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はじめに
看護学部で使用される「看護理論」のテキストでは、19世紀のナイチンゲール(1820―1920)が最初の看護理論家として登場する。このナイチンゲールの思想は19世紀に突如として現れたのだろうか。医療・医学は古代から連綿と続いており、それに付随して看護に類する行為も並行して行われていたのではないだろうか。
40年ほど前に筆者は日本看護協会看護研修学校で、細菌学者で医学史研究者の川喜田愛郎先生(1909―1996)の講演「医学史からみたナイチンゲール―健康の意味をめぐって」1)を聴き、医学史上の「non-naturals」という概念とナイチンゲールが『看護覚え書き』で主張している内容とが類似していることを初めて知った。「non-naturals」は古代ローマのギリシア人医学者ガレノスの医学思想の重要概念の1つで、今日の衛生学に相当する2)。川喜田先生は、病人を中心とした場合にはケアしかなく、キュアはケアの特殊な形であるととらえている。この視点こそ、筆者が看護職でありながら医学史を研究する糸口となった。また、川喜田先生は、「はじめに病人ありき」であって、学問上の単なる枠組みとしての医学と看護学がそれに先行するものではない。医学も看護学も、患者の治癒という共通の目的に仕える広義の技術学で、近代科学の本性と社会・制度の変貌とが医師と看護師という2つの独立したプロフェッションを生んだのは歴史的な必然であり、それは本質的に1つの技術(アート、テクネー)とみるのが妥当であるとも述べている3)。
広義の医学には看護も含まれると考える。筆者は順天堂大学医史学研究室に約30年在籍するとともに、ナイチンゲール研究学会に20数年所属し、医学史とナイチンゲールの両方を研究してきた。理論の理解にはその源泉となった体験や学問を探究する必要があるが、ナイチンゲールの時代には諸科学が未発達のため、人とケアの歴史、医学史から考える必要がある。
加えて、看護は長い間言語化されず、実践知、暗黙知、経験知で伝えられてきた。ナイチンゲールはドイツで受けた看護の教育、ロンドンの病院やクリミア戦争での看護体験などをもとに、初めて看護を言葉にし、『看護覚え書き』に著した。
本年(2020年)は、ナイチンゲール生誕から200年となる。本稿では、前編・後編の2回にわたって、「看護の創始者」として語られがちなナイチンゲールを、あらためて“医学史”からとらえてみたい。
今回は『看護覚え書き』の序章で論じられている自然の治癒力、自然の治癒力を高める外的条件、健康の法則と看護の法則を、さらに同書の本論より換気、小管理について考察する。なお本稿で取り扱う『看護覚え書き』4)は1859年の初版とし、『ナイチンゲール著作集』(全3巻)*も補足的に活用した。
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