精神医学 31巻4号 (1989年4月)

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 精神神経疾患の薬物療法の発見ならびに開始はかなり偶発的なものから起こっている。精神科医療において本格的薬物療法の黎明をもたらしたクロールプロマジンの開発は外科医ラボリーの発想によるし,しかも薬物療法にpessimisticであった精神科医にこの薬剤を使用させたのも彼の熱意による。そして,クロールプロマジンの登場はそれまで精神の座として研究の対象から外されがちであった脳に対する禁制を解き,以後急激に脳研究が盛んになって行った。同時に種々の向精神薬剤の開発と相俟って,精神神経疾患の病因あるいは病態因に関して多くの仮説を生み,精神医学の生物学的志向を作ってきた。

 このような流れの中で逆に基礎科学,とくに神経化学を基盤として開発された治療法がパーキンソン病のL-ドーパ療法である。1817年パーキンソンは振戦麻痺(1888年シャルコーがパーキンソン病と命名した)を疾患単位としたが,その目的を「疾病の原因と本態を探求するため病理解剖学的検索を行っている人達に対し,是非ともこの疾患に注意を向けていただくためである」としている。そして,病理解剖学的検索の結果,基底核(尾状核,被殻,淡蒼球)を中心とした関連領域の変性が主体であることから,錐体外路系の疾患であることが明らかにされた。しかし,1950年頃までは基底核の機能は全く未知であり,したがって,神経病理学の大家であったグリーンフィールドは1955年に発表した彼のパーキンソン病に関する病理学的研究の総説を「解剖学的,病理学的研究ではこの疾患の解明はできない。その解決は酵素化学あるいはその他の新しい研究分野に委ねなければならない」と結ばざるをえなかった。

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I.はじめに

 およそ言語の障害に関心を持つ者で,再帰性発話recurring utterance(以下RUと略す)を知らぬものはあるまい。近代失語学がBroca(1861)の報告をもって嚆矢とするならば,その幕を切って落したのは「タン」氏のRUであったと言える。その研究史は,Jackson(1879)によるこの語の定義と共に始まるが,現在に至るまでのその研究文献の少なさは,むしろ驚嘆に値するのではないだろうか。「失語学や神経心理学の教科書の多くがこの興味深い失語現象に言及しないのはさらに奇妙ですらある」(Poeckら,1984)。何故か。おそらくその最大の理由は,失語研究の中核的地位を常に占拠していたのが,「Wernicke-Lichtheimの失語図式」に象徴される連合心理学的局在論であったからである。「古典学派の伝統をつぐ失語学は現在でもなお知性主義的傾向が支配的で,その対象領域もほとんど言語の知性面に限定され,感性言語は軽視されている。言い換えれば知性言語の考察にふさわしい素材が選ばれているに過ぎない」と慨嘆したのは,もう40年も昔の小林八郎(1951)であった。この「伝統的思想」を現代に代表するGeschwind一派の「離断症候群」学説も,RUの問題に対してはほとんど何も語るところがないようにみえる。様々な中枢とその連合路が存在するとしても,それでは一体どこの「離断」によってRUの発生が説明出来るのであろうか。以下にみる通り,この領域の数少ない研究者達は,Jackson,Critchley,Alajouanineを始めとして,ジャクソニズムに依拠したり,何らかの言語学の立場に立脚するということはあっても,いずれも連合論には冷静な距離を置いていたのである。

 本論ではまず失語学の枠内でRUを展望し,後半にその精神医学的意味と関連を検討する予定である。

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 抄録 精神科国際診断基準研究会の神経症圏障害検討小委員会は,伝統的診断を中心にICD-10(1987年Draft)とDSM-Ⅲを参考として,ひとつの診断基準試案を作製し,最近フィールド・ワークを終了した。試案の概要は,Ⅰ.環境反応:1.急性環境反応,2.適応反応,Ⅱ.神経症:1.不安(神経)症,2.恐怖(神経)症,3.強迫(神経)症,4.ヒステリー(神経)症,5.心気(神経)症,6.抑うつ(神経)症,7.離人(神経)症,8.その他の病型を分類し,それぞれに診断基準,参考項目,鑑別診断を設けたものである。

 この試案の作製に当たって,前後4回にわたるアンケートに対し,多数の方々に協力いただいたことを感謝する。このような診断基準を作ること自体の意義と国際診断基準との関連などについて,多少の考察を加えた。

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 抄録 脳血管型痴呆5例と変性型痴呆5例の経過中にみられた躁うつ病様状態について報告した。精神症状は内因性躁うつ病のそれと変わらないが,全体的に軽症で抑うつ状態時には不安,焦燥感が強い割には悲哀感情が乏しく,軽躁状態時には爽快感情の乏しい傾向がみられた。躁うつ病様状態は,病初期で痴呆が軽度〜中等度の時期にみられ,痴呆が高度になったり発症して長年月が経つと病相がくずれたり,消失する傾向がみられた。抗うつ剤による抑うつ状態の治療では,脳血管型痴呆の症例には有効例が多く,変性型痴呆の症例には無効例が多かった。脳血管型痴呆2例と変性型痴呆4例の抑うつ状態時にデキサメサゾン抑制試験を施行したが,全例が抑制型を示した。

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 抄録 慢性分裂病の痴呆化(Verblodung)が狭義の痴呆に相当するか否かは,精神医学領域の古くて新しい命題の1つである。我々は先に慢性分裂病者の主観的年齢ならびに遠隔記憶の時間的秩序について検索し,分裂病者を1)自己の年齢を過小評価する群(D群),2)年齢評価は正確でも遠隔記憶の時間的秩序が極めて不良なもの(O1群),3)時間的秩序が明らかに不正確なもの(O2群),および4)それがほぼ正確なもの(O3群)の4群に区分して検討を行った24,25)

 今回は,これら4群の慢性分裂病者に,長谷川式,国立精研式,岡部式の各痴呆スクリーニング・テストおよびKohs立方体組み合わせテストを施行した。その結果,いずれのテストにおいてもD群の成績は最も不良であり,次いで,O1群,O2群,O3群の順に得点は増加し,記憶の時間的秩序と痴呆スケールの得点との間には有意な相関が認められた。本研究の結果を基に,分裂病の認知機能の障害と痴呆との関係について論じた。

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 抄録 離脱直後のアルコール症者6名と1年以上断酒しているアルコール症者13名に対し,終夜睡眠ポリグラフィを施行し,その睡眠構造の特徴を検討した。

 離脱後早期のアルコール症者の夜間睡眠の特徴は,①入眠潜時の延長,②全睡眠時間の短縮,③中途覚醒と段階1の増加,④徐波睡眠の減少などであったが,これらの所見の多くは離脱後第14夜には改善された。しかし,段階1の増加と徐波睡眠の減少は,離脱後第30夜においても持続していた。長期断酒者の夜間睡眠の特徴も,①段階1の増加と,②徐波睡眠の減少であり,離脱後第30夜におけるアルコール症者の結果との間に差は認められなかった。さらに,長期断酒者のうちの6名に対し,1年ごとに計3回の終夜睡眠ポリグラフィを施行したが,観察期間中,その睡眠構造に変化は認められなかった。これらの結果から,アルコール症者における睡眠構造の変化は非可逆性である可能性があると考えられた。

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 抄録 成人の慢性外来透析患者303例を対象として,不眠についてのアンケート調査を施行した。不眠を早朝覚醒,入眠困難,再入眠困難を伴う中途覚醒のいずれかひとつを訴えた場合と定義すると,透析施行前夜の不眠の発症率は,男性で56.5%,女性で63.5%となった。この発症率は加齢により有意な増加が認められたが,性差および透析継続期間による差異は認められなかった。調査後半の181例において,入眠障害は39.2%に,中途覚醒は50.2%に認められたが,これらのうち痛感,皮膚掻痒感,じっとしておれないとの慢性透析の合併症に起因すると考えられる場合が,入眠障害および中途覚醒を訴えた患者の,それぞれ38.0,39.1%に認められた。リエゾン精神医学の中でも,透析患者の睡眠障害に関する調査はほとんどなされておらず,今後の検討が望まれるところである。

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 抄録 抗てんかん薬中止の問題は,系統的研究も少なく最も立ち遅れた分野と言える。著者は5年以上の発作抑制期間を持つ症例に,服薬中止を試み服薬中止基準につき検討した。(1)服薬中止に応じたのは38例(男10例・女28例),このうち2年以上の臨床経過観察期間が得られたのは28例で,再発率は25%であった。(2)服薬中止には,発作抑制期間が5年以上,発作存続期間よりも長いことが1つの目安になることがうかがえた。(3)服薬中止時脳波所見は,服薬中止の指標とならないが,再発を防ぐ上で中止後の脳波追跡が必要と考えられた。(4)てんかん分類・発作型,服薬中止年齢,発症年齢,初診時の発作頻度,家族歴・知能障害の有無と再発率の間に関連は認めなかったが,再発例では既存障害を有するものが多かった。

 服薬中止は,患者にとって真の意味での治癒という期待がある反面,中止による再発は新しい苦痛であり,その中止については治療者と患者自身が十分検討し決定すべきと同時に,社会的・心理的・経済的など総合的な判断の下で行うべきであると考えられた。

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 抄録 幼少時にparoxysmal kinesigenic choreoathetosis(PKC)を発症し,思春期に全身性強直発作を見,同時にヒステリー症状を呈した男子例を報告した。強直発作はPKCの頻度が増加した14歳時に発現し,臨床的にはてんかんとPKCの関連が強く考慮され,文献考察によって見出された数少ない両者合併例における一定のグループに帰せられたが,脳波学的には積極的にPKCてんかん説を裏付ける所見はみられなかった。したがって,PKCとてんかんとの病態関連性についてはこれまで以上に慎重になる必要があると思われた。器質性疾患と考えられるPKCは情動依存的に発現することが多く,薬物療法と共に精神療法的支持が効果的であった。転換性ヒステリーとの鑑別点の一つとして不応期の存在が考えられた。PKCとてんかんとの合併例の比較的詳細な報告は稀である。

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 抄録 過食症と精神分裂病の両症状を呈した1症例について検討を加えた。本症例では,24歳より頻回の過食・嘔吐が出現し,30歳で分裂病を発病している。分裂病の合併後は,病的体験の強い時期や適切な薬物治療が行われていない時期には,過食あるいは不食の状態を呈し,分裂病の精神症状が改善すると食行動異常も軽快する傾向が認められた。さらに,分裂病による人格水準の低下が,過食症本来の精神症状に影響を及ぼしている可能性も考えられた。現在のところ過食症と分裂病の関係について論及した報告はみられず,この種の症例の研究は,摂食障害さらには分裂病についての理解を深める上で貴重であると考えた。

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 抄録 泌尿器科でKlinefelter症候群と診断された10年後(33歳時)より昏迷,幻覚妄想状態,精神運動興奮,精神運動抑制,抑うつ気分など多彩な精神症状を4年問にわたり繰り返している1例を報告した。身体的には高身長で,一次および二次性徴の発現不全がみられた。染色体は47, XXY核型であり,内分泌所見では血中テストステロンの低値,血中FSH,LH,尿中HCGの高値が特徴であった。総IQは77で,言語性IQ(86)に比して動作性IQ(69)が低値を示した。不妊および内分泌障害を指摘されたことによる心理的衝撃,性に関する劣等感,内分泌障害,過剰なX染色体の脳細胞機能に対する慢性器質的な影響などが症状形成に複雑に関与していると考えられた。

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I.はじめに

 Alzheimer病(以下ADと略す)の大部分では家族歴がなく,一般にAD全体としては遺伝性の関与は少ないとされている1,2,5。しかし,例えば,ADの60%には家族歴が全くない4,9)としても,残る40%にはあるとすれば少ないとは言えないような印象も受ける。ただ,これに答えるべき広範で詳細な疫学的資料は,方法論的に困難が多いため少ないのが現状のようである7)

 一方,数は少ないが,発病年齢の早くて,重症で,遺伝性が強く2,4,15),常染色体性優性遺伝の形式を示す家系が報告されている。その数は50家系以上と表現されている1)。本邦では,14例の家族性AD(以下FADと略す)が報告され,そのうち6例がこれに相当すると思われる。

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I.はじめに

 「他人に知られたくない考えが,自己の意志に反して独語の形で口から洩れ出て,周囲の人に聞かれてしまう」という症状構造をもつ独語妄想4,6)や,それが睡眠中に寝言の形で生じると病的に確信される寝言妄想4)は,他の精神病性妄想とはかなり異なったかたちで患者に大きな苦痛を与え,その日常生活を著しく妨げる2,3)

 本論では,独語妄想と寝言妄想の両方を呈した1例を紹介し,それらの妄想症状の臨床的特徴について検討する。われわれの知る限り,独語妄想と寝言妄想を同時に呈した症例の具体的な報告はこれまでなされていない。

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I.はじめに

 身体の様々な部位の奇妙な感覚を執拗に訴え,これに固執する症例はセネストパチー(cenesthopathie)と呼ばれ多くの報告例があるが9),その病態は不明であり,治療法も確立したものはない。今回著者らは,睡眠脳波において局在性脳波異常を伴いcarbamazepine(以下CBZと略す)が臨床ならびに脳波上著効を示したセネストパチーの1例を経験したので若干の考察を加え報告する。

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I.はじめに

 内科領域において1例報告として紹介される稀な状態が,精神障害に合併する症例を筆者は時折観察し,強い関心を抱いてきた。先に,竹内ら10)はサイロキシン結合グロブリン(TBG)の欠損症を伴う単極性うつ病の1例を報告した。それはうつ病とTBG欠損症との合併に関する最初の報告のようである。筆者も,TBG欠損症を合併する躁うつ病を診療する機会があったので報告する。

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 クレペリンの早発性痴呆Dementia praecoxの概念をよりどころにして,原則的に分裂病の予後は良くないとするのは,正しくないことが最近の数多くの研究によって証明された。恐れられている"痴呆状態"が分裂病の確かな終末状態として必須のものではないことは医師でさえ必ずしも分ってはいない。ただ症例のおよそ3分の1では認知能力や力動的エネルギー水準の相当の喪失を考慮しなければならず,その結果彼らの病前の社会的レベルや人格水準を維持する生活はもはや不可能となるであろう。Wingの意味での"新しい慢性患者"はこの患者群に属する。

 ドイツ語圏では特にM. Bleuler(1972),CiompiとMuller(1979),G. Huberとその共同研究者達(1979)により予後研究が行われ,その中で分裂病疾患の経過の良好なものが報告されている。初期症状から予後を判定する基準を立てることが出来る経過研究は患者にとって一つの重要な意味をもっている。医師はそのような予後判定基準をもとにして今後の患者の生活設計に関して患者と話し合い,将来を考えた薬物治療を計画することができる。

動き

家族画研究会印象記 吉野 啓子
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 家族画研究会の第5回ワークショップが昭和63年9月23日に京大会館で開催され,翌24日に第7回大会が同所にて開かれた。ワークショップのテーマは「私の表現病理学」というもので,発表された諸先生方にはそれぞれ工夫が感じられた。

 最初に京都大の山中康弘氏によって「絵画療法と深層心理」と題して,臨床図像学的な発表がなされ,演者の力説する表現心理学と表現病理学の双方が余すところなく視野に入ってきた。本来の発表者(宮本忠雄氏)が参加できないため,ピンチヒッターとして急拠出席されたとのことだったが,箱庭療法の前に絵画療法があったという氏の心理療法の原点が示されていて興味深く,十分にその責を果たしておられた。2番手には京都大の木村敏氏が「表現と精神病理」の題で話された。氏は精神科における症状を表現ととらえ直し,Zutt,西田幾太郎,キエルケゴールを引用しながら,分裂病に焦点を絞って話を進められた。

基本情報

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精神医学
31巻4号 (1989年4月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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