- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
- サイト内被引用
“なぜ,侵襲下の栄養療法が未完なのか”,この論題について考察を進めるうえで起点となるのは,侵襲下の栄養療法は本質的に合目的性に立脚する生体システムへの介入であり,そのシステムを攪乱する危険性を内包している,という事実である。実は,従来の栄養療法が,侵襲下においても生体のエネルギー消費量を外因性にすべて供給する,とした基本概念を採用してきたために,必然的に“過剰エネルギー投与overfeeding”として作用し,“栄養ストレスnutritional stress”と“glucose toxicity”による有害事象を惹起する結果となり,特に重症患者に対しては,栄養療法がその効果を損なうどころか逆効果になりかねない危険性をもはらんでいた。それ故,歴史的に,侵襲下の栄養療法は混迷の道程を歩んできた経緯がある。
例えば,重症患者に対する栄養療法として,経腸栄養enteral nutrition(EN)の優位性と完全静脈栄養total parenteral nutrition(TPN)の有害性をめぐる一大論争(TPN vs. EN)が,1980年代後半から沸き起こり,数多くの物議を醸しだしたすえに,2006年頃までに終結した1)。ところが,2009年には,欧州静脈経腸栄養学会(ESPEN*1)によるガイドライン2)と,米国集中治療学会(SCCM*2)および米国静脈経腸栄養学会(ASPEN*3)によるガイドライン3)が,重症患者*4の急性期において,EN単独では栄養投与量が不足する場合の補助的なTPNの位置づけに関して,相反する見解を提示した。これにより,この問題が再び世界を二分する新たな論争に発展しつつある4)。
文頭にチャレンジングな最重要課題を提示したが,現在もなお,侵襲が加わった生体において至適エネルギー投与量を算定することは,厳密な意味において不可能な状況にある。その理由は,侵襲下のエネルギー基質動態を鑑みれば自ずと理解されるものである。本来,栄養療法の立案に際しては,第一にエネルギー投与量が決定され,次いで三大栄養素(糖質・タンパク・脂質)の適切な配分,さらにタンパク・脂質の組成やビタミン・微量金属の投与量に関する検討が行われることが合理的な手順であるが,基軸となるべき至適エネルギー投与量が決定できないために,栄養療法の最適化はこの第一段階で頓挫してしまうことになる。極論すれば,侵襲が加わった生体に対しては,最適化された栄養療法を実施することは事実上不能であり,したがって栄養療法は未完と言わざるを得ない。
では,この現状において,侵襲下の患者に対して,この未完の栄養療法を治療戦略の中にどのように組み込んで活用していくべきであろうか。その最適解は,現時点でエビデンスが確立されてない部分は自らの論理的思考により補完して,理論的な栄養療法を実践することである。栄養療法の本質と限界を知らずして,その効果を最大限に引き出す発想を得ることはできない。侵襲急性期において栄養療法の効果を最大限に発揮させるためには,先述の,overfeedingの危険性とその代謝性有害事象を熟知しておかなければならない。
近年,重症患者を対象にした栄養療法ガイドライン2,3,5)では侵襲下のoverfeedingに対して警鐘が必ず鳴らされるようになったものの,定義自体が曖昧なままであり,その本態も体系化されていない。そこで本稿では,侵襲下の栄養療法を観照するうえで基本となるエネルギー基質動態を概説したのちに,overfeedingの本態およびその代謝性有害事象を論説し,次いで栄養療法の本質と限界を掘り下げ,達成し得る効果を論証する手順をとることにする。加えて,先に事例として指摘した2つの大論争の遠因と近因を,栄養療法の本質,効果と限界の観点から分析することにより,論点の一層の明瞭化をはかることにする。
Copyright © 2011, MEDICAL SCIENCES INTERNATIONAL, LTD. All rights reserved.