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「AED」という表示を,駅の構内や公共施設などで頻繁に目にするようになって久しい。言うまでもなく,自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator)が設置されていることを知らせる案内である。これまでは医療従事者にしか認められていなかったこの装置の使用が,日本では2004年から一般市民にも認められるようになって,急速に普及が進んだのは,周知のとおりだ。装置の普及に比して,それを使いこなすための知識の普及が遅れているように見受けられるのは気にかかるところだが(かくいう筆者も,使いこなせる自信はまったくないことを白状しておかなければならない),この機器のおかげで一人でも多くの命が救われるとすれば,もちろんそれは歓迎すべきことである。
公共の場に設置されて,いざという時にその場に居合わせた人々がそれを用いて救命活動を行なうという器具の原点は,おそらく18世紀末のフランスに遡ることができる。「貯蔵箱(boîte-entrepôt)」というそっけない名前のつけられた救命用具箱が,パリのセーヌ川の両岸の各所に設置され始めたのは,1772年のことだった。この箱を発案し,設置を推進したのが,薬剤師であり,1770年よりパリ市の助役を務めていた,フィリップ=ニコラ・ピア(Philippe-Nicolas Pia,1721-1799)である。箱の中に納められていたのは,樟脳入りの蒸留酒が二瓶,瀉血用の包帯が二巻,鼻やのどをくすぐるための筆,保温用のブランケットなどであったが,とりわけ中心的な役割を占めていたのが,4本のタバコと,その煙を体内に送り込むための器具だった(図)1)。タバコの刺激は気つけの効果があると考えられていたのである。
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