生体の科学 68巻2号 (2017年4月)

特集 細菌叢解析の光と影

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 もし,手元にインターネットにつながっているPCがあるなら,NCBIやDDBJといった遺伝子データベースにアクセスすると,ありとあらゆる生物種の遺伝情報が入手できる。更にLinuxのようなOSの少しの知識があれば,オープンソースのソフトウェアを入手してPC上で解析ができる。今は,そのような時代になっている。一度の解析で数Gbにも及ぶ塩基配列が一度に入手可能な次世代型シーケンサーの登場によって,今では,個々の微生物ではなく,その環境に存在するほぼすべての微生物の情報を一度に取得できるようになってきている。今この瞬間にも世界中の研究者が,莫大な量の情報をデータベースに登録している状況である。

 今回は,「細菌叢解析の光と影」というタイトルで企画を立てさせていただいた。“細菌叢解析の光”というのは,言うまでもなく,これまで実体のわからなかった細菌叢全体の設計図が入手できることになったことであろう。それぞれの環境に適応した微生物の“群れ”を一度に解析することによって,生体の常在菌であれ,環境中の細菌叢であれ,その構成している菌の種類については,ほぼ出揃ってきている。例えば,一般書にも腸内細菌の特集が組まれているのをみれば,単に「お腹の具合が悪い」と思っていて,ヨーグルトを食べるとなんとなく良くなった,というごく日常的に当たり前と思っていた現象を,分子のレベルで話ができるようになってきたのである。それだけではなく,がんや生活習慣病(肥満など)にも細菌叢の変化が影響していることも明らかとされてきている。環境中の微生物であれば,「肥料を土にいれると野菜が沢山とれるようになった」といった経験的に知っている事象を,「土の中の細菌叢がこんな風に変化した」と,細菌叢の変化で説明できることからも,そのインパクトの大きさがわかる。

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 微生物叢(マイクロバイオーム)研究の進展に伴い,未培養微生物を含めた網羅的な微生物の解析が推進されることとなった。これにより,ヒト微生物叢の状態と様々な疾患との相関関係が見いだされている。また近年,治療のための抗生物質投与が常在微生物(叢)だけでなく,宿主へも影響を及ぼすことが明らかとなってきた。そのため,発症や進行に複数の因子が複雑に連関する難治性複合感染症の発症機構解明および新規標的分子の選定と,それらに効率的に作用する治療薬の開発には,微生物に焦点を当てた“マイクロバイオーム”だけでなく,宿主-微生物を一つの共同体として扱う“ホロビオーム”の観点およびその統合的な解析が求められている。本稿では,複合感染症の代表として,筆者らが行っている歯周炎と周囲炎のメタゲノム解析の研究成果を紹介し,ホロビオームの観点から新たな治療法を開発するためのデータマイニングについて概説する(図1)。

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 大量並列型高速シーケンサーを用いた16S菌叢解析やメタゲノム解析といった細菌叢解析では,難培養菌も含めた細菌組成と集団としての遺伝子レパートリーや代謝ポテンシャルを短期間で網羅的に解明でき,様々な分野で新しい知見が得られている。しかし,細菌のゲノムには,同一菌種内で高度に保存されたコア領域に加え,株間や系統間で多様な分布パターンを示すアクセサリ領域が存在する。

 このアクセサリ領域は全ゲノムの半分近くに及ぶこともあり,各菌株や系統の“個性”とも言える表現型を規定する。こういった領域は,水平伝播された外来性ゲノムであることが多く,特に病原細菌のように株による形質の違いがしばしば問題となる細菌においては,極めて重要な遺伝的要素である。しかし,現在の細菌叢解析では,菌株レベルでの組成やアクセサリ領域を含めた遺伝子構成に関する高精度な情報を得ることは極めて困難である。これは,16S菌叢解析の解像度の低さや,メタゲノム解析で再構築されるゲノム配列にみられる高度な断片化(不完全性)による。後者は外来性ゲノムにしばしば付随する挿入配列(insersion sequence;IS),トランスポゾン,ファージなどの可動性遺伝因子が繰り返し存在することなどに起因している。また,集団内に,同一菌種の遺伝的に近い菌株が複数,しかも同じぐらいの割合で存在した場合,現在のメタゲノム的手法では,それぞれを区別して,ゲノムの再構築を行うことはほぼ不可能である。

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 次世代シークエンサー(next-generation sequencing;NGS)による技術革新は目覚ましく,全ゲノム情報を俯瞰的に把握してから全体像を理解する時代になってきた。新興・再興感染症がクローズアップされるたび,病原細菌ゲノム情報は基礎,検査,臨床の幅広い分野で必要不可欠な基盤情報となっている。前置きは短めにして,光が強いほど影も濃くなるのか? について私見もまじえてお伝えできればと思う。

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 病原菌の全ゲノム解析は,その細菌の生命活動を網羅的に解析することにおいて欠かせない基盤情報である。歯周病原細菌のPorphyromonas gingivalisの全ゲノム解析から,本菌の特徴的なゲノム構造を明らかにすることができた。更にゲノム解析を発展させることで,病原因子の輸送にかかわる新規の分泌機構,そして新型の線毛構造解析へと研究を発展することができた。本稿ではこれらの成果について概説する。

Ⅲ.腸内細菌

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 宿主であるヒトとその腸内に存在する腸内細菌叢は,お互い共生関係にある超生命体(super-organism)を形成し,お互いのホメオスタシス(恒常性維持)を保っていると考えられている1)。腸内細菌は,宿主が代謝できない物質を代謝して腸内細菌自身の生命維持のためのエネルギーを産生し,一方,宿主であるヒトはその代謝産物を生命活動に利用する。また,腸内細菌は宿主に侵入してくる病原微生物の防御にも役立っている。しかし,このような恒常性が崩れると,様々な疾患の発症につながる可能性があり,がんもそのような腸内細菌のアンバランスにより影響を受ける疾患の一つであろう。

 正常細胞ががん化する場合,通常,多くのケースでは遺伝子変異に起因すると考えられる。しかし,腸内細菌の持つ毒素やタンパク質,腸内細菌による代謝産物により,発がんの鍵となるがん遺伝子産物が活性化したり,DNA損傷や遺伝子変異を促進し,それが発がんにつながるケースが考えられる。また,腸内細菌により発がんの影響を受ける標的臓器は,腸管はもちろんのこと,腸管以外の全身の臓器も腸内細菌の代謝物や菌体成分などに曝され,影響を受けていることが次々と報告されている。特に肝臓は,腸管から吸収されたそれらの物質が門脈などを通じてほとんどが肝臓に運ばれ,その後,一部は胆汁中に排出されて,また腸管から再吸収される“腸肝循環”という循環を繰り返し,長期にわたって腸内細菌の影響を受ける臓器であると考えられる(図1)。

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 ヒトの消化管には100兆を超える細菌が存在し,その数は人体を構成する細胞数を凌駕する。更に,2万5,000を超えるヒトの遺伝子の100倍になる遺伝子数を腸内細菌叢のmicrobiomeは含むと言われている1)。近年のメタゲノム解析の技術発展と無菌動物実験の普及に伴って,腸内細菌叢の構成や役割の解明が進んできた。宿主は腸内細菌叢から様々な恩恵を受けており,腸内細菌叢が乱れdysbiosisの状態になると疾患を引き起こすと考えられるようになった。肥満,糖尿病,炎症性腸疾患,大腸癌,肝癌,関節リウマチ,多発性硬化症,自閉症スペクトラム障害といった多彩な疾患が,腸内細菌叢のdysbiosisと関連があると報告されている2)。このように,腸内細菌叢とホストであるヒトは互恵関係のなかで共生してきたと言える。

 細菌と免疫系の関連ということで言えば,細菌と宿主(ヒト)の細胞を結ぶ最も重要な分子はToll様受容体(Toll-like receptor;TLR)であろう。TLR1から10までの10種類のTLRは,それぞれ微生物の種々の構造を認識してシグナルを細胞内に伝達する。TLR2は細菌細胞壁中のペプチドグリカンを認識し,TLR4は細胞壁中のリポ多糖(lipopolysaccharide;LPS),TLR5では鞭毛の構成物質であるフラジェリン,TLR9は細菌の非メチル化オリゴDNAであるCpGオリゴヌクレオチドを認識する。白血球上のこれらのTLRは,病原細菌の侵入をそれぞれの構造物を認識することで感知し,細胞内下流の転写因子NFκBの活性化を介して多種の炎症性サイトカインを発現する。炎症が起こるところに獲得免疫が誘導され,細菌への防御がなされるわけである。TLRは広く白血球以外の細胞にも発現が見つかっており,病原菌に対する防御のみならず,粘膜上皮のバリアやリンパ組織の成長など,普段からも重要な役割を担っていることが想定されている。平時に100兆を超す数で存在する腸内細菌叢は,その代謝産物により宿主の恒常性維持に一役買っており,TLRからのシグナルは細菌叢と宿主の細胞をつなぐ一端を担っていると考えられている3)

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 ヒトの腸内常在菌の構成は極めて個人差が大きいために,腸内常在菌が棲む場である大腸はヒトの臓器のなかで最も種類の多い疾患が発症する場とされている。腸内常在菌を構成している細菌が直接腸管壁に働き,消化管の構造・機能に影響し,宿主の栄養,薬効,生理機能,老化,発がん,免疫,感染などに極めて大きな影響を及ぼすことになる。腸内常在菌が産生した腐敗産物(アンモニア,硫化水素,アミン,フェノール,インドールなど),細菌毒素,発がん物質(ニトロソ化合物など),二次胆汁酸などの有害物質は腸管自体に直接障害を与え,発がんや様々な大腸疾患を発症すると共に,一部は吸収され長い間には宿主の各種内臓に障害を与え,発がん,肥満,糖尿病,肝臓障害,自己免疫病,免疫能の低下などの原因になるであろうと考えられている。

 更に,腸内常在菌は年齢や性別,生活習慣による個人差が極めて大きい。腸内常在菌は食物の消化・吸収だけでなく,免疫系や神経系の働きとも密接にかかわっているため,こうした個人差から有用な情報が得られれば,健康維持の手がかりとなる。

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 ヒトの消化管には無数の微生物が常在し,宿主と平和的な共生関係を形成している。特に腸内には細菌,真菌,ウイルスなど実に様々な微生物が共存している。これらの微生物は,宿主に対して短鎖脂肪酸やビタミンKに代表される栄養素を合成,供給するのみならず,病原性細菌に対して生活環境(ニッチ)の占拠や抗菌物質の産生による感染防御機能を有している1)。更に近年,腸内細菌が宿主の腸管ならびに全身免疫システムの構築に深く関与している事実が次々に明らかとなっている2)。特に,IgA抗体産生やヘルパーT細胞の分化・増殖に腸内細菌は深くかかわっている2)。このように,腸内細菌叢は宿主にとって基本的に有用な存在であるが,ときとして有害となるケースもある。例えば,抗生物質の投与などで腸内細菌叢の恒常性が破綻する,いわゆるdysbiosisになると,日和見感染や炎症性腸疾患,アレルギー疾患,肥満や糖尿病に代表される代謝疾患など,宿主の様々な疾患の引き金となる2,3)。そのため,腸内細菌叢の恒常性制御機構を明らかにすることは,医学的,生物学的に極めて重要な課題である。

 これまで,腸管上皮細胞や免疫細胞は粘液や抗菌物質,抗体などを産生することで,腸内細菌を管腔内へ封じ込めているとされてきた。また,これらの宿主免疫因子は,更に腸内細菌の恒常性を制御している。例えばIgA抗体が欠失したAID欠損マウスでは,セグメント細菌(segmented filamentous bacteria;SFB)が異常増殖することが報告されている4)。これらの免疫因子にくわえて,腸管上皮細胞はその細胞表面に多数の糖鎖構造を有しており,それらの糖鎖を介して腸管微生物と相互作用することが知られている。なかでも,糖鎖の末端に付加されるα1, 2-フコースは,腸内細菌だけでなく病原性細菌やウイルスとも相互作用し,腸管の恒常性維持に深く関与している5)。本稿では,腸管上皮細胞が発現するα1, 2-フコースに着目し,その誘導機構や機能,微生物との相互作用を紹介することで,腸管における微生物と宿主の相互作用について,その有用性と今後の課題について議論してみたい。

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 近年の網羅的核酸解析技術の発達により,個人のゲノム情報解読のみならず腸管,口腔や皮膚といった組織に常在する細菌叢の解析が急速に進んだ。それに伴い,自己免疫疾患や代謝疾患,高次脳機能などの様々な疾患とゲノム,腸内細菌叢の関係が明らかになってきており,糞便移植やプロバイオティクス療法など,腸内細菌叢の人為的変容を目的とした新規治療法の開発が世界的に進められている。

 一方,個体レベルの多様な腸内細菌叢がどのように形成され,維持されるかという課題に関しては不明な点が多い。本稿では,腸内細菌がいつ,どこからどのようにわれわれの腸管に生着するのか,という疑問に応えるべく,最新の知見を交えて紹介する。また,腸内細菌叢の選択に関与すると考えられる新生児腸管免疫システムを紹介し,更に新生児の重篤な腸炎である壊死性腸炎と腸内細菌の関連についても紹介する。

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 腸内細菌と健康/疾病の関連性を研究するにあたり,長年,菌種構成を調べるアプローチが盛んに行われてきた。菌叢解析は,選択培地を駆使した培養法ののち,1990年代後半から16S rRNA遺伝子をターゲットに,フラグメント解析を中心とした網羅的解析が主流になり,2000年代後半からは次世代型DNAシーケンサー(next generation sequencer;NGS)を用いたメタゲノム解析へと変遷し,世界中で多くの研究成果が発表されている。

 一方,腸内細菌由来代謝産物も重要なファクターであることは言うまでもない。機器分析技術の進展により,より広範囲の低分子代謝産物を網羅的に解析するメタボロミクスが可能になり,筆者らはキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)メタボロミクスによって,腸内菌叢の影響を受ける代謝産物を世界に先駆け検出した1)。また,代謝産物のなかでも生理活性が高いポリアミンに着目し,腸内細菌の代謝をコントロールして腸内ポリアミン濃度を高める技術開発を行ってきた2)。筆者はこの過程で,培養法からNGSまでのほとんどの菌叢解析方法を経験し,その長所・短所,成果・課題を自分なりに認識し,腸内菌叢解析から腸内菌叢由来代謝産物にターゲットをシフトさせて研究を進めてきた。本稿では,筆者が実施してきた研究成果を中心に紹介しながら,本特集テーマである腸内菌叢研究の影(課題)についても述べたい。

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 Carl R Woeseらによるアーキア(Archaea:古細菌)の発見1)以降,アーキア,バクテリア,真核生物の三者関係に関する熱い議論が続いている。rRNAや保存性の高い機能遺伝子を対象とした系統解析,更に,培養株のゲノム上の複製,転写,翻訳,修復,細胞分裂などにかかわる“真核生物型”遺伝子の分布は,真核生物はバクテリアよりアーキアに近いことを示すが2,3),真核生物の起源に関する議論の終結には至っていない(図1)。ところが,近年,シーケンス技術と情報解析技術の進歩により,真核生物固有とされてきた機能に関する遺伝子が海洋や地下環境の環境ゲノム解析によって未培養系統群アーキアから続々と発見され,この情況が変わりつつある。

 進化研究や微生物生態研究はもちろん,腸内細菌の解析など,医療分野まで広く普及した微生物多様性解析,そして環境ゲノム解析であるが,歴史を紐解けば,WoeseらのrRNAを指標とした生物分類の試み以降,1980年代より培養を経ない微生物生態系の解析手法として発展してきた。なかでも,米国の海洋微生物生態学者の果たした役割は非常に大きい。本稿では,海洋微生物研究において発展した微生物多様性解析・環境ゲノム解析の歴史を紹介すると共に,海洋・地下環境に生息するアーキアの環境ゲノム解析に基づく真核生物の起源に関する新しい知見を紹介する。

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 環境中の微生物はそのほとんどが難培養性であり,微生物が有する未知の遺伝子情報は,生物界におけるダークマターとたとえられている1)。次世代シーケンサーの登場によってメタゲノム解析が広く行われるようになり,難培養微生物の遺伝子情報を網羅的に取得することが可能となった。メタゲノム解析では,多量の遺伝子断片情報から微生物叢の全体組成を明らかにすることや,特定の遺伝子配列を探索することができる。しかし,断片化した遺伝子情報から微生物個々のゲノムを完全に再構築することは困難である。「どの微生物がどの遺伝子を保有しているか」,「どの微生物が宿主や環境中にとって有用または不利益な働きを担っているのか」といった問いに答えを導くには,微生物個々のゲノム情報を1細胞レベルで詳細に解読するシングルセルゲノミクスが必要となる。

 近年では,微生物1細胞が持つ微量なゲノム情報を増幅し,配列解析するための様々な手法が提案されており,シングルセルゲノミクスが実現されつつある。本稿では,近年のシングルセルゲノミクスの研究事例を紹介すると共に,現状の手法における問題点とその解決に向けた新しい技術開発について,筆者らの研究成果を含めて報告する。

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 細菌の最初の完全ゲノムが解読されてから,既に20年以上が経過した1)。また,最初の大規模メタゲノム解析の論文が出版されてから,10年以上が経過した2)。新型シーケンサーの開発および普及により,既に細菌のゲノム・メタゲノムデータは公共の塩基配列データベース中に膨大な量が存在する。本稿では,ゲノム解析やメタゲノム解析の結果として明らかになった,細菌のゲノム進化と細菌群集のダイナミクスについて概説する。

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 土壌細菌叢の構造と機能の時間的変動性は,土壌機能の多様性と恒常性を支える基盤であるものの,そのメカニズムは現在も多くが謎に包まれたままである。筆者らは人工的に汚染した閉鎖系土壌の経時的メタゲノム解析を行った結果,土壌メタゲノムのロバスト性を示す幾つかの知見を得ることができた。本稿では,これらの知見と共に,土壌メタゲノム解析が持つ可能性と難しさを紹介する。

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 ヒトの消化管,皮膚,鼻腔,口腔,泌尿生殖器といった様々な部位に合計100兆細胞の常在菌と言われる細菌がおり,ヒトの健康と密接に関係している。特に大腸には多種多様で多くの細菌が存在しており,常在細菌叢を形成している。細菌の働きによって未消化の食事が短鎖脂肪酸やビタミンなど栄養素へと代謝されて,ヒトのエネルギー源として利用されている。また,腸管の細胞を刺激することで,ヒト免疫細胞の分化や成熟化にもかかわってヒトの恒常性保持に影響している。一方で,腸内細菌叢の構造の変化は,肥満,糖尿病などの生活習慣病をはじめ,炎症性腸疾患,がん,アレルギー,アテローム性動脈硬化症,多発性硬化症,自閉症など様々な疾患と関係していることも報告されつつある。しかし,ヒト常在細菌叢は,現在の技術ではいまだ多くの培養困難な細菌がおり,個別に培養して,その特徴や機能特性を解析する手段では網羅的に解析することは難しい。このため,細菌叢の全体の構造や機能を調べる手段として,培養を介さず検体から直接細菌叢由来のゲノムDNAを取得して,網羅的にシークエンシングを行うメタゲノム解析が用いられている。

 メタゲノム解析には大量の塩基配列データが必要になるが,2005年以降に従来のサンガー法を使用したキャピラリー式シークエンサーとは根本的に異なる原理で,安価で迅速に大量の塩基配列データ取得が可能な次世代シークエンサー(next generation sequencer;NGS)が開発されてきている。2005年にロシュ・ダイアグノスティックス社の454が登場し,それ以降もイルミナ社HiSeq,MiSeq,NovaSeqや,ライフテクノロジーズ社(現サーモフィッシャーサイエンティフィック社)Ion PGM,Ion Protonなどが実用化されている。これらは非常に膨大な量の塩基配列を高速に読み取ることが可能であり,従来のキャピラリー型シークエンサーと比較して,数千〜数万倍の解析能力を持つ。また,技術の改良も早く,各社とも半年から1年おきに試薬の改良や装置,ソフトウェアのバージョンアップなどが行われている。NGSの共通する特徴として,短いリードでサンプルを大量に超並列処理するところにある。また,それを可能とするために従来のサンガー法ではなく,メーカー各社が独自のシークエンス反応技術を採用してハイスループット化を実現している。NGS技術を用いることにより,ヒト常在細菌叢のメタゲノム解析は大きく進捗しつつある。本稿では,メタゲノム解析によるヒト腸内常在細菌叢の解析について解説する。

連載講座 生命科学を拓く新しい実験動物モデル-12

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 霊長類の実験動物は,様々な疾患に対する新規治療法,新薬開発における前臨床研究モデルとして用いられている。霊長類は,特に生理学的,解剖学的にヒトに似ていることから,新規に開発された治療法・新薬の臨床における有効性,安全性を確保する最後の砦だとも言える。特に,精神・神経疾患は,齧歯類ではヒトの病態を再現することが困難な場合もあり,霊長類の実験動物の需要が高い。なかでもコモンマーモセットは,ヒトに似た生物学的特徴を持ちつつ,実験動物に適した特徴を持つユニークな動物である。そこで本稿では,コモンマーモセットの神経研究モデルとしての可能性について紹介する。

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 1細胞トランスクリプトーム解析は,生体を構成する細胞集団に属する細胞の全遺伝子発現量を1細胞ごとに定量する技術である。1細胞トランスクリプトーム解析を行うことで,細胞集団の遺伝子発現量を,平均でなく分布として捉えることや,集団内の希少な亜集団の発見,細胞種比率の同定なども可能である。本稿では,この技術の高出力化と自動化の最前線を解説する。加えて,これらデータ解析の自動化について,仮想計算機技術を用いた新しい試みを紹介する。

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財団だより

財団だより

次号予告

お知らせ

あとがき 松田 道行
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 学生の頃,細菌学に対しては古色蒼然としたイメージしか持つことができず,まったく勉強する意欲がわかなかった。今は高名なK教授とともに助教授室に呼び出されて,口頭試問でかろうじて落第を逃れたのは懐かしい思い出である。しかし振り返りみれば,分子生物学黎明期のDNA組替え技術,最近では遺伝子編集技術や光遺伝学などの新技術を生み出し,さまざまな概念のパラダイムシフトを誘導してきたのは細菌学研究である。一方,本特集にみるように,次世代シーケンサーの登場により始まったメタゲノム解析は,純粋培養という細菌学研究ではMUSTと思われていた研究ステップを省略することを可能とした。もちろん,ゲノム情報から細菌の本質に迫るには細菌培養は必要ではあろうが,従来の純粋培養では研究が立ち行かないことも明らかである。細菌学に限らず,研究の潮流は多様性と相互作用の理解へ向かっている。ひとつの細胞,ひとつの遺伝子,あるいはひとつの病原体で説明できるような現象はほぼ出尽くして,異なる種類の細胞・細菌集団の構成因子間の相互作用が,どのように最終的アウトプットを決めるのかを解明することがこれからの研究の方向性であることは本特集を見ても明らかだ。皮肉なことに,医学生物学の多くの研究分野が単一分子の解析から多様性の理解へと舵をきる中,人間社会では“多様性の排除”がトレンドになりつつあるのは嘆かわしいことだと思う。

基本情報

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生体の科学
68巻2号 (2017年4月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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