連載 医学のエコーグラフィー・6
「美容整形」
橋本 一径
pp.1004-1005
発行日 2009年10月10日
Published Date 2009/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686101604
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明治29(1896)年刊行の『中外医事新報』第396号には,「眼瞼成形小技」と題された記事が掲載されている1)。著者は沼津復明館の眼科医,美甘光太郎。美甘がここで紹介するのは,一重まぶたを縫合することにより,人工的に二重まぶたにする手術の方法である。美甘は自らが開発したこの技術を,「妙齢ノ婦人」たちに十数回試み,一度として失敗することなく,患者たちからの「意外ノ感謝」に接することになったと得意気である。
美甘のこの記事は,知られている限りでは,日本において美容整形技術を論じたもっとも早い例である2)。同様の技術を扱った論考がこの次に現れるのは,およそ30年先の1920年代末だったというから,美甘の記事はさしたる反響を呼ぶこともなく忘れ去られてしまったようだが,逆に言えばそれだけ彼の議論が先見性に富むものだったということなのかもしれない。美甘は一重まぶたが「容貌ノミナラズ視野ニ妨害アリ」だとして,二重まぶたの手術が単に容姿のみに関わるものではないと断わってはいるものの,記事の終盤では,「人生ノ花タル傾国妙齢ノ美人」の色艶を,この手術によってさらに磨きあげるべきだと力説しているところからすると,やはり美的な関心のほうが中心を占めていたと考えてよさそうである。
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