- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
もう,10年近く前のことである。卒業期の学生にOSCE(客観的臨床能力試験)を実施した。OSCEのシナリオは,胃がんの前期高齢者,開腹術後1日目の術後合併症予防をめざし,観察と援助を行うものであった。観察途中,模擬患者さんに「息が苦しい」と訴えてもらい,呼吸器合併症を予測して,必要な観察と援助を評価するのである。患者さんの訴えに,呼吸状態の観察や呼吸音聴取もせずに,ベッドをギャッチアップし,すぐさま「いかがですか」と問う。模擬患者さんには,学生の援助でよくなりそうに思えたら,「少しましになった」と返事をしてもらうように依頼していたので,模擬患者さんは「少し楽です」と答えた。そうしたら,驚いたことに学生は「よかったです」と言って,ギャッチダウンした。その後,その場で,模擬患者と教員評価者と学生の三者で振り返りをしたところ,学生の頭のなかは,呼吸困難→ギャッチアップ,という,まさに短絡的なものであった。胃がんで開腹術後1日目,ということはまったく考慮されていなかった。
看護基礎教育において“看護実践能力”の向上をめざす教育の必要性がいわれて久しくなる。看護実践能力は,図1に示すように,①専門的知識を活用して,②状況を判断し,今何をすべきかを考えて(実践的思考),③専門的技術を活用して行動するものであり,それらはバラバラではなく,看護の場面で,それらが結集しなくてはいけない。看護の対象は1人ひとり違う。既習の知識や理論を活用して,今の患者さんの状況を的確に把握して,状況判断に基づき,今,何をすべきかを考える,という実践的思考力を中核にして,看護場面での経験を積むなかで,看護実践能力が育成できるものと考える。
しかし,看護基礎教育の集大成的意味合いの卒業期のOSCEで,患者さんの状況を的確に把握すること,専門的知識を活用し,状況判断に基づき,今何をすべきかを考えることができない学生がいた。しかも,それは1人や2人ではなかった。患者さんの状況はすっかり置き去りにして,頭の片隅に残っていた知識─呼吸困難時には座位またはファラー位にすると呼吸運動がしやすくなって呼吸が楽になる,このことだけで,行動を起こす学生がいることに,筆者のほうが慌てた。
それ以降,“看護実践能力”に欠かせない“実践的思考力”の育成,ここに課題を見いだし,それ以降,講義,演習,臨地実習のなかで,どうすれば,“実践的思考力”を育成することができるか,を考えてきた。
そして,さまざまな教育方法を試みた。説明中心の一斉講義法では,学生は受け身的で,試験前に知識を詰め込むことできても,知識を活用して考え,主体的に問題解決をする能力を育成することはできないことから,アクティブラーニングも導入した。確かに手応えはあった。さらに,筆者はこのような教育方法の工夫とともに,講義,演習,臨地実習に共通して活用できる教授技法(スキル)の「発問」に着目して,学生の考える力を引き出す効果的な「発問」づくりに取り組んできた。どのような授業形態であっても,どのような教育方法に取り組んでいても,教員の発問のスキルが,学生の考える力を育てることにつながる,という手応えを得ている。なかでも,実践的思考力を育成するために,看護場面を“教材”にして,その状況をどう考えるかについて発問することで,知識を活用して,状況を判断して,さらに,今何をすべきかまで,考えられるように導く,“発問”について,これまで考え,実践してきた。
今回は,実践的思考力を育てる発問について,筆者の経験知を中心に,書き進めてみたい。なお,筆者は“実践的思考力”を“実践的な課題の解決に必要な思考力・問題解決能力”と理解している。
Copyright © 2017, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.