巻頭言
心疾患のリハビリテーション
新谷 博一
1
1昭和大学医学部第三内科
pp.249
発行日 1985年4月10日
Published Date 1985/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552105356
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私が心疾患,とくに心筋梗塞のリハビリテーション(以下リハ)に興味をもち始めたのは,昭和34,5年のことであった.昭和34年夏,まじめで,診断についてはかなりの認識があると思われた臨床家から,約10カ月間も絶対安静をさせられている心筋梗塞例について,某誌の質疑応答欄で質疑を受け,いろいろと感じさせられることが多かった.さらに翌35年,心筋梗塞患者の病後指導について原稿を依頼され,必要にせまられ,文献を集めて少々勉強する機会をもち,心筋梗塞のリハについて認識を新たにした.
これより前の昭和31年日本内科学会の狭心症のシンポジウムで,故木村登教授がMasterの2段階を使用した積極的運動負荷療法について,画期的な御発表をされた.当時の私の率直な感じでは,何だかおそろしいような,不安な,懐疑的な感じが強かったが,今日からみて卓見というべきである.昭和35年頃から東大の小林太刀夫教授とその御一門が心臓病のリハ,無線テレメータ心電図などを発表されるようになり,それにも刺激されて,心筋梗塞患者の入院中のリハを日常臨床のうちに少しずつ導入するように心がけた.昭和37年雑誌「内科」の社会復帰の特集で,心筋梗塞の社会復帰を担当し,予後とリハについて不十分ながらも総説し,乏しい経験を述べた.当時,私どもは運動負荷心電図の判定基準の問題も検討していたが,その面から無線テレメータ心電図の研究にも入った.これはリハの方にも応用し,単なる運動負荷ばかりでなく,入浴中(浴槽中)の心電図の記録にも成功するようになったのが,昭和38年のことであった.
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