Brain and Nerve 脳と神経 57巻11号 (2005年11月)

特集 ジストニア update

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はじめに

―ジストニアの疫学に関する問題―

 ジストニアの疫学に関する報告はそのほとんどが海外からの報告であり,日本の報告はほとんどない75,83)。そのため,これまで報告されている傾向や頻度が必ずしも日本人における実情と一致しない可能性があることに注意する必要がある。ジストニアの頻度は性や年齢構成,文化的背景などによっても影響を受ける可能性があり,同じ人種間であっても調査対象とする地域や人口構成などによってもその頻度が異なる可能性がある。調査の方法が病院調査や患者記録調査の場合では,受診しない患者や別の診断を受けてそのままとなっている患者を把握することはできず,全体として過小評価となる可能性がある。調査対象診療科についても,神経内科だけでなく,神経小児科などを含むかどうかによっても精度が変わる。また,訪問調査などの場合には地域を網羅できる可能性がある反面,診断に不確実さがでる可能性がある。われわれが1993年と2004年,鳥取県西部において疫学調査を行った結果83,127)では,患者数の増加を認めた。1993年にはA型ボツリヌス毒素製剤が保険適応認可されておらず,1997年に国内で認可され,その後から医療機関を受診する患者が増加し,患者把握が容易になったため患者数が増加したものと考えられた。このようにその時期・地域における治療薬の認可状況の影響も大きいと考えられる。

 ジストニアの調査においてもう1つ重要な問題としては,ジストニアの診断についての問題がある。これまでジストニア調査においてはFahnによる診断分類26,28)が多く用いられるが,これを含めて検証された臨床的診断基準がなく,それぞれの医師の経験によって得られたジストニアの認識によって診断に差異が生じている69)。そのため1/3~2/3のジストニア患者がジストニアと診断されていない,あるいはジストニアとは異なった疾患として診断されている可能性が指摘されている17)。ジストニアはここ数十年でようやく明らかになってきた疾患であることに加えて,ジストニアは症候群であって単一疾患を指すものではないことからその診断には困難を伴う。ジストニアの症状がすべて出現するまでに長い期間を要し,さらに軽症患者については簡単な診察では診断がつかず頻回に慎重な診察による診断が必要とされる。このような問題点がジストニアの疫学研究全般に関して指摘されており留意する必要がある17)

 昨年,厚生労働省精神・神経疾患研究委託費15公-2「ジストニアの疫学,診断,治療法に関する総合的研究」班において日本神経学会専門医を対象としてジストニアに関する全国調査が行われた。その結果に関する途中経過報告では,平成15年度においてジストニア患者を診察していないと回答した専門医が31.8%に上ることが報告された128)。これは,ジストニア患者を本当に診察していないのか,あるいはジストニアと認識していないのかが問題となる。疫学のさらなる精度向上のためには診断基準(指針)とその正しい運用が必要になる。

 ジストニアの疫学についてはこのような問題点に留意して検討を行う必要がある。

2.ジストニアの遺伝研究 田宮 元
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はじめに

 ジストニアを遺伝学的な見方から大まかに分類すると,はっきりした遺伝性を示すタイプと,一見すると遺伝性を示さないタイプに大別される。前者を遺伝性ジストニア,後者を孤発性ジストニアと呼び,その正確な割合は不明であるが,おおよそ5%程度が遺伝性ジストニアであるという指摘がある1)。この遺伝性タイプと孤発性タイプの原因がどう異なっているのか,いまだ解答は得られておらず,したがって両者の区分も実際のところはそれほど明確なものではない。おそらく遺伝性の判別が比較的容易であった(特に発症年齢の若い)タイプのジストニアから順に,慎重な臨床医たちによって抽出され,定義され,操作的に遺伝性ジストニアというカテゴリーが確立されてきたというのが実情であろう。このことは,いまだ見い出されていないタイプの遺伝性ジストニアが存在する可能性を示唆するものである。特に,発症年齢が高いなどの理由によって遺伝性がはっきりせず,孤発性として分類されているものがあると予想される。いずれにしろ,遺伝性ジストニアとして,これまでDYT1からDYT15まで15個の遺伝子座が知られている。1980年代から1990年代にかけてヒト遺伝地図などが構築され2),このようなメンデル遺伝性疾患の原因遺伝子を同定することが可能になった。1990年代以降のDNA分析技術の大幅な向上によって,2000年にはついにヒトゲノムの全配列がほぼ解読され3),このようなヒト遺伝性疾患の原因遺伝子同定を推し進める原動力となった。ジストニアでは15の遺伝子座のうち,連鎖解析が行われていないDYT2と連鎖が確定できなかったDYT4を除く13遺伝子座について,原因遺伝子の存在する染色体領域が決定されている。また,そのうちのDYT1のTORSINA遺伝子,DYT5のGCH1遺伝子,DYT11のイプシロン・サルコグリカン遺伝子の3つについては,原因遺伝子であることが確定されている。また,最近になって,DYT12の原因遺伝子としてATP1A3遺伝子が確定されている。さらには,筆者らのグループによって,DYT3の原因遺伝子がTAF1であることが確定された。以下に,各遺伝子座について現状を紹介し,その後に,全体を俯瞰することで,遺伝性ならびに孤発性ジストニアの遺伝研究の今後について考察する。

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はじめに

 ジストニアは症候群であり,その原因疾患は多種多様である(表1および文献20参照)。原発性(特発性)と二次性(症候性)(表2)に大別され様々の病態でジストニアが生じるが14,20),その発現には線条体(とくに被殻)を中核とする基底核神経回路(basal ganglia circuit)の機能異常が関与すると一般に考えられている105,106)。このことは,大脳基底核出力核である淡蒼球内節を標的とした定位脳手術がジストニアを改善し得る34)ことからも支持される。本稿では,特徴的な基底核病変を有する変性疾患の病理像を紹介し,ジストニアの発生メカニズムを機能解剖学的側面から考察する。

4.ジストニアの病態生理 村瀬 永子
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はじめに

 ジストニアとは,持続的な筋緊張により起こる,異常な反復性あるいは捻転性の運動,あるいは異常な姿勢をきたす運動異常症の総称である。基礎疾患が明らかでない特発性のものと,基礎疾患から二次性に生じる症候性のものが存在する。症候性ジストニアの研究から,病変部位は基底核や視床と考えられた。その後電気生理学や画像所見の多岐にわたる知見から,一次感覚運動野や非一次運動関連領域,脊髄・脳幹を含む広範囲な機能異常が指摘された。これらを統合的に理解するためには,基底核や視床を中心とした運動系ループの概念が必要である。しかし,定位脳手術の術中記録から得られた結果は,従来の運動系ループで提唱される,直接路・間接路における興奮・抑制のpush-pullだけでは説明できない点も多い。ジストニアにみられる動作特異性や常動性,感覚運動連関を説明するには,運動系ループのさらに複雑な調節システムを解明していく必要がある。本稿ではまずジストニアの症状と特徴を概説し,次に電気生理学的および神経画像の知見から各系統での異常を解説し,最後に運動系ループを通した全体的理解を提示する。

5.ジストニアの治療 目崎 高広
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はじめに

 ジストニアはかつて「難治の病態」と考えられた。心因性疾患であるとする誤解が長年続き,さまざまな精神療法が行われた時代もあるが,欧米では1970年代後半以降,機能性神経疾患であるとの認識が一般的になっている。近年は治療法が急速に進歩しており,病型によっては容易に治療できる病態へとジストニアは変貌しつつある。それゆえに正しく診断することの重要性はますます増しているといえる。

 本稿では,ジストニアの治療の現状について,新しい知見をふまえて解説する。

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要旨 健常人において,腓腹神経への電気刺激は,脊髄反射と考えられる短潜時にて同側前脛骨筋に抑制,長腓骨筋には促通反応を誘発する。本研究では,脳血管障害による片麻痺患者19例において,腓腹神経刺激による上記の反応を健常人と比較検討した。被験者が持続的足背屈,あるいは底屈運動中に,腓腹神経を足関節外果直下で0.5 msの矩形波にて3あるいは5連発(250 Hz)の電気刺激をした。刺激をトリガーとして表面電極により記録された筋電図を整流し,100~200回の平均加算を行った。麻痺側の前脛骨筋では抑制,促通,無反応の3つの結果が得られたが,非麻痺側では1例を除いて,抑制反応であった。長腓骨筋では麻痺側・非麻痺側とも健常人と同じ,促通反応であった。麻痺側において抑制反応がみられなかった症例の多くはBabinski徴候が陽性であった。麻痺側の前脛骨筋反応の異常は脱抑制による屈筋反射の亢進に加えて,動員順序の遅い運動単位の関与などが考えられた。

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要旨 一過性全健忘(transient global amnesia : TGA)は特徴的な臨床像の一方で,その病因は不明である。われわれはTGAの1例で,発症30時間後のMRI拡散強調画像(diffusion-weighted image : DWI)で側脳室に接する左海馬CA1領域に病変を認めた。同病変は発作9日後のfluid-attenuated inversion recovery(FLAIR)画像でも確認され,遷延性に経過した小梗塞と判断された。7日後に行ったSPECT,PETで側頭葉の血流・代謝の低下が遺残し,合致する所見であった。しかし,支配血管の異常やvascular risk factorを認めず,微小循環障害の原因は不明であった。

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要旨 1963年に生じた三池炭塵爆発事故で一酸化炭素中毒となり視覚性失認を呈した1患者について,事故発生から40年後の神経心理学的な再評価を行った。初期の神経心理学的な症候は,視覚性失認ないし視空間失認が前景にあり,前向性健忘,失読,失書,構成障害,左半側空間無視,精神性注視麻痺を認めた。現在なお残存していた症候は視覚性失認が主であり,付随症状として失書と構成障害を伴っていた。視覚性失認は,実物物品の認知は良好であったが,写真や絵の認知は困難であった。本症例は二次元平面に広がる「絵画的手がかり」が障害された画像失認と考えられた。MRIでは両側の頭頂葉下部から後頭葉にかけての損傷を認め,これが責任病巣と考えられた。

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要旨 発端者は41歳男性。両下肢近位部の筋力低下で発症し,筋萎縮,線維束攣縮が下肢から上肢,呼吸筋,球筋に進行した。深部腱反射は低下し,上位運動ニューロン徴候は認めなかった。髄液蛋白が軽度上昇,神経伝導検査ではM波の振幅低下とF波消失,針筋電図では急性・慢性の脱神経所見を認めた。免疫グロブリン大量静注療法(IVIg),ステロイドパルス療法(MPSL-P)を施行したが反応せず,発症3カ月で人工呼吸器管理となった。発端者の父は右上肢,従姉妹は右下肢から発症し,ともに下位運動ニューロン徴候が急速に進行し,MPSL-P,IVIg,血漿交換が行われたが反応せず,3~4カ月で人工呼吸器管理となった。常染色体優性遺伝形式の筋萎縮性側索硬化症(ALS)が疑われたが,Cu/Zn superoxide dismutase(SOD1)遺伝子の変異は認められなかった。本家系はSOD1以外の変異による家族性ALSの可能性が高いと考えられた。

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症例呈示

 症例 死亡時76歳,女性

 主訴 性格変化,歩行障害

 既往歴 20歳:肋膜炎。38歳:胆石症手術。65歳:両膝関節症,両白内障

 現病歴 元来,穏やかな性格であったが,63歳時,忘れっぽくなったことに周囲が気づいた。65歳時,顔の表情がなくなり笑わなくなった。さらに,怒りっぽくなった。また,宴会の時にビールを1本の瓶に集め寿司を全員に配るなど奇妙なことをするようになった。66歳時,小刻み歩行,階段昇降が困難になった。近医でAlzheimer病または脳血管障害性パーキンソン症候群と診断されL-dopa/benserazide合剤(マドパー(R))100mgを処方されたところ,歩行障害は軽快した。68歳時,近所の公園にも行かれなくなり,精査目的に1995年9月7日,順天堂大学脳神経内科入院となった。

 入院時所見 一般理学的所見に異常なし。

 神経学的所見 意識は清明で,長谷川式痴呆スケールは29点であった。病識なく,感情の起伏が激しかった。高次大脳機能は正常であった。脳神経系では嗅覚低下があった。視野は正常。眼球運動では両側上転のみ軽度障害がみられた他は正常であった。対光反射正常。顔面感覚や顔面筋力は正常であった。仮面様顔貌がみられた。聴力低下や軟口蓋偏移,舌偏倚はなかった。運動系では歩行は正常で筋力低下はなかったが後方突進現象がみられた。筋緊張は正常で,腱反射も正常範囲であった。不随意運動はなかった。感覚系や自律神経系には異常はみられなかった。

 WAIS:言語性IQ 115,入院時検査所見:血算,生化学;正常,脳波;左前・中側頭にδwave散発。

 入院後経過 入院生活では異常行動および反社会的行動は認めなかった。入院後,L-dopa/benserazide合剤を中止としたが,小刻み歩行は認めず,パーキンソン症状の悪化もなく同年9月22日退院となった。

 退院後経過 69歳時には妄想がみられ,振戦も出現し,立位保持不可となった。また,両側把握反射も認められた。70歳時,介護困難となり長期療養型病院に入院した。入院時は動作緩慢強く,歩行は介助が必要であった。発語は徐々に低下。71歳時には無動性無言,両上下肢屈曲拘縮の状態となった。74歳時には胃瘻造設および気管切開術を施行された。75歳時,2002年12月,強制泣きおよび四肢体幹の固縮著明となった。76歳時,突然,無呼吸頻回となり酸素投与にて経過観察したが,翌日死亡された。全経過13年。

基本情報

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Brain and Nerve 脳と神経
57巻11号 (2005年11月)
電子版ISSN:2185-405X 印刷版ISSN:0006-8969 医学書院

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