病院 34巻10号 (1975年10月)

特集 病院と麻酔科

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本稿の主旨

 大学における麻酔科のあり方とは,最近改革されつつある卒後教育の行き方と切り離して考えることはできない.幸いにして日本麻酔学会は,過去23年間,常に後継者の育成と麻酔科存在の意義の普及徹底に力を入れてきた.現在の社会のニードは何か,本誌の読者である医療従事者自身が,手術の適応となった際に,熟練した経験のある麻酔科医を要求するであろう.大学の麻酔科が現今の麻酔科医の供給源であり,日本麻酔学会の認定する指導医としての後継者を養成する義務があろう.

 同時に,麻酔教育者,研究者の後継者も確保しなければならない.大学における麻酔学の教育も,より刷新されたシステムで,私たちが教えるのではなく,学生が学ぶようにしなければならない.理想的な麻酔科医師像とは,医療体系,社会により,常に改められつつあることに気づかなければならない.

病院麻酔科の展望 山下 九三夫
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いとぐち

 麻酔科の歴史は,わが国では極めて浅い.私の記憶では,昭和26年に,外科学会会長前田和三郎教授が「麻酔の発達は喫緊の要がある」という主旨の会長演説をした後に,アメリカのハイドブリンクの麻酔器が壇上に供覧された.昭和27年には,わが国最初の麻酔学講座が東京大学に開設され,山村秀夫教授がその任務に当った.昭和33年には,東京でも麻酔を専門とする者が漸増し,その10月24日「7人の侍」と称して,山本亨氏ほか7名が,麻酔科の独立はどうしたらできるか,麻酔を専門とする者はどうしたら増えるか,またその会をどうやって作るか,などを議題に第1回会合を開いたという記録がある.

 当時は,46の大学のうち1/3程度しか麻酔学の講座はなく,各大学で十分麻酔学を教育することができないことや,医師国家試験さえ合格すれば,他の科と同様に麻酔科を標榜広告することは国民医療上危険であるとか,麻酔を一般標榜にすると国会承認の厄介な手続が必要であり,その認可に手間がかかるなどを理由に,医療法第70条第1項の3を適用して,厚生大臣の認可による通称麻酔科標榜医という特殊な制度が生まれた(昭和35年3月).各大学にほとんど麻酔学講座の開設された今日でも,各専門科の中の麻酔科のみはこの制度を踏襲し,昭和50年9月現在3,800名が認可されている.

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大学病院外科教室入局のころ

 私が大阪大学第1外科教室に入局したのは,わが国が敗戦の混乱と虚脱状態から立ち直ろうとしていた昭和25年であった.

 入局したばかりの私たちに最初に与えられたのは,教室の主催で開かれた日米医学会議の下働きの仕事だった.米国から,講師として外科医ローズ,麻酔医サクラド両氏が来日し,数日間にわたって講演が行われ,私も雑用の合間に講堂の片隅で耳を傾けた.外科の話は何とか理解できたのだが,麻酔のほうは--今になって考えてみると気管内循環式麻酔の話であったらしいのだが——その当時は,何のことやらサッパリわからなかった.それでも何となく,アメリカ医学が著しく進歩しており,われわれは大変遅れているんだな,という印象を受けたことを記憶している.

麻酔科開業医の日記 野村 正規
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○月○日

 6時起床.ゴルフ練習1時間.朝食.前日の症例整理.本日の回診(往診)のコースを策定.7時30分出発.

 A病院,胃切除術術後第1日目,創痛あり,胸式深呼吸と痰喀出法を練習させる.

病院の麻酔科活動をみる

東京逓信病院 河口 太平
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 前掲山下九三夫氏の論文でもわかるように,病院の麻酔科は,ようやく根づきはじめたばかりであり,その陰には関係者の想像を絶する努力があった.麻酔科の活動は病院によってさまざまな展開をとっており,一概には語れないが,ここでは,比較的豊富なスタッフのもとに順調に発展してきたとみられる東京逓信病院,いわゆる「一人医長」の献身的努力で支えられてきた例として北九州市の小倉記念病院をそれぞれ取り上げ,そして最後に,特殊な例として小児医療における麻酔の問題を紹介する.

社会保険小倉記念病院 宮本 茂
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はじめに

 病院麻酔科活動の実際の特集を機会に,古くからそのことに興味をもってこられた,広島大学盛生教授の編集になる『麻酔と蘇生』を読み返してみると,思いあたることが数々記載されていることを再確認した.

 東大山村教授は,麻酔科が医学の一分科として,広い方面に重要な役割を演じていることを示すことは結構であるが,主な役目はあくまでも患者の状態管理であることを忘れてはならない.たとえばPain Clinicに力を入れるあまり,本来の麻酔ができないという状態にでもなったら,それは悲しいことである.また,若いすぐれた医学生を麻酔科に引き入れるためには,麻酔は技術だけではないことを十分に知らしあるべきである.スウェーデンでは,研究室に学生をつれて来て教育したことが,麻酔に興味を持たせるために大変効果があった.ただ,研究をするには,それに必要な人員,時間ならびに金が必要である.研究まで含めて,診療,教育を1人の教授で統括するのはなかなか大変で,臨床教授,研究教授といった2本立てのシステムも真剣に考えるべきである.昔Collinsは,麻酔科医はサラリーで働くべきでないと言っていたが,これも現状を打破するひとつの方法と考えてもらいたいとし,group practice制度による病院麻酔請負い制度を1967年に示唆している.

小児医療と麻酔科 三川 宏
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はじめに

 小児の麻酔は,麻酔学の中でも特殊な専門分野とされているが,欧米では1950年代から方法論的にも体系化され,多数の専門小児麻酔医が育成されて後進の指導に当たっている.本邦では,各大学に麻酔学講座が新設された1960年前後から,主として技術的関心から,小児の麻酔がトピックとしてしばしば取り上げられるようになった.しかし,小児医療における病院麻酔科の果たす役割について真剣に問われるようになったのは,1965年に本邦初めての小児総合医療施設として国立小児病院が発足し,その中に麻酔科が設置されて以来である.

 本稿では,国立小児病院麻酔科,ロサンゼルス小児病院,カンサス大学病院麻酔科における筆者の経験から,小児医療の中で麻酔科の果たす役割について考えてみたい.

病院と統計 病院労働統計・10

休日・休暇 宮沢 源治
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週休以外の休日

 週休(週休1日,週休1日半,週休2日制)を除き,年間にどのくらいの休日を設けているかについて調査したものが図1である.この統計は一般産業について調査したものであるが,国民の祝日については平均8.6日,年末年始の休日は平均3.7日,夏季休暇用特別休日は1.6日,その他1.4日となっている.総平均では年間15.3日となっている.この統計をみると,国民の祝日の休日平均は8.6日であるが,国民の祝日(12日)を全部休日としていない企業が相当数あることが明らかにされている.

 最近,週休2日制の増加に伴い,労使間の労働協約で,年間の休日総日数をあらかじめ協定しておく企業が増加してきている(昭和49年23.4%),この年間休日制度を採用している企業の,年間休日数(週休を含む)による分布は図2のとおりである.この分布では年間90-99日が25.3%,80-89日が22.6%,70-79日が21.9%,69日以下20.9%の順になっている.

グラフ

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 旧きものを惜しむのは悲しき性かもしれない.どんなに涙を流し,また喜びをともにしたものであったとしても,ましてそれが,人の命にかかわるかもしれない病院ならば……

 博愛社病院,日本赤十字社病院,日本赤十字社中央病院から日赤医療センターへ.90年にならんとする歴史を刻みこみ,いま年来の夢がかなって大改築が完了しようとしている.「古いものの使いにくさ」,若手の医師や看護婦がもらしたように,不便をかこつより,旧きを捨てて新しき合理的なものにつくべきは必然に違いない.

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 彼のしけた顔を見たことがない.それも,彼が金沢の四高を出て,慶大医学部でクラスメイトとなってからだから,ずいぶん長い間のことである.卒業後ただちに慶大内科に入局したのが昭和15年の春.ほどなく短現の軍医として海軍に行き,終戦後まもなく郷里の伊勢崎に復員したが,医師であった尊父は脳卒中で逝去されたことを知り,慶大内科にもどることができなくなり,家業を継いだ.そして彼の美原診療所時代が始まった.この間における特色は,患者数がものすごく多く,そのほとんどが脳卒中で,しかも死亡患者の大多数が剖検されたことである.ちなみにそのころ群大病理の年間剖検体数約250例のうちの約40例が彼のところからの脳卒中であった.そして昭和38年10月,脳卒中の診療は設備が整った病院で積極的に行うべきであるという理念と,脳血管障害の本態を臨床各科と基礎医学の各部門の総合力で探究せんとする使命のもとで,武見医師会長の心からの応援もあって,財団法人脳血管研究所付属美原記念病院を設立した.尊父の遺業を記念しての命名である.現在,年間約500例の新鮮脳卒中を診療し,内科的療法とあわせて脳外科的手術をも行い,剖検率は85%,国際的にも高く評価されたすぐれた研究業績をぞくぞくと発表している.なんといっても,世界一の脳卒中国であるわが国に,初めて脳卒中専門病院を創立した偉業は気宇壮大で,彼の卓越した人柄と不断の努力の結晶である.

ホスピタル・トピックス 放射線

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 放射線部門では,なんといっても,そのウェイトはX線診断が主である.その利用度もますます増加の一途をたどっていることは当然のことだけに,国民遺伝有意線量の増加が心配になって,国民の受ける放射線被曝線量の軽減が叫ばれるようになってきた.

 医師や放射線技師の自覚と努力しだいで被曝線量は簡単に低下させることができるし,X線装置の改善やX線フィルム,蛍光増感紙の高感度への研究も大きく進歩して,従来考えられなかったような新しい蛍光体(希土類物質)が発見され,新しいX線増感紙が開発され,感度が現在のX線フィルムを使用しても2倍にもなって被曝線量は1/2に減少することができ,加えてこの新蛍光体増感紙に線感色性X線フィルムを併用することによって,感度が4倍以上にもなるということである.

ホスピタル・トピックス 建築

アブダビの病院 伊藤 誠
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アメリカの建築家の中東進出

 世界中の景気が,どん底近くにまで落ち込んで,多くの国々が不況にあえいでいるとき,ひとり中東の石油産出国はありあまる資金を抱えて,着々と国土の基盤づくりに励んでいる.それに応じて,国内での仕事が得られなくなったアメリカの建築家たちの中東への進出ぶりが,まためざましい.ここにその一例を紹介しよう.

 アラブ首長国連邦も石油で潤っている国のひとつであるが,その首都アブダビと東部のアルアインに建つ2病院が,アメリカの一流建築事務所TACにより設計され,近々国際的な工事入札が行われようとしている.前者が500床,後者は250床で,いずれもゆったりとした広がりをもつ豪華な病院である.規模こそ違え,2つの設計は兄弟病院として,ほぼ共通した姿勢でまとめられている.

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いわゆる医療情報システムの開発は,今や国をあげての大事業となった.どうしてそうなったか.これからの病院はどうなるのか.国民医療はどのように変貌するのか.阿部教授は自己の仕事のあとをふり返りつつ,味わいのある技術論,人間論を展開する.

病院私論・10

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大学病院に押しかける患者の心理

 一般に病院を選ぶ国民の側からすると,大学病院にさえ行けば,どんな病気でも治してもらえるというイメージがある.医学のあらゆる分野の専門家がたくさんいるから,医療の幅と深さの点で,他の市中病院よりも安心してかかれる,たとえ自分の病気が,難しい稀な病気であっても,まず見逃されることはないだろう,といった安心感である.

 本来なら医療施設の選択は欧米の場合のように,医療コンサルタントがいて,その人に相談するのが,いちばんいい.しかし,わが国にはそういうシステムがないから,患者は素人判断で勝手に選ぶ場合が多い.そこで適当な市中病院を選ぶよりも大学病院を選んでおけば,まず当たり外れがないだろうということで,デパートに買物に行く場合と同じ心理だ.

病院職員のための医学知識・34

形成外科 丹下 一郎
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形成外科を定義するとどういうことになりますか

 ここで今さら「整形外科」との相違について述べる必要はないと思われますが,形成外科は英語ではPlastic Surgeryであり,このPlasticとはもともと塑像,造形という意味です.合成樹脂のプラスチックも語源は同一ですが,言葉としては新しく,プラスチックを体に入れるからPlastic Surgeryというわけではありません.

 そこで形成外科の定義ですが,これは「身体外表の形状につき,その機能の保全や改善とともに,醜さを除去することにより精神的健康を求める外科」とされています.一言でいえば「除醜外科」です.

労務担当15年の記録から・3

労使交渉の機微 藤田 栄隆
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第1話 ピケのおかげで幹部団結

 ピケの合法性についてはいろいろな説があるが,常識的にはスト破りを防ぐために,説得によって非組合員の就労を阻止する手段として,その合法性を認められているというのが,普通一般の解釈になっているようである.

病院の新しい職種

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 わが国において,企業秘書の利用は欧米なみになってきてはいるが,病院における秘書の利用となると,その数はまだまだ少ないようである.

 米国では,1950年頃までは一般の秘書学校の卒業生を医療関係に送り,訓練していたが,専門養成の必要性ありとして,現在では2年間短大クラスの教育を行っているようである.

一頁評論

疾病管理 越山 健二
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 住民の求める医療として,地域医療が急速に問題にされている.地域医療は,その目標が複雑多岐にわたり,その概念も定説が定まっていないようだ.ごく単純な言い方をすれば,各々の地域に対し,その地域特性に応じた包括医療の提供ということになろうか.その包括医療の分野に疾病管理がある.

 最近,人口の老齢化に伴って老人病,成人病が増加し,医学技術の進歩,社会環境の変化は,多くの難病,慢性疾患,公害病などの多発をみており,医療需要の大きな領域を占め,それらに対する対応には人・物(施設)・金の面から深刻な問題を提起している.

病院建築・78

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医学部設立の主旨

 医学部の開設は,東海大学が出発する際,すでに松前重義総長の構想の中にあった.すなわちその設立の理念は,総長の若い頃から傾倒したヨーロッパのキリスト教的人道主義に根ざしており,特にスカンジナビア地方で発達した社会福祉や医療体制に心惹かれるものがあったことに由来している.

 総長は,大学(ユニバーシティー)を体系づけるに当たって,その出発としてまず哲学,文学といった思想を据え,一方では物質を対象とした工学,理学を究明し,この2つの融合の中に文明の建設をめざしたが,逐次この趣旨に沿って,さらに海洋学部,政治経済学部,体育学部を設置していった.

精神医療の課題

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はじめに

 精神科の医療が世にクローズアップされてから,すでに久しい.患者に偽装しての精神病院見聞記が堂々と店頭に並べられ,マスコミは事あるごとに精神科医療の荒廃を喧伝し,医療界内部からの告発も相次いだ.

 精神科の医療には多くの問題があったが,このような日常的な問題提起を通り越して,精神科医療の基盤そのものを疑問視し議論が抽象的概念的となって,臨床から離れれば離れるほど,高尚らしくなればなるほど,かえって毎日の診療への寄与は皆無となってしまった.議論のための議論でそらぞらしく,患者は何の恩恵も受けず,予後にも改善が見られず,家族の悩みも全く解決されてはいない.精神障害者の数は確実に増加し,家族の「社会復帰の方策を実現せよ」との切実な要望に対する具体策は,明らかになっていない.

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はじめに

 近年,化学療法剤ならびに抗生物質のめざましい発達により,感染症の治療成績の向上は著しいものがある.そして,ややもすれば滅菌消毒に対する認識を軽視する傾向すら,うかがえる現況である.しかし薬剤耐性菌の出現,さらに,耐性菌感染が注目される現在,特に院内感染に対する問題は重要である.また高度な進歩発展を遂げた外科手術は,麻酔,抗生物質の発達に支えられたものであるが,その基礎には無菌消毒法の向上が重要な意義を持つものである.ここに滅菌消毒に関する再検討の必要性が強調される.

 現在われわれの行う滅菌消毒法は,19世紀後半におけるI. Semmelweis (1861),J. Lister (1864)のクロール石灰,石炭酸による防腐消毒の提唱,L. Pasteurの低温殺菌(1876),E. V. Bergmannの蒸気滅菌の開発(1891)に始まり,蒸気滅菌法はC. Schimmexbush(1899)により現状の基礎が確立された.また,合成化学の発達とともに,防腐消毒法は今日の消毒法を生みだし,さらに酸化エチレンガス(EOG)による滅菌法の開発をみた.核科学の発達は,放射線滅菌への展開が進められている.そして特に完全無菌の要求される近代外科手術が発達したことから,従来の滅菌消毒の理論と方法についても,反省と改良が多くの研究者によって行われてきた.

基本情報

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病院
34巻10号 (1975年10月)
電子版ISSN:1882-1383 印刷版ISSN:0385-2377 医学書院

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