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はじめに
「こういうふうにレシートを渡したら,お客さんに見えやすいでしょ?」と4歳になったばかりの男の子は言った。これは,ロールプレイのなかでの1コマ。ガソリンスタンドでお金を払い終わったお客さん役の8歳の女の子に対して,彼がレシートを渡す場面である。そのとき彼は,レシートを女の子のほうに字が読める向きにして渡し,「ありがとうございました!」と元気よく挨拶をして,自分よりもお姉さんのお客さんを見送った。そして,そのロールプレイを見ていた当時大学生であった私に向かって得意げに冒頭のように話したのである。「すごいね。どうしてわかったの?」と私が尋ねると,彼は「さっきお客さん役をやったときにわかったんだよ」と答えた。そのとき私は,「なるほど,お客さん役をやっていたら気づくものなのだな」と感心した。
このように,ロールプレイによって,役割を演じることによって,次に同じ状況になったときにうまくふるまえるだろうという知識を,多くの人は「素朴概念*」としてもっているのではないだろうか。そのため,ロールプレイは教育場面や臨床場面などで数多く用いられている。たとえば,接客業に新しく入ったアルバイト店員のトレーニングにおいて,店舗に立つ前に先輩アルバイト店員が客役となり,実際に客前に立つ前に,客とのやりとりのコミュニケーションをロールプレイで訓練したり,就職活動中の学生が,ロールプレイを用いて面接の練習をしたりといった具合である。
私の専門は発達心理学であり,子どものこころについて調べているが,何か課題を用いて調査を行う前には,調査者で集まり,ロールプレイを行っている。しかしながら,ロールプレイが本当に効果をもつのか,またどのようなロールプレイが効果的であるのかについては,ロールプレイを用いている人々も,実はわからないまま,あくまで素朴に「効果があるだろう」と感じて,用いているのではないだろうか。または,「自分がロールプレイをしたときにすごく効果的であったから,学生を教育するときにもロールプレイは効果的なはずだ」と確信をもって用いているのかもしれない。
ここでは,心理学研究を紹介しながら,ロールプレイの本質に迫り,教育実践で用いる際の可能性や注意点などを示していく。
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