公衆衛生 56巻5号 (1992年5月)

特集 健康な住宅

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◆はじめに

 昨今,地球環境問題が指摘され,人類の運命と地球環境の関係が盛んに議論されている.事実,人類は生態系の中にあり,地球環境と運命を共にするものであるが,地球環境という聞こえのよい言葉だけが一人歩きし,人類は死滅しても地球環境だけは残ったということにならないように,しっかりと人間側からの視点も確保する必要があると考えられる.

 厚生省では,地球環境も身近な生活環境からという視点から環境衛生の問題に取り組んでいる.なかでも住宅においては,個々の人間を直接的に取り巻く室内環境をはじめとして,水の問題,廃棄物の問題など,地球環境にかかわるあらゆる問題はもとより小地球と呼んでもよいほどの人間とその「健康」にかかわる要素が含まれている.このようなことから,ここでは,厚生省が現在進めている健康リビング推進対策事業について紹介するとともに,環境衛生と健康の問題とりわけ住宅と健康の問題を,今後の公衆衛生にとっても重要な視点を提供するものとしてとらえてみたい.

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◆なぜ室内環境が問題となっているか

 窓を閉め,石油ファンヒーターに点火する.心地よい暖かさと平行するかのように,デジタルCO2計の数値がぐんぐん上がっていく.ガスコンロに火をつけ炊事を始める.COの数値も上がり始めた.しばらくするとCO2の数値は4,000ppm付近を,COは10ppm付近をウロウロしはじめた.湿度を確認する.60%近くにある.換気をするためガラス戸を20cmほど開けた.ひんやりとした冷気が入ってくる気がする.しかし,CO2の数値は思ったほど下がらない.5分間開けて,やっと2,500ppm程度になった.

 近年,日本の住宅は快適な温熱環境を確保できるようになった.高断熱,高気密化のおかげである.この傾向はさらに進むものと考えられる.省エネルギーの面からもそれは必要なことだ だが,この高気密化が一方では住む人に不健康を生じさせている.仕事に疲れた身体を休ませるための,また家族が安らかに団欒するための場である住宅において,知らず知らずのうちに不健康が生じている.不健康を生じさせるもの,それは室内換気量の減少による室内空気汚染の問題であり,ホコリが堆積し湿気がこもることによるダニ・カビの発生問題である.

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◆はじめに

 土地高騰に端を発した住宅問題が,自治体に住宅基本条例を誕生させようとしている.平成4年3月,東京都は条例(案)を議会に提案した.東京都23区では,平成2年3月世田谷区が制定したのを初めとし,中央区,港区,新宿区,品川区,板橋区,6区が条例を制定した.各自治体が住宅に取り組み始めている今,保健所がどのように住宅に取り組んできたか,また,将来はどうかかわるのかについて,対物保健サービス部門の担当者の一人として考えてみたい.

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◆はじめに

 私たちが生活している環境は,近年著しく変化してきている.都市部におけるほどその変化は顕著になっている.農耕地や山野が宅地や用地に変わり,道路の整備や下水道の普及が進み,そのような環境で発生していた生物が少なくなって来ている.たとえば,日本脳炎を媒介する水田のような広い水域で多発するコガタアカイエカが減少するにつれ,患者の発生が誠少している.このような家の外の環境の変化と,住居自体の建築構造の変化にも著しいものがある.従来の開放型の住宅から密閉型住宅への移行に表れている.さらに最近では,省エネの必要性から高気密,高断熱の住宅の開発が思考されている.このような人の生活する内,外の環境の変化に加え,核家族,共稼ぎ家族の増加にもみられるように,人そのものの生活スタイルも変わってきていると思われる.

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◆はじめに

 この原稿を依頼されて,医学に関係のない筆者は,公衆衛生という立場から住まいのことを論ずることは出来ないので,大変迷ったのだが,建築家として,今日の住まいの実情を公衆衛生の専門家に知っておいて頂くことは有意義なことだと思い,ここに敢えて筆を取った.

 さて“住まいと健康”の関係は,誰でも,夜は自分の家で寝るということを考えれば,少なくとも人生の3分の1を住まいの中で暮らしていることになるから,これだけを見ても,住まいの環境が人の健康に何らかの影響を与えていることは明らかであろう.

 こんなことから,では,どんな環境が好ましいのか? といった疑問も当然わいてくる.また,一寸違った見方をすれば,人の命に影響のある現象としては,あまり注目されてはいないのだが,日常の生活の中で,不注意から事故を起こし,死亡または怪我をするといった“住まいの安全”の問題も見逃せない.

 1948年,WHOは健康の定義として「健康とは肉体的,精神的,そして社会的に完全に良好な状態であり,単に疾病や虚弱さがないだけではない」としている.こうなると,住まいも健康のために一役を担っていることになる.快適な,生きる意欲のでる家造りを目指す必要がある.

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◆はじめに

 住居は家族団欒の場であり,一日の疲れを癒す場でもある.このため,静かな環境が望まれる.藤本1)は,住民の「居住環境に対する満足度」には住宅の広さや間取り,日当たり等の住宅性能だけでなく,住宅周辺の音環境も大きく関係していると述べている.ところが近年の住居内外をとりまく音環境は,従来からの自動車騒音等に加えて,各種家庭用機器や音響機器等の普及により騒音が増大し,悪化している.また,最近は都市化の進展,生活の多様化,さらには近隣間のコミュニケーション不足等を背景として,一般家庭から発生するいわゆる生活騒音が問題となってきている.この生活騒音は,個人の日常生活活動に伴って発生するため,法律や条例等で一律に規制するのは困難である.したがって,この問題は基本的には地域社会のなかで,お互いがルールを守りながら自主的に解決していくしかないと考えられる.このため,国や地方自治体においては各種の生活騒音防止の啓発事業等が行われているが,福岡県でも平成元年度から「生活騒音対策モデル事業」を実施している.

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◆コミュニティ住宅とは何か

 今日のアメリカにおいて,CDC(Community-based Development Corporation)による“コミュニティ住宅”は着実な成長を遂げ,低所得層への住宅供給を新しい方法で発展させている.このCDCは,非課税資格をもつノン・プロフィットの法人組織で,低所得層の特定のコミュニティに基礎を置き,住宅供給を中心に多角的活動を展開している.それは,人種問題・貧困問題へのプロテスト活動,教会関連活動,コミュニティ活動などにルーツをもち,1960年代に徐々に成長しはじめ,近年に至って飛躍的発展を実現した.今日のコミュニティ住宅は決して“少数事例”ではなく,むしろ低所得層への住宅供給の主要な方法であり,荒廃したコミュニティを再生する広範な実績を示している.

 CDCによるプロジェクトのきわだった特性は,住宅を単純に供給するのではなく,そこに保健・医療,雇用,福祉などの一連の社会サービスを組み合わせていく点にある.アメリカのコミュニティには,住宅供給を扱うCDCだけでなく,社会サービスの問題をターゲットに据えるノン・プロフィット組織が多様に発達している.

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●生活環境からの自然放射線

 物体を構成する原子は原子核と電子から構成され,一般には安定に存在するのであるが,一部不安定で自然に崩壊している物もある.不安定原子が安定化する課程において放射線が放出される.ベクレルはウラン化合物から放射能を見つけた.また,キュリー夫妻により放射性物質であるポロニウムやラジウムが発見された.中にはトリウムのように系統的に崩壊を繰り返し,容易に安定化出来ない物もある.これら自然に存在する不安定元素からの自然放射線に,生物は常に被曝しているのである.

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●はじめに

 大都市では小規模事業所の就業者の割合が多い区市町村ほど,全死因および脳血管疾患標準化死亡比が高くなっていることが報告されている1).東京23特別区においても,「30人未満事業所雇用者の割合」が多いほど,標準化死亡比は,高い傾向にある2)

 一方,東京都民の健康診査の受診行動調査で,一般勤労者をさらに従業員規模別にみると,従業員50人以上の事業所に勤務する者の一般健康診査受診者は極めて高く,未受診者は8%に過ぎないが,従業員10人未満の事業所に勤務する者の未受診率は46%に達し,自営業者の未受診率をも上回っている3)

 このような状況にある小規模事業所従業者の健康問題は,単に労働衛生上の施策にとどまることなく地域全体の健康水準を改善するために,地域のなかで最も問題の多いこれらの人々の健康水準を引き上げることが大切という地域保健の観点をもって取り組むべきことが強調されている4)

 東京都中野区も,このような視点から区内4カ所の保健所,保健相談所において,「小規模企業勤労者健診」(従業員20人以下の事業所に働く人)および.「受託健診」(従業員21人以上50人未満の事業所に働く人)を実施している.

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●緒 言

 高血圧は心血管系疾患の主要な危険因子である.また呼吸機能も肺および心臓疾患の発症や,種々の死亡に関連している1).このため青年期以降の成人病の第一次予防として,地域や職域において様々な活動が行われている.運動に関する諸活動もその一つである2)

 わが国の学校教育の中で,特に中学校,高等学校では活発なクラブ活動がなされている.このことは将来における適度で,かつ継続的な運動習慣への重要な動機付けの一つとしてもとらえられるであろう.

 本研究では,この青少年期の運動の実施状況をとらえ,それを現在の身体状況との関連の中で検討した.すなわち青少年期の運動の影響を,現在の血圧値および呼吸機能という指標で評価した.このことにより,健康増進活動としての青少年期の運動実施の意義を検討した.

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 一般住民に対して行われている老人保健法に基づく検診において,糖尿病スクリーニングに用いられる検査法としては,尿糖,早朝空腹時血糖値などがよく知られている.一方,我々が実施している住民検診は,通常,午前,午後を通して実施することが多く空腹時血糖値がいつも得られるわけではなく,変動の大きな食後血糖で代用せざるを得ないことも多い.これらの検査法も含め,糖尿病スクリーニングに用いる検査法として,何が一番効果的であるかは未だ結論は得られていない現状である.

 今回,我々は,尿糖,随時血糖値,フルクトサミン(以下FAと略す)の各検査項目について検討を加え,効果的な糖尿病スクリーニングのための基礎的な若干の知見を得たので報告する.

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●はじめに

 わが国の平均寿命は1989年には男76歳,女82歳と世界最長寿国となり,21世紀には国民の4人に1人が65歳以上になるといわれている1)

 高齢化社会の進展とともに寝たきり老人,老人性痴呆症など,解決しなければならないさまざまな問題が発生してきている.

 こうした社会情勢にあっては,とりわけ老化メカニズム(人はなぜ老いるのか)の解明の研究,高齢者特有の疾病の原因解明と予防・診断・治療の研究,さらには高齢者の社会的・心理的問題の研究など,長寿社会に関する幅広い分野を総合的・学際的に研究する学問である「長寿科学」2)の研究をよりいっそう推進していかなければならない.筆者らは,これを効果的に推進するためには,これまでにわが国で行われてきた長寿科学研究の動向について知っておく必要があると考えた.そこで長寿科学研究の動向を把握するための基礎資料とする目的で,数多い学会のうちでも長寿科学関連の論文が多く発表されていると考えられる日本老年医学会を選び,この学会における学会発表および原著論文の内容の経年変化について検討した.

現代の環境問題・25

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1.はじめに

 アスベストが広く一般に用いられるようになったのは,前世紀末の工業化時代になってからで,大量使用に伴って多数の労働者がアスベスト粉塵を吸入して石綿肺などの職業病になった.1935年に,初めてアスベスト労働者の肺癌例が報告されたがまだ一部の研究者に注目されたに過ぎなかった.戦後,さらに生産と消費が伸び各国の労働者に肺癌の発生が目立ち始め,1960年には南ア共和国でアスベストによる胸膜と腹膜の悪性中皮腫が発見された.アスベストが発癌物質であることが徐々に明らかにされると,「一本のアスベストが人を殺す」といった極端な恐怖感が,1970〜80年にかけて欧米で広がっていた.こうして,アスベスト労働者の労働衛生問題は,一般環境のいわゆる低濃度のアスベスト曝露による発癌の危険性にも大きな注意が向けられるようになり,アスベストの大気汚染問題へと広がった.

 わが国でも,狭い国で大量にアスベストを消費していることから,欧米よりも高い濃度のアスベストが一般環境中に浮遊しているのではないかと懸念されていた1)。環境庁は1982年頃から実態調査を始め,1984年に一般環境中に浮遊しているアスベストの調査結果を報告した2)

進展する地域医師会の公衆衛生活動 学童・生徒の心臓検診に取り組む宮崎市郡医師会・2

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 心臓検診の実施に当たっては検診の実施,予算,行政との交渉など様々な問題があった.だが,これらの問題も年を経るとともに徐々に解決されていった.

 宮崎市郡医師会の児童を対象とした心臓検診は昭和47年に4校,48年に6校と対象校を広げ,49年度には一挙に市郡内のすべての小学校,32校を対象に実施されるに至った.この間,毎年実施計画書を市長や教育長に提出し,予算要望書も毎年提出していた.昭和48年度の委託料は100万円だったという.

エスキュレピウスの杖

(25)官僚の本質・2 麦谷 眞里
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1.エスキュレピウスの杖・番外編

 この,「エスキュレピウスの杖」は,24回で一応終了するはずだった.ところが,前回,あまりにも尻切れトンボだったので編集部よりお叱りを受けた.ここで,ちょっと弁解させていただくと,「官僚の本質」という原稿は,ケース・スタデイを中心にして,いずれどこかで新書にでもしてもらおうと思って構想していたものである.したがって,そのさわりだけを連載の最終回にコンパクトに提供するつもりだった.ところが,頭の中にある長いストーリーを切れ切れに紡いでいくものだから,ちょうど映画をスライドで観るような形になってしまった.今,改めて読み返してみると,確かに尻切れトンボである.これは,私の頭の中では終わっていないからにほかならない.そこで,編集部の要請に答えて,なんとか,もう少し形を整えてから最終回とすることにした.

保健婦活動—こころに残るこの1例

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 A氏(78歳)は,パーキンソン病.生活力,介護能力に乏しい妻との二人暮らし.働き者で,入院する日まで畑仕事をしていた.退院4カ月後,民生委員からの連絡により訪問した.A氏は,30Wの消された電球からクモの巣がぶら下がり,尿の臭いが鼻をつく雑然とした部屋の中で,汚れて茶色になった布団にくの字になって寝ていた.表情は硬く,声をかけても短い返事のみ.排泄時と食事の時に坐る程度で,親戚や近所づきあいもなく,孤立した状態であったが,A氏夫婦はこの生活に疑問をもっていなかった.私は,“このまま放置すれば,生きる気力もなくして寝たきりになってしまうのではないか”との思いと,今後の関わりに戸惑いと焦りを感じた.

 10日後,訪問健康診査を実施し,保健婦だけでは抱えきれないケースと判断.民生委員会での事例検討や医師,保健・福祉の関係者との話し合いで,不潔,悪臭への対応,理解力に乏しい妻への働きかけ,ヘルパーの派遣拒否などについて検討をした.しかし,A氏夫婦の受け入れが難しいということで,結論はでなかった.

発言あり

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「埼玉公衆衛生世界サミットに出席して」

 1991年9月,WHOと埼玉県が.主催して埼玉公衆衛生世界サミットが開催され,出席する機会を得た.「公衆衛生と経済発展」をテーマに,健康と経済発展の相関,変貌する環境の中における公衆衛生の役割,多元化する保健セクターにおける公衆衛生および21世紀における公衆衛生のシナリオについて,熱心な討議が行われ,21世紀に向けて新たな公衆衛生活動の展開を目指した埼玉宣言が採択された.

 現往,世界の政治形態が変革し,経済システム全般にわたって,国際化,統合化が加速され,新しい世界秩序構築がすすめられている中で,昨年の湾岸戦争や,ソ連邦解体などに伴う政治的混乱が,世界経済の不透明さを一層助長している.このような状況は,プライマリ・ヘルス・ケアの実践活動に際して各国の保健医療費の動向にも影響を及ぼし,保健医療システム内部における費用負担と資源配分をめぐって,種々の問題が生じてきている。

公衆衛生人国記

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はじめに

 「和歌山医学」に掲載された優秀な論文に対し,基礎医学,臨床医学に関するものそれぞれ1篇ずつに和歌山医学会から年に一度の総会の場で贈られる二つの賞がある.前者は古武賞であり,後者は青洲賞である.和歌山を代表する偉大な先達の名誉にちなんだものである.この二人にふれないではすまされない.

 古武弥四郎は昭和20年,和歌山県立医学専門学校が創設されるにあたり,初代校長として迎えられた.まもなく和歌山市は大空襲にあい,市内の大半は一夜にして廃虚と化した際,附属病院再建に没頭,戦後の苦しい県財政の中にあって着々と整備充実を図り,また大学昇格についても全力を傾けた.昭和23年,大学昇格とともに初代学長となった.発表された論文は広く内外に引用され,研究者として優れていたことはもちろんだが,謹厳清廉な人で「医学は古来仁術といわれる.医師は人道博愛の精神に生きねばならぬ.技術,学識がいかに優秀でも,人格がそなわらねば立派な医師にはなれない」と,常に学生や門下の者に説き,和歌山県立医科大学では常に「古武の説いた原点に戻れ」といわれるほどに大きな影響を与えた人物である.

基本情報

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公衆衛生
56巻5号 (1992年5月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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