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はじめに
失語症における「維持期」とはいったいどの時点を指すのであろうか.2016年4月現在,臨床現場では急性期,回復期,維持期と発症からの経過月数により機械的に分断されており,発症から6か月程度で失語症が「維持期」に至ったと位置付けられている傾向は否めない.また,多くの病院で回復期病棟入院での訓練のみの実施にとどまり,外来での訓練継続を行えていないという状況が多いようである.これには保険診療の見かけ上の制約や,言語聴覚士の配置の偏り,患者の移動手段の制限,介助者の有無なども関係しているであろう.さらに言語聴覚士を取り巻く環境をみると,「言語療法,高次脳機能障害診療よりも,嚥下トラブル対策のほうが重要,という事情が存在する」1)という報告のとおり,言語聴覚士が失語症臨床よりも嚥下訓練に重きを置かざるを得ない状況になってしまっているようである.このような背景のため,適正な機能回復訓練が継続されれば回復が見込める失語症例に対しても,やむなく訓練を打ち切らざるを得ないケースが多く,「時間をかけて回復が望める」症例が地域に埋もれてしまっている可能性は非常に高い.また,一般的に機能回復よりも機能維持に比重が置かれることが多い「維持期」には,さらなる回復の可能性があったとしても,多くの症例が集中的な機能回復訓練実施をあきらめざるを得ない状況となっている現実も想像される.
失語症の回復についてはこれまでにさまざまな報告があるが,近年は10年以上経過を追った症例報告や,治療中断期間を含む長期経過の報告などが散見されるようになった.
原田ら2)は,重度運動性失語症を呈した若年発症例の発症から11年10か月の経過を追跡し,標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia;SLTA)成績によって言語機能成績の推移を評価している.その結果,発症5年を過ぎた時点でも訓練効果が認められることが明らかとなり,またSLTA成績の経過から,回復は長期にわたることと,言語機能により回復の推移と時期が異なることを示している.森山ら3)は,発症から8か月を経過している発語失行および口腔顔面失行を伴う重度運動失語例に失語症訓練と構音訓練を4年経過時まで実施している.その結果,SLTA経過では表出面の回復は1年を経過したころから始まり4年経過時にも継続していたことから,40歳以上の重度運動失語例であっても,訓練効果は発症後短期間にのみみられるのではなく長期にわたることを報告している.近藤ら4)は,2年3か月の言語治療の後,2年3か月にわたる治療中断期間を経て治療を再開した失語症例の経過を,標準失語症検査の総合評価法得点および下位項目成績の変化から検討している.その結果,発症後7〜27か月時の間に言語理解能力,発症後28〜55か月時に音読を中心とした表出能力,発症後56〜70か月時に文字想起能力を中心に機能回復が生じていたことから,① 言語機能の回復には,言語機能様式により順序性が存在する可能性があること,② 言語治療が中断されても,外的言語刺激の受容によって言語機能が回復する可能性があること,③ 書字能力の回復には,日常生活を上回る外的な文字言語刺激が必要である可能性があることを報告している.
このように,高次脳機能障害中でも階層性が非常に複雑であると考えられる失語症の訓練においては,時間経過のみを軸にせず,機能の回復・低下を含め,長期にわたって変化しうる失語症状そのものに着目するべきである.この観点でみると,むしろいわゆる「回復期」を脱した後の「維持期」こそが,失語症例にとっては本来の意味で「回復期」に該当すること,そしてその期間は複数年単位での「長期」であることは,現場で活躍する多くの臨床家がおそらく感覚的に気づいているのではないかと考える.
本報告では,これまでの筆者らの研究報告を中心に,① 失語症の回復について,② 失語症の機能低下について,③ 維持期における外来言語療法の意義について,という観点からの検討結果を報告する.
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