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はじめに
前回までに,手指(fingers)のPIP関節とMCP関節の動きの環境を整える治療訓練(徒手的治療法)を,その理論的な背景も含め紹介,説明してきた.今回からは,母指(thumb)について話を進めていく.
母指は,指(digits)の中でも機能解剖学的に独特な役割をもち,他の手指とは異なった親分的な存在感を示している.そして,この独特な存在感をもつ母指は,他の手指とも深くかかわりながら,把握動作の基盤である対立運動の中心的な役割を司っている.そして,皆さんも,日々その機能を存分に活用していると思われる.
一方,日常生活の中では意識せず使っている手の“支持機能”を陰で支えているのも,この母指の作用(橈側外転)であることも確かである.手の“支持機能”において母指が担う基本的な役割は静的なもの(橈側外転位保持)であり,この際,母指は手部を平坦化するべく肢位保持される.この手部の平坦化での静的動作の中には,われわれが日々何も考えることなく繰り返し行っている立ち上がり動作に伴うものも多い.すなわち,手のひらを開き平らにしつつ,床やテーブルに手をつくことで,身体を支え,安全に,そして楽に立ち上がることが可能となる.そして,この支持する手にかかる負荷に対し,手部は多少変化し,対応している.この手部の平坦化は,多少手部の弯曲を残すことによって,類似したさまざまな静的な作用(動作)を可能としている.
以上のように母指は,把持動作として対立運動(動的作用)と,非把持動作として手部の平坦化(静的作用)という2つの役割(機能)をもっている.これらの機能解剖学的な支えは,母指の運動学的な基盤である大菱形骨と第1中手骨から成る第1CM関節である.であるから,母指の機能的な再構築は,この第1CM関節の再構築といっても過言ではない.
第1CM関節は,典型的な2軸性関節の鞍関節であり,運動面は2つ(外転・内転面,屈曲・伸展面)ある.このうち外転・内転面が手掌面に対して45度ほどの傾斜角をもっていることは,皆さんも確認できることと思う.そこで,CM関節の運動面を心にとどめながら,母指の動きの環境をどのようにして整えていくか話を進めていく.今回は,臨床場面で若いセラピストが悩みがちな「手部の平坦化」と「対立運動の確保」について,症例を通して,治療訓練の方法やその理論的な背景を説明していきたい.
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