連載 社会思想史の旅・11
マルクス主義の生成
田村 秀夫
1
1中央大学経済学部
pp.37-41
発行日 1969年9月1日
Published Date 1969/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663906230
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マルクスの故郷
ライン河とモーゼル河が合流する地点,コブレンツからリュクサンブールを経てパリに達する汽車に乗ると,モーゼル河畔のぶどう畑の丘をぬいながら2時間半ほどで,リュクサンブールとの国境に近いトリアーに着く。人口約5万のこの都市の歴史は古く,紀元前に遡り,とくにローマ帝国の時代には,コンスタンティヌス大帝もここに居を構えていたことがある。そして中世においては,トリアー大司教が権威をふるった場所であり,カテドラル(大聖堂)にはキリストの「聖衣」といわれるものが安置され,各国からの巡礼を集めている。キリストが十字架にかけられるときにつけていた縫目なしの「聖なる下着」は,コンスタンティヌス大帝の母,聖ヘレナがパレスティナからもたらし,トリアーの大司教に贈ったと伝えられている。この「聖地」を訪れるために,フランクフルトから観光バスの便があるほどの盛況ぶりである。
この都市はフランス革命のさいに,革命軍によって占領され,中世以来のトリアー大司教区の終末が宣言された。フランス領となったため,他のプロシャ諸州にくらべて,新しい自由主義の空気に包まれたが,ナポレオンの没落とともに,プロシャに復帰した。この新旧ふたつの空気の入りまじった時期,1818年5月5日,自由主義的傾向の弁護士ハインリッヒの長男としてカール・マルクス(1818-83)は誕生した。
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