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はじめに
人間は,2本脚で歩くというヒト固有の移動形式によって,両手を体移動機能から解放し,これを巧緻動作機能に回し,そのことによって,人間は動物から区別され,人間としての文化をもつことになったということは歴史的にみて明白なことである1).
ヒトは誕生後,約1年間かかって2本脚で歩くことを覚える.ヒトとしての固有な歩行パターンが完成するのはずっとあとで,6~7歳位だといわれている.所謂ヒトとしての歩行を完成するのに6,7年かかるというのは,動物のなかでも例外的なものである.つまり人間は歩行に関しても非常に未熟な状態で生れてきて,生後,歩行を獲得する学習期間がかなり長期に亘っているといえる.そして更に個人によって異なる個性的な歩容は,その人の職業的,社会的,文化的背景によって創りだされてくるものである.歩容がある意味でその人の性格を反映し,心理的,精神的状態をも反映するものであることがいわれている.その他の要素として考えられるものとして,性別,年齢,等がある.このように人間の歩行は非常に変化に富んでいるが,この小論では,あくまでヒトの正常歩行について述べることが目的であり,それも運動学的にとらえたものであることを付言しておく.
下肢と上肢を比較してみると,上肢は肩甲帯に付着していて,体幹から離れたり,近づいたりして空間を動く.末端の手は物を握ったり,字を書いたりして巧緻性ある複雑な動作をするようにできている.
下肢は,骨盤帯に付着して床と常に接触しているので,第一義的な機能としては全身の体重を支持する支持器である.そして下肢は全身を支え,前方,後方,側方,上方のすべての方向に移動させる.歩行にさいしては下肢は交互に全体重が負荷されて,移動する.
床との接触は末端の足によってなされ,移動方向への蹴り出しのための固定点をつくる役目を果たしている.下肢は床を下方に押して,体を上方に持ち上げている.しかし歩行は下肢によってのみおこなわれるのではなく,全身の運動によっておこなわれるものである.つまり上肢,体幹,頚部,頭部も重要な役割を果たしている.
ヒトの身体は関節で連結しており,身体各部の調和のとれた巧妙な運動によって歩行は遂行される.身体各部の分節の力源となるものは生体内では筋の収縮であり,生体外にあっては重力と筋収縮の両者の作用によって発生する床反力である2).
ヒトの歩行は生態的にみれば,移動の一様式であって,その本質は身体の重心の空間的推移としてとらえることができる.
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