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仮病の歴史はおそらく,医学の歴史の起源にまでさかのぼることができる。古代ギリシャの医学者ガレノス(129?-200?)はすでに,喀血や痛み,狂気などが,しばしば仮病の口実に使われると指摘しながら,腹痛だといって集会での発言を断る演説家(会議の終了後には痛みは治まっていたそうだ)や,刺激物を自らの手で膝に押し当てて,炎症による痛みを訴える奴隷の例を詳述しているという1)。医者であれば誰もが日常的に仮病に遭遇するのだと,フランスの法医学者ガブリエル・トゥルド(Gabriel Tourdes, 1810-1900)は,1881年刊行の医学辞典(「仮病(simulation)」の項目)で訴える。「健康な人間が病気のふりをするだけではない。〔中略〕病人自身もしばしば,苦痛を大げさに言ったり,少なめに言ったり,原因を隠したり,結果を言わなかったりしがちなのである」2)。こうした「仮病」を見極めるのもまた,医師の仕事である。実際,中世から発刊されてきたいくつもの医学的な「仮病」論が扱っていたのは,いかにして「患者」の偽りを見極めるかという問題であった。
このような「仮病」の見極めには,時としてあまり穏やかでない方法が用いられることもあった。1830年の『公共衛生・法医学年報』が伝えるのは,言語障害を疑われたひとりの放浪者のケースである3)。医師たちは,この男が仮病かどうかを見極めるために,焼きごてを用いることに決めた。男はそれを知ると,手足を震わせながら,「ああ! 駄目,駄目,先生,痛すぎる」と,片言で恐怖を訴えたという。その姿が医師たちにより「きわめて自然な恐怖」であると判断されたことで,仮病の疑いはようやく晴れたのである。
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