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はじめに
セックスカウンセリングは作業療法士本来の役割ではない.したがって,本論に入る前に筆者が1人の作業療法士として保健における性教育にいかに興味を持ち,それに関わるようになったかを簡単にふり返ってみる必要があるように思われる.
1960年代,筆者は,リハビリテーション医学における作業療法のうち主として心理社会面を教えていた.中でも筆者が特に力点をおいた分野は脊髄損傷患者のためのリハビリテーションのプログラム化であった.当時,性に関する問題は,むしろ一般的な言葉で直腸膀胱管理に関する講義の中で言及される形であった.今日から考えるとエロチックとはいえない観念の組合せであったといえる.そこで扱われた情報は脊髄損傷者における受精力,妊娠,結婚と離婚の率といったものであった.
筆者がミネソタ大学での性的態度再評価(Sexual Attitude Reassessment,SAR)のセミナーに参加した1974年になって始めて,この作業療法のカリキュラムの中に人間の性についてより包括的に教えることを含もうという企てがなされた.
さまざまな疾患や損傷が性機能に与える影響に関するデータは10年前には今ほどにはリハビリテーションの文献の中に散見されはしなかったとはいえ,かなりの数にのぼっていた.しかし,今日の情報とちがって,その資料は性の生殖機能にのみ焦点をあてる傾向にあり,性機能障害が対人関係に何を意味するかについてとか保健専門家が患者と性の問題を討論するためにどんなカウンセリング技法が使用可能かについてなどはほとんど論議されたかった.ふり返ってみて今気付くことは,何を教えるかについてでなく,いかに性を教えるかについての知識の欠如こそが,教育者である筆者が教室で性の話題に密接に関わるのを妨げていたといえる.また,きわめて若い,単身の女子学生の集団を前にした時に,筆者の個人的価値観と,性的なことについて自由にこだわりなく討議する経験の欠如が災いして学生に性の問題を提示する際に充分な自信と心のゆとりがもてなかった.
1974年以来,作業療法学生のための性カリキュラムを継続的に発展させてきたが,このことは学問的にみて価値があるというばかりでなく筆者個人の成長に帰する経験でもあった.ミネソタのSARセミナーに出席したのを手始めに筆者は多くの時間を次のような事に奉げてきた.すなわち,対人コミュニケーション技能の向上,性機能と行動を討議するために必要な語いの獲得,我々の社会における性的行動,態度や価値観の多様性に気付き理解することにおいて不断に成育すること,性教育とカウンセリングへの断定的でない,ゆとりのあるアプローチの開発などであった.著者が強く感じたことは,性保健ケアについて患者または学生とコミュニケートするためには専門家はタブーや偏見を最少限にして性的行動や価値観について広い範囲にわたって考えたり話したりできたければならないという事であった.正しい知識を獲得することは重要であるが,また,家族,宗教,および我々の社会の法制度の中で確立された自分自身の性的価値観と態度とを再評価し,討議する機会もまた重要である.
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