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はじめに
筆者は1989年から国立療養所(現 国立病院機構病院)に勤務し,多くの神経難病患者の診察をする機会に恵まれた.当時はまだ介護保険も実施されておらず,現在のように訪問看護,ヘルパーの在宅支援などは一切ない状況だった.そのため,在宅療養を行うということは,文字どおり家族が終日患者の介護を行うことにほかならなかった.
在宅療養を行っていくためには,患者本人の病状が安定していることは言うまでもないことだが,介護者の状況にも気を配る必要があると痛感した症例を提示する.患者は,経鼻経管栄養で気管切開をしていた多系統萎縮症の40歳台の女性で,日常生活動作は全介助であった.介護者はタクシー運転手の夫と,短期大学を卒業した次女で,病院で家族への介護方法の指導を行い,スムーズに習得した後に在宅療養を始めた.夫と次女が1日おきに介護分担し,その後1年ほど安定した療養ができていた.ところがある日,次女が突然家出をして在宅療養を継続できなくなり,患者は緊急入院した.その後しばらくして次女は家に戻ったが,「いつまでこの状況が続くのかと思うと不安になった」と,そのときの心境を話してくれた.
そのような経験を経て,筆者は2006年に難病中の難病と言われる筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)に焦点を当て,多職種(医師・看護師・医療ソーシャルワーカー)で構成するALSケアセンターを立ち上げ,ALSの新しい治療薬開発のための臨床治験を実施しつつ,患者・家族のメンタルサポートと“自律”を育む療養支援を目指してきた.その経験から,本稿では神経難病患者の家族にスポットを当てて,必要なサポートについて私見を述べる.
一口に家族へのサポートといってもその援助は多岐にわたる.神経難病に罹患した患者が一家の経済的支柱である場合は,今まで行ってきた仕事を継続できなくなり,家族の経済的基盤が損なわれることもある.また,一家の主婦が罹患した場合は,介護負担ばかりでなく,家族は家事にも追われ,日常生活に多大な影響が出るのは想像に難くない.そのため,家族が神経難病を患うことは,今までの家族生活そのものが成り立たなくなることに等しく,単に介護負担を軽減するため,訪問看護をはじめとする在宅療養サービスを導入したり,医療費の援助を行い,経済的負担の軽減を図るなどの単発的支援では十分ではないといえる.すなわち神経難病患者の診療を通して患者・家族の生活を垣間見て,今後病気の進行に伴い,どのように生活を再構築していくかを患者・家族と一緒に考えていく姿勢が求められる.
筆者がそのような考えをもつようになったきっかけは,元日本ALS協会会長であった故 松本茂氏との出会いだった.30年前,筆者が初めて松本氏の家を訪問したとき,氏はすでに気管切開を受け,人工呼吸器を装着し,全介助の状態で在宅療養を行っていた.発病前,松本氏は大規模な農業を営んでいたが,そのような状態でも農業を続けていた.というよりも農業経営を行っていたというほうが適切であろう.人工呼吸器を搭載した車椅子でリフトカーに乗り込み,自分の農地を見回りに行き,意思伝達装置を駆使して雇った作業員に適切な指示を出し,収益を上げていた.そしてその収益で介護者を雇い,家には多くの人が出入りして,笑いが絶えなかった.松本氏の妻も笑顔でその人々に接しており,通常の家族が抱えたであろう介護と家事で疲れ切っている様子は微塵もなかった.「全介助状態でも精神的に独立した一個人であること」を実践するその姿に,筆者は深い感銘を受けた.
松本氏は自らの著書で,ALS患者の介護の大変さを,夜中の体位交換を例に挙げて患者の目線から書いている1).そのような目線をもっているからこそ,介護を家族に頼るのではなく,他人の介護を受け入れ,多くの人の手を借りたからこそ,長期にわたる在宅療養を継続できたものと思われる.
在宅療養を行っている多数の患者・家族を観察すると,松本氏のように支援者の輪が広がり療養基盤が安定していく人がいる一方,支援者が次第に抜けていき,支援の輪が縮小して療養が困難になっていく人もいる.この差はどこから来るのか,家族と患者の関係の違いに着目すると,家族が患者の代弁者になって患者の要求を支援者に押し付けてくるような場合は支援者が減り,家族が患者を冷静に判断し,時には患者に反省を促すように接する例では支援者が増えていく傾向があるように思われる.このような差が生じるのは病前の患者・家族との関係性も大きいと思われるが,診断当初からの医療チームの介入方法によっても少なからず影響があると思われる.
以下,診断直後から終末期の自己決定・そして死後のグリーフケアに至る介入について解説する.
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