連載 医学のエコーグラフィー・10
「聴診」
橋本 一径
pp.168-169
発行日 2010年2月10日
Published Date 2010/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686101686
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ボストンの医師ジョン・ディックス・フィッシャー(John Dix Fisher, 1797-1850)が,頭部に異常を持った2歳半の男児を診察したのは,1832年7月のことである。生まれたときから虚弱だったというこの男児の頭は,水腫によって異常な大きさに膨れ上がっていた。視力や聴力には問題がないようだったが,いまだに一言も言葉を発することができずにいた。フィッシャーがこの男児の頭に耳を当てて音を聞いてみようと思い立ったのは,単なる気まぐれの好奇心であったわけではない。1820年代にパリに滞在して,聴診器の発明者ラエネクから直接の指導を受けていた彼は,アメリカにおいてこの最新の診察器具を積極的に導入した,第一人者として知られていたからである。実際,翌1833年の7月には,2階から落下して頭を打ったという別の女児に対して,フィッシャーは耳ではなく聴診器を当てて,頭の音を聞いてみようとしている。そのときに彼の耳に入ってきたのは,「前回のケースと同じような音」,すなわち「ある種の心臓疾患のときに聞こえるものにも似た(…)ヒューヒューという音」1)だったという。幸いにしてこの二人の子どもはやがて回復したものの,その後も多くの患者の頭部の聴診を重ねたフィッシャーは,亡くなった患者の解剖所見と照らし合わせながら,頭部の音が心臓などから伝わってきたものではなく,脳の動脈の異常に由来するのだと結論づけるに至る2)。
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