麻酔 72巻7号 (2023年7月発行)

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巻頭言

わが国の麻酔科の進むべき方向性山蔭　道明 72巻7号 , 2023年7月 , pp.611-611

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特集　安全管理におけるノンテクニカルスキルの重要性：航空業界と麻酔医療

緒言とまとめ：安全な手術室業務実施のためのノンテクニカルスキル習得トレーニング磯野　史朗 72巻7号 , 2023年7月 , pp.612-615

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　『麻酔』第72巻第7号では，航空業界，医療におけるノンテクニカルスキルが特集されている。航空機運航の安全性確保には，テクニカルスキルに加えてノンテクニカルスキルの重要性が広く認識され，航空機運航会社の業務・労務管理に組み込まれているようである^1）2）。一方，特に手術室業務に関わるすべての医療従事者がノンテクニカルスキルを身につけることの必要性は，手術室医療業務の特性^3）4），多職種連携^5）の観点からも同様に強く求められている。医療の世界では，テクニカルスキルを向上させる組織体制や個々のトレーニング方法はほぼ確立されているように感じるが，ノンテクニカルスキルに関しては，評価方法の開発はされてはいる^3）が，組織的な運用に関しては残念ながら非常に初歩的な段階，あるいはスタートすらしていないといわざるをえない。学会での議論や教育も十分とはいえない。日本航空　運航訓練部の豊田氏^1）2）は，航空業界の取り組みは，他業種でも可能で安全性が重視されるべき医療業界でも導入すべきであると論じている。木山氏^4）は，手術室麻酔業務と航空機安全運航の類似性からもその必要性とメリットを指摘している。本特集論文は，管理者的な立場である麻酔科医だけではなく，すべての麻酔科医，手術室で仕事をするチームメンバーが理解し実践すべき必読の内容である。

航空業界の安全性向上の歴史：何が貢献したか？何が達成されていないか？豊田　隆一 72巻7号 , 2023年7月 , pp.616-626

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はじめに

　国際航空運送協会（International Air Transport Association：IATA）の安全報告書によると，2017年から2021年の世界のジェット旅客機の死亡事故発生率は，100万フライトあたり約0.1件という水準である。この水準は，航空業界の先人から続く安全のための取り組みの賜物といえる。ジェット旅客機による航空輸送が始まって約70年経つが，黎明期のジェット旅客機の事故発生率は，現在と比較して桁違いに高かった。当時の事故原因は，プロペラ機からジェット機に移行したパイロットの知識や操縦技術の不足や，航空機の耐久性や信頼性の低さなどの技術的な要因であった。したがって当時の安全の取り組みは “技術的な改善” に向けられ，これによって1970年代にかけて事故率は大幅に減少していった。

　1970年代からの安全の取り組みは，“ヒューマンエラー” に向けられるようになった。このころの航空事故を分析すると，多くの事故においてパイロットのヒューマンエラーが要因として関与していることが明らかになってきたからである。その後，ヒューマンエラーに対処するためのパイロットへのトレーニングを実施したり，さまざまな安全装備や安全施策を導入したりするなどの組織的な取り組みにより事故率はさらに減少した。

　そして，今日のパイロットへのトレーニングは “予想外の事態への対処” に向けられるようになっている。航空機やその航行を支援するシステムの高度な自動化により，航行の信頼性が高まるとともにパイロットのワークロードが軽減され，安全性はさらに高まっている。しかし，自動化されているがゆえに，ごくまれに発生する予想外の航空機の事態において，パイロットが状況の認識を喪失し，対処を誤り事故に至るというケースが注目されるようになったためである。

　航空会社のパイロットのトレーニングは各国の法規に従い実施されており，その法規は国際民間航空機関（International Civil Aviation Organization：ICAO）の世界基準に基づいている。時代とともに変化する安全のための課題に対し，パイロットのトレーニングの世界基準も変化してきている。本論文では，航空輸送の黎明期から2010年前後にかけての世界のパイロットのトレーニングの変遷とその概要，そして，2000年代になって認識された新たな課題について解説する。

安全のためのパイロットのコンピテンシーの導入とノンテクニカルスキル豊田　隆一 72巻7号 , 2023年7月 , pp.627-639

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はじめに

　ジェット旅客機による輸送は1950年代に始まった。黎明期から1960年代までの安全上の課題は “技術的な改善” で，航空機の信頼性や耐久性の向上，航空機の航行を支援するシステムの進歩，パイロットのトレーニング機材の進化などにより，1970年ごろまでに事故率が大幅に減少した。

　技術的な改善による事故率の減少に伴い，事故の主要因として注目されてきたのがパイロットの “ヒューマンエラー” である。このため1960年代から1970年代にかけては，ヒューマンエラーが発生する過程を理解するために，“ヒューマンパフォーマンス（human performance）” が注目されるようになった。また運航関係者には，ヒューマンパフォーマンスに影響する “ヒューマンファクターズ（human factors）” に関する知識を持ち，その原則を安全施策に適用していくことが求められるようになった。

　1980年代には，ヒューマンファクターズに関連するパイロットへのトレーニングとして，“クルーリソースマネジメント（crew resource management：CRM）” が導入され世界的に広がった。その後，CRMの手法は世界中でさまざまな試みがなされ進化していった。例えば，“パイロットに必要な操縦以外のスキルであるCRMスキル（ノンテクニカルスキル）の整理” “テクニカルとノンテクニカルの統合” “CRMに関する行動の手順化” などである。しかし，CRMが進化するにつれて，“ヒューマンエラーの対処” というCRM本来の目的が失われるという現実に直面した。

　1990年代中頃には，CRM本来の目的であった “パイロットのヒューマンエラーへの対策” に立ち返った理論である “スレット・アンド・エラーマネジメント（threat and error management：TEM）” が体系化された。そして，2006年にICAO Annex（附属書）が改正され，TEMは世界中のパイロットのライセンスやトレーニングの必須要件となった。

　2000年代になって，旧態依然としたパイロットのトレーニングの見直しの必要性の気運が世界的に高まり，国際民間航空機関（International Civil Aviation Organization：ICAO）や国際航空運送協会（International Air Transport Association：IATA）をはじめ世界各国のトレーニング関係者が参画し，現代のパイロットにあるべき新しいトレーニングを検討し開発した。そして2010年代になり，“コンピテンシーベーストトレーニング・アンド・アセスメント（competency-based training and assessment：CBTA）” というライセンスとトレーニングの新しい制度が世界的に導入された。

　本論文では，トレーニングにおけるコンピテンシーの導入と，コンピテンシーの要素であるノンテクニカルスキルについて紹介し，パイロット以外の業種・職種への応用のヒントを紹介する。

医療安全におけるノンテクニカルスキル重視の歴史と現状相馬　孝博 72巻7号 , 2023年7月 , pp.640-649

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はじめに

　患者安全（patient safety）という概念は，1985年に設立された米国の麻酔患者安全財団（The Anesthesia Patient Safety Foundation：APSF）によって提示されたことから始まり，航空分野など高リスク産業の成果を取り入れられつつ発展してきた。米国国防総省（Department of Defense：DoD）と医療の質研究庁（Agency for Healthcare Research and Quality：AHRQ）により開発された，チーム訓練法のTeamSTEPPS^®も，すでに四半世紀以上の歴史を持ち，世界中に展開されている。本論文では，ノンテクニカルスキルが臨床現場でどのように応用されうるかの現状を概観する。

麻酔医療におけるノンテクニカルスキル重視の歴史と現状木山　秀哉 72巻7号 , 2023年7月 , pp.650-661

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はじめに

　ある航空気象の本に，優秀なパイロットとは “その優れた技量を必要とする状況に陥らないパイロット”（傍点著者）であると書かれている^1）。気管支ファイバースコープの操作に熟達しているけれども，それを使った緊急挿管を要する場面には遭遇しない麻酔科医と喩えてもよい。彼らが危機的状況に遭わないのは単なる幸運か，それとも回避する秘策を持っているのだろうか？ “優れた技量を要しない” ということは，裏返せば “手技” とは質を異にするスキルの存在を意味する。到達不能と思えるような気管にチューブを挿入し，体内最深部の末梢神経近傍にピンポイントで局所麻酔薬を注入する，細い動脈にカテーテルを入れるなど，麻酔科医は手技に自らの存在意義（raison d’être）を見い出し，技量向上，維持に努めている。“技量” として見えやすい “テクニカルスキル” の対極が “ノンテクニカルスキル” である。その臨床的意義は過去20年間，いくつもの事故を経て徐々に認識されつつある。しかし麻酔科医よりも遥かに早く，その重要性に気づいたのは航空業界である。

多職種連携による麻酔科診療の安全性の向上を目指して宮坂　清之 , 長坂　安子 72巻7号 , 2023年7月 , pp.662-672

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はじめに

　麻酔はその昔，外科学から派生した。そして時代とともに大きく発展し，教育体制の拡充やより安全な薬物や機器の開発とともに患者の “命の預け先” として重宝される診療科へと成長した。麻酔科は現在，病院の中央診療部門として周術期と，より長期にわたる周麻酔期の診療を多職種で協働する診療体制の中核として，その診療範囲を展開している。

　日本麻酔科学会が推進する “周術期管理チーム”^1）（2007年に提唱，2014年より順次認定制度を開始）など，周術期の多職種連携が公に動き始めたのは比較的最近の出来事である。このことにより，麻酔診療分野で多職種による協働が実現し，麻酔診療が充実しただけでなく，診療内容と勤務時間の両方の側面より医師への過剰な負担が軽減された。連携体制により麻酔科医師が本来の麻酔業務にいっそう専念できるようになることから，麻酔科の内部だけでなく，病院を挙げて推進する方向に進んできた。その一方で，医師以外の診療の担い手に業務がタスクシフト・タスクシェアされるため，医師が経る6年間の医学教育や研修・経験を除外した診療体制が起こりうる危険性をはらんでいることの指摘もある。われわれが忘れてはならないのは，医師法において医業は医師のみに許されていること，また医師以外の職種が医師の指示のもとに診療の補助として医行為を代行する際に医療の質を落としてはならないことであり，個々の医療従事者の良心や責任を超え国全体の方針として現場レベルでのきめ細やかな取り決めやルールの策定が求められている。その礎となるのが，患者の安全を守るという大前提であることはいうまでもない。

　本論文では，麻酔科領域における安全な職種間連携のモデルが何であるかを討議し，さらに踏み込んで周麻酔期のチームを主導する立場にある麻酔科専門医に求められるコミュニケーションなどノンテクニカルスキルの要素について紐解いてみたい。

症例集積研究

専門施設におけるCOVID-19患者の概要と治療経過：1-7波を通じて小田　裕 , 島田　素子 , 白石　訓 , 後藤　哲志 , 倉井　修 72巻7号 , 2023年7月 , pp.673-680

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要旨

　当病院で治療を行ったコロナウイルス感染症患者2,215名について検討した。症例は男女ほぼ同数で，年齢の中央値は68歳，入院時の重症度は軽症，中等症Ⅰ，中等症Ⅱ，重症がそれぞれ34％，42％，22％，2％であった。89％は改善後に退院したが，6％は呼吸状態が増悪，4％は死亡した。増悪因子として，高齢，男性，糖尿病の合併，入院時のリンパ球減少，乳酸脱水素酵素，C反応性タンパクの上昇が示唆された。

小児の脊椎手術中に生じた運動誘発電位（motor evoked potential：MEP）消失に先行する急激な血圧上昇に関する研究仁田畑　和紀 , 泉　薫 , 石川　真理子 , 住吉　理絵子 , 水野　圭一郎 72巻7号 , 2023年7月 , pp.681-687

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要旨

　小児の脊椎手術中に運動誘発電位（motor evoked potential：MEP）消失を認めた7症例において，先行する急激な血圧上昇（abrupt blood pressure elevation：ABPE）の有無，ABPEからMEP消失を覚知するまでの時間，術後運動麻痺の有無などを検討した。7症例中6症例で先行するABPE〔収縮期血圧（systolic blood pressure：SBP）30mmHg以上〕を認め，6症例のABPEの平均値は41.9±16.1mmHgであった。ABPEからMEP消失覚知までの時間が長い患者で重度の運動麻痺が残存する傾向があった。脊椎手術中のABPEを認めた場合，脊髄障害発生を疑い速やかにMEP測定を行うことで早期発見・早期治療につながる可能性が示唆された。

症例報告

気腫性膀胱炎による膀胱破裂から偽性腎不全を呈した1症例大井　智香子 , 堀　泰雄 , 西田　宙夢 , 今村　圭祐 , 八木　真実 72巻7号 , 2023年7月 , pp.688-691

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要旨

　意識障害を認めた69歳の男性に，著明な炎症反応の上昇と急性腎不全，高カリウム血症，異常高血糖，腹腔内と膀胱壁内に遊離ガスを認めた。緊急手術となり，膀胱破裂であった。腎機能低下は，膀胱破裂による偽性腎不全であった。膀胱破裂においては，偽性腎不全の可能性を念頭に置くべきである。

術後悪性高熱症を疑い悪性高熱症関連遺伝子検査を施行した1症例小西　華子 , 高木　治 72巻7号 , 2023年7月 , pp.692-695

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要旨

　全身麻酔終了後に悪性高熱症様症状を呈した患者に対しダントロレン投与などの治療が奏効した。臨床所見から術後劇症型悪性高熱症と診断した。青年期に頻回に熱中症を発症していた既往がのちに判明した。悪性高熱症関連遺伝子検査を施行したが既報の悪性高熱症原因遺伝子には変異を認めず，悪性高熱症素因は確定できなかった。

全身麻酔下脳血管内治療後の抗凝固療法中にPONVによりマロリー・ワイス症候群から出血性ショックに至った1症例平島　梨容子 , 梅垣　岳志 , 岡本　真季 , 上村　文了 , 上林　卓彦 72巻7号 , 2023年7月 , pp.696-699

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要旨

　67歳の女性。右内頸動脈瘤に対して，セボフルランを使用し全身麻酔下で脳血管内手術を施行した。術後，抗凝固療法が開始されたが，その後，複数回の嘔吐からマロリー・ワイス症候群を発症し，出血性ショックに至った。抗凝固療法中のマロリー・ワイス症候群は重篤な状態に至る可能性があり，術後悪心・嘔吐（PONV）の予防と対策を十分に行う必要がある。

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目次 72巻7号 , 2023年7月

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英文目次 72巻7号 , 2023年7月

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外国文献紹介 72巻7号 , 2023年7月 , pp.700-701

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投稿規定 72巻7号 , 2023年7月 , pp.702-707

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ニュース 72巻7号 , 2023年7月 , pp.708-708

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奥付 72巻7号 , 2023年7月 , pp.709-709

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定期購読申込みシート 72巻7号 , 2023年7月

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基本情報

麻酔
72巻7号
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電子版ISSN：印刷版ISSN：0021-4892 克誠堂出版

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