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Ⅰ.はじめに
感覚統合の最終的な目標は学習あるいは認知の改善であるが,その治療手段は発達過程における最も基本的な感覚運動へ集中的に訓練を行うことにある.
学習および概念形成への発達は,まず三次元空間における現象を了解した後で,言語機能が発達する.その時期に無限空間における了解,すなわち概念形成が可能になりはじめる.
感覚統合の理論は個体と空間(環境)との相互作用に基盤を置いているが,ここで扱う空間は三次元空間を指している.
発達という概念は,より低いレベルの機能が,より高いレベルの機能を支えながら,より高いレベルの機能に統合,制御されるという意味を含むものである.弁証的な言い方をすれば,発達の順序は,
写実(具象)→内在→抽象
〔感覚入力,神経筋活動〕〔身体図式〕〔概念〕
ということになる.感覚統合とは体内外から感覚入力を組織化し,有機的な反応(運動,行動,学習)を引き出すことである.
感覚入力は不可視で抽象的な現象であるがそれは神経筋活動や行動に翻訳されて具現される.したがって,思考や概念に比べれば,はるかに具象的な現象である.
画家は生き生きとした「人間像」を描きだすために,その基本に身体の構造と機能を掴まえる「デッサン」を行う.感覚統合訓練とはその「デッサン」に当る写実的な訓練である.その守備範囲は感覚運動を媒介にした身体図式(環境図式)の成立までである.
身体は単なる解剖学的身体ではない.意識的なレベルで行われる記憶,思考,判断,推理などの基礎として,意識下における「はたらきとしての身体のひろがり」がある.
このような「実存としての身体」を述べる1,2,3)身体論はこの10年余り,盛んに言われるようになってきているが,感覚統合も思想的にはこの身体論の範疇に入るものといえる.
哲学的視点はともかくとして,Ayresは神経生理学から多くの情報を用い,綿密な理論モデルを構築している4).
個人的なことを言えば,実際に感覚統合訓練を始める前には,神経生理学的発達理論としての仮説はそれなりに説得力を持って迫ってきたが,連続しているとは言え,学習に,はるかに遠いところにある感覚運動期へのアプローチに終始する治療的介入の方法に感覚的に追いつけなかった.
約4年前に,筆者が感覚統合訓練の対象と考えられる子供に最初に出合ったのは某教育相談所である.そこでの子供達は「学習障害児」というにはあまりにもかけ離れた,行動の統制がまったくとれない顕著な転動性を現わしている子供達であった.彼らは「ことばの遅れ」を主訴として来所しており,言語療法士(ST)が担当していたが,いわゆる「言語訓練」は困難な状態であった.行動の統制を目的にSTによって感覚統合的アプローチが行われたが,その結果は転動性の減少という結果が得られた.学習上の改善と直接結びつかなかったにせよ,感覚運動へのアプローチの重要さを改めて知ったが,一方感覚統合の対象でないものを対象としているのではないかという批判も,また受けた.たしかにAyresは学習障害児を対象にこの理論を発展させてきているし,AJOTの感覚統合に関する文献でも学習障害児を対象とする研究が多い(最近では自閉症児を対象とする研究も多い.また文献5,6では精神発達遅帯児と重度重複障害児を扱っている).
「感覚統合訓練により学習上の課題で改善を得ること,すなわち,学習障害児への感覚統合訓練」という与えられたテーマはひとまず棚上げにしておく.
臨床場面で出合う子供達は実にさまざまである.筆者はその子供の症状が全面的でないにしろ,感覚統合障害が,その症状を引き起こし得ると判断したものを含めて,訓練の対象としてきた.昭和52年7月から現在までの(55年11月)症例数は評価のみのものを除き,訓練期間半年以上のもので12例である.その内訳は学習障害児の範囲に入ると思われるもの5名,単なる「知恵おくれ」とは考えにくい言語,情緒,運動などの面において正常発達のプロフィールからはずれて,かつ行動全体が不調和な一群に入るもの6名(レーヴィスらは脳障害児と呼んでいる7))その他に単なる「知恵おくれ」の1人である.
感覚統合訓練の対象となり得る範囲と各症例にとってその有効性の範囲を臨床的に確認したいと考えた.12例の結果は結論的に言えば,単なる「知恵おくれ」を除いて改善が得られた.以下5人の子供の症例の経過と結果を報告する.
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