。これらに基づき,やせ願望を示す若年女子への理解では,食行動異常と対人的未成熟さの2つの視点も重要となることを考察した。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 境界性人格障害(BPD)は大うつ病とのつながりは深い。両者の合併率の高さと遺伝負因の高さはそれを示している。したがってBPDは大うつ病の1亜型と考えられる可能性を有している。筆者はうつ病認知尺度,ハミルトンうつ病尺度をBPD群,大うつ病群,神経症群,正常コントロールに施行し,ボーダーライン・スケールをBPD群と大うつ病群に施行し,その結果を分析した。それによるとBPDは大うつ病に比し,人生の挫折感,他者との比較傾向,依存心,人間不信,行動や思考の非一貫性,自虐的衝動性,気分変動性,離人症(現実感喪失・虚無感),強迫観念,さらに見捨てられ感を中心とする対人関係の障害の点で大うつ病と異なることがわかった。したがってBPDはBPDとして独自の症状群とみなせるものと考えた。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 重篤な水中毒に陥り,その改善途中より悪性症候群様状態を呈した接枝分裂病の1例を報告し,その発症機序に関して考察を行った。

 症例は長期間精神病院に入院中の27歳の男性患者。大量の飲水後,意識障害,けいれん,嘔吐,失禁を認め,血清Naは106mEq/lと低値で,血清CPK値は34,640IU/lと異常高値であった。体温が40℃を越え下降しないため,ICUに転院となった。ICUでは,DIC傾向,肝不全の状態を呈したがintensiveな治療により改善に向かった。その後,電解質が補正されているにもかかわらず意識障害が持続し,体温も38℃以下に下降せず,異常な発汗,流涎,頻脈などを認めたため,水中毒改善途中より悪性症候群の過程が始まったものと考えた。ダントロレンを投与したが十分な効果を認めないため,レボドーパを追加投与したところ,著しい意識障害の改善,体温の下降,流涎の減少などを認めた。本症例では,全経過中筋強剛を認めない点が特徴的であった。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 多飲水による急性水中毒に引き続いて横紋筋融解症と悪性症候群様エピソードを呈した症例を経験した。症例は発病後10年を経過した精神分裂病の男性である。2l以上の多飲水後に急性水中毒状態となり,4日後に発熱,筋強剛,著明な発汗・流涎,血圧・脈拍の変動を認め,血清CPK値,血清および尿中myoglobin値,血清aldolase値が異常高値を示し,悪性症候群様エピソードと横紋筋融解症を呈した。dantroleneおよびbromocriptineの投与により約3週間の経過で残遺症状を認めずに回復した。本例では悪性症候群様エピソードの発症に先立って,横紋筋融解が起きていたことを示唆する持続的褐色尿,GOTおよびLDH高値が認められたことから,急性水中毒によって引き起こされた骨格筋の損傷が,悪性症候群様エピソードの発症にいわば準備状態として関与した可能性について考察した。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 肝性脳症は意識障害のみならず,抑うつ状態,人格変化,痴呆など様々な精神症状を示すといわれる。今回我々は58歳,女性の肝性脳症の1症例を経験した。本症例は肝硬変の既往があるが,抑うつ状態で発症したため,当初うつ病と診断された。肝性脳症の治療を行ったが,せん妄が繰り返され,その消失後も行動抑制や抑うつ気分を伴う痴呆症状が持続した。頭部MRIのT1強調画像では両側淡蒼球は高信号域を示した。123I-IMP SPECTでは両側前頭葉に血流低下を認めたが,精神症状の改善に伴い血流所見の改善をみた。

 本症例の精神症状には肝性脳症による不可逆的な脳機能障害の関与が推測された。本症例にみられた頭部MRIの淡蒼球病変と,SPECTで認められた前頭葉の経時的な所見は,痴呆症状との関連において示唆を与えると思われた。

  • 文献概要を表示

 【抄録】 糖尿病治療との関連で内科入院中に行った染色体検査により,49, XXXXX症候群であることが判明した成人姉妹例を報告した。G-分染法により本姉妹例は本症候群のモザイク型であり,しかも異常細胞率が非常に低いことがわかった。姉妹とも特記すべき奇形はなく,諸検査でも異常値はほとんどみられなかったが,幼児期より精神遅滞が認められた。最近のWAIS-Rでは姉(58歳時)のFIQは55(VIQ 62;PIQ 50),妹(56歳時)のそれは63(VIQ67;PIQ 66)であった。妹は20歳前後から幻覚,被害妄想,奇異な言動などを有したものと推定されたが,内科入院の数日後に幻聴,関係一被害妄想,幻想性誇大妄想,考想察知,滅裂などの多彩な精神症状を呈した。このうち幻想性誇大妄想は大筋において一定した内容を有し,その主要テーマは「自分は若い頃に歌手および看護婦として東京で活躍し,多くの著名人と知り合いである」というものであった。

  • 文献概要を表示

 全生活史健忘とは,過去の経歴など自分の生活史に関する記憶が失われるものであり,比較的稀な病態であるとされている3,10)。一方,透明中隔腔やベルガ腔などの正中過剰腔は,中枢神経系の先天的形成異常であり,てんかん1,8)や精神分裂病8)などの精神神経疾患7)との関連も報告されている。しかし,正中過剰腔の臨床的意義については,一定の見解は得られていない。筆者らは,透明中隔腔とベルガ腔を伴った全生活史健忘の1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

  • 文献概要を表示

 脳上後頭部に発作波を認めるいわゆる後頭葉てんかんは,その発作誘発因子として,光や図形などの視覚感覚性,および眼球運動性の刺激があり,また発作形式もミオクロニー発作や欠神発作といった全般発作から部分運動発作,複雑運動発作,視覚性感覚発作まで多岐にわたっている。しかし,後頭葉てんかんに関するこれまでの報告は小児例が多く,成人の報告は少ないようである。今回我々は図形および光刺激によって視覚変容発作を来した成人女性例を経験したので,その脳波,MRI,99mTc-HMPAO SPECT(以下HMPAO SPECT)の結果を検討し,経過を報告する。

  • 文献概要を表示

■はじめに

 近年,長期間にわたる抗精神病薬による治療中に,知覚変容を主として,それに錐体外路症状や自律神経症状を伴って発作性に出現する症状が注目されている。これは,山口・中井5)が知覚変容発作と名づけて,精神分裂病における一過性の再燃徴候としたことに端を発する。その後,樋口ら1),佐藤ら2),渡辺6)が精神分裂病の症例において,このような特徴を有する症例に関する研究を行い,本症状群と抗精神病薬の使用が密接な関係を有する症例があることを指摘した。

 ところで,現在までに報告されたものは,そのほとんどが精神分裂病の症例である。筆者らは,発作性知覚変容(paroxysmal perceptual alteration;以下PPAと略す)が出現し,その発現に抗精神病薬の使用が関与していることが推察された躁うつ病の症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

  • 文献概要を表示

 ゾニサミド(zonisamide;ZNAと略す)は日本で開発された新しい抗てんかん薬で,側頭葉てんかんを中心とした難治性てんかんの治療薬としてその有用性を期待されている薬剤の1つである1,5)。多施設にわたる538症例にも及ぶZNAの効果と安全性の検討2)でも,副作用のために投与を中止した例はなく,安全性の高い薬剤とみなされてきた。しかし1991年大橋ら3)の報告以来,ZNAの副作用の中で薬疹に対して注意が向けられるようになってきた。

 一方,フェノバルビタール(phenobarbital;PBと略す)は以前から広く使用されている抗てんかん薬であり,催眠・鎮静薬としても有効なバルビツール酸誘導体だが,やはり薬疹の報告が多い薬剤である。我々はこのZNAとPBという構造式のかなり異なる薬剤で類似の環状紅斑を呈した1例を経験したので報告する。

  • 文献概要を表示

 ジャルゴン失書とは,豊富な書字産出量と無意味な文脈によって特徴づけられる錯書である。なかでも,交叉性ブローカ失語に伴うジャルゴン失書は,言語表出面において発語と書字が解離する病態として注目されている4,5)。ところで,これまで本邦で報告された交叉性ブローカ失語に伴うジャルゴン失書例では,自発書字にみられる多量の錯書が,大部分仮名により占められており,漢字書字と仮名書字で錯書の出現様態が異なることを示唆する症例が散見される2,5)。しかし,この点について詳細に検討した報告はない。

 今回我々は,右中大脳動脈領域の脳塞栓で交叉性ブローカ失語を生じ,仮名書字にほぼ限定して出現するジャルゴン失書を呈した症例を経験し,漢字書字と仮名書字の解離について若干の知見を得たので報告する。

  • 文献概要を表示

 1992年にC型慢性活動性肝炎に対するインターフェロン(以下,IFN)療法が日本で健保適用となって以来,使用頻度は急激に上昇し,多彩な副作用が報告されている。その中で中枢神経系の副作用である抑うつは,時に自殺などの重大な問題にもつながり,臨床家が最も注意を払うべき副作用の1つである。我々はC型慢性活動性肝炎に対するIFN療法中にみられる抑うつの出現頻度や抑うつの発現に関連する危険因子についてprospectiveな研究を行った。

  • 文献概要を表示

 精神症状を示す患者の診察には,脳器質疾患の存在に十分注意する必要がある。今回我々は,初期に興奮,幻覚,昏迷などを示して精神分裂病が疑われ,抗精神病薬投与によって悪性症候群となり,後に脳炎と診断された症例を紹介する。

「精神医学」への手紙

Letter—心気の説 岡田 靖雄
  • 文献概要を表示

 精神科医となって20年ぐらいは心気症の語に違和感をおぼえつづけていた。“依剥昆垤児”などとしるされてきたものに“心気症”の訳語をあてたのは呉秀三で,その『精神病学集要(前編)』(1894年)の『一二訳語ノ出典」に呉は本間棗軒『内科秘録』(1822年)から,“心気病。心気ハ素問二心気瘻ト云ヒ金匱要略ニ心気不足ト有ルヲ鼻祖ト為ス〔下略〕”をひいている。『素問霊枢』脈度篇に“心気。心臓之気也”とあるのである。

 謝観『中国医学大辞典』(1958年,台北)をめくると,“心痺 心気閉塞之病”,“心邪心気失其正向為邪也”,“心気虚則悲”,“心気虚者。其人則畏。〔中略〕魂魄妄行。〔下略〕”などとある。

基本情報

04881281.36.7.jpg
精神医学
36巻7号 (1994年7月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

文献閲覧数ランキング(
3月23日~3月29日
)